第1魔:祝砲
「マリィ・スカーレイト、ただ今をもって、貴様との婚約を破棄する!」
「――!」
多くの貴族が出席している庭園での茶会の最中。
アタシの婚約者であり、この国の王太子でもあるボンクラ王子のウォーレンが、唐突にそう宣言した。
……へぇ。
「自分で何言ってるかわかってんのかお前? お前とアタシの婚約は、お前の親父が決めたことだぞ? それを勝手に反故にしたら、大目玉を喰らうのはお前だけどいいの?」
「ええい、うるさいうるさいッ! 僕ももう大人だ! 自分のことくらい自分で決める! きっと父上もわかってくださるさ!」
ホントかねえ。
国王のオッサンは公務で今この場にはいないが、勝手にバカ息子が婚約破棄したって後で知ったら、どんな顔するかな。
「そもそもが父上も父上だ! 貴様のような下賤で教養のない女を、未来の国王である僕の婚約者になどと……! とても正気の沙汰とは思えん!」
そんなこと言われてもねえ?
アタシはお前の親父がどうしてもって頭を下げてきたから、受け入れただけだし。
まあ、未来の国王の妻っていうポジションは、アタシの目的を果たすのに都合がよかったからってのもあるけどさ。
「しかも貴様の態度からは、未来の国王である僕に対する敬意というものがまったく感じられない! 僕は未来の国王だぞ!? その王妃になる貴様は、未来の国王である僕を崇め奉り、民衆たちに僕の偉大さを知らしめるのが一番の仕事だろうが!」
何回未来の国王って言うんだよ。
しかも女は常に男を崇め奉るべきって、いつの時代の考え方だよウザってぇ。
「いつも言ってるだろうが。国王のオッサンからは、別にお前に対して畏まった態度は取らなくていいって言われてんだよ、アタシは」
「ええい、うるさいうるさいッ! 貴様の戯言はこちらこそ聞き飽きた! やはり僕の婚約者には、この聖女であるメルアこそが相応しい! 今後僕は、メルアと真実の愛を築く!」
「うふふ、光栄に存じますわ、殿下」
「……!」
最近聖女に抜擢された話題の人であるメルアが、ボンクラ王子の隣に凛と佇む。
ふうん、なるほどね。
この頃随分二人で一緒にいる時間が多いなとは思ってたけど、そういうことだったわけね。
まあ、確かに聖女ちゃんはアタシと違っておしとやかだし?
そのうえ牛みたいにデッケェ乳もぶら下げてるしな。
ボンクラ王子もデレデレに鼻の下を伸ばしてやがるし、骨抜きにされるのもさもありなんといったところだが。
「はいはいそれはどーもご馳走様。まあ、これでメンドクセー王妃教育から解放されると思うと、清々するぜ」
「くっ、減らず口を……! フフン、喜ぶがいい。そんな貴様には、相応しい職場を用意した」
「?」
相応しい……職場?
「西方騎士団だ。【断滅の魔女】の力、そこで存分に発揮するがよい」
「――!」
ボンクラ王子がドヤ顔でそう言った。
ほほう、そうきたか。
へっ、おもしれぇ。
西方騎士団といえば、最も殉職率の高い過酷な騎士団として有名で、通称【野犬の墓場】。
むしろアタシの目的を果たすには、そっちのほうが好都合ってもんだ。
「オッケーオッケー了解だ。西方騎士団での仕事、粉骨砕身頑張らせていただきますよ」
「フ、フン? いつになく殊勝だな?」
「……ああそうだ」
「ん?」
「お二人の輝かしい未来を祝して、アタシから一つ祝砲を贈らせてもらうよ」
「……は? 祝砲?」
「絆のように脆く
時のように儚く
悪魔のように恭しく」
「っ!!? き、貴様!!? 待たんかッ!!?」
アタシが詠唱を始めると、瞬く間に空に暗雲が垂れ込め、禍々しい雷鳴が轟いた。
アタシがこれからやろうとしてることに気付いた来賓の貴族たちも、一斉にざわつき始める。
「海のように暗く
空のように紅く
神のように無慈悲に
彼の者に裁きを与えん
――深淵魔術【魔女が与える鉄槌】」
「あああああああああああああああああ」
暗雲から放たれた漆黒の稲妻が、ボンクラ王子の鼻先すれすれに落ちた。
「あ……ああ、あ」
ボンクラ王子の前には、底が見えないほどの深い穴が広がっていた。
だらしなく鼻水を垂れ流しながら、その場に尻餅をつくボンクラ王子。
プププ、カッコ悪。
言っとくけどそれでも大分手加減してやったんだぜ?
アタシが本気で【魔女が与える鉄槌】を放ってたら、この辺一帯が消し炭になってたぜ。
「うふふ、流石【断滅の魔女】の二つ名を持つ稀代の魔術師様。素晴らしいお手並みですわ」
「……」
が、ボンクラ王子とは対照的に、聖女ちゃんは眉一つ動かさずいつもの胡散臭い笑顔を浮かべている。
フッ、この国で120年ぶりに聖女に任命されたのは伊達じゃないらしい。
人の婚約者をしれっと寝取ったことといい、少なくとも肝の座り方だけは一級品だね。
「き、貴様ァ!? 未来の国王である僕に対してよくもォ!! これは立派な殺人未遂だッ! バルグ、今すぐこの大罪人を処刑しろォ!!」
ボンクラ王子が近衛騎士団長であるバルグのオッサンに指を差す。
「……お言葉ですが殿下、今この場にいる近衛兵が束になって掛かったとしても、マリィの足元にも及ばないのが現実でございます」
「なっ……」
へっ、やっぱオッサンはよくわかってんね。
アタシもボンクラ王子の婚約者になる前は、近衛騎士団の一員だったからな。
アタシの力は、オッサンが誰よりも理解してるだろう。
「それに、マリィはあくまで祝砲と言っていたではございませんか。些細なジョークにいちいち腹を立てていては、未来の国王としての沽券に関わりますよ?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」
うんうん、サンキューオッサン。
そんな感じで、今後もボンクラ王子の手綱を握っててくれよな。
「じゃ、そういうわけだから、アタシは今日のところはお暇させてもらうぜ。バイバーイ」
「オ、オイ、待て!?」
「マリィ」
「ん?」
バルグのオッサンに呼び止められた。
「何だいオッサン」
「西方騎士団には、私の息子も在籍している。【金色の奸雄】なんて大層な二つ名で呼ばれちゃいるが、私から言わせたらまだまだひよっこだ。どうか君がサポートしてやってくれ」
「ふうん?」
オッサンの息子がねぇ。
「まっ、気が向いたらね」
「ああ、よろしく頼む」
オッサンの息子だったら、それなりに骨のある男かもしれねーな。
これはまた一つ、楽しみが増えたぜ。