第6話
入電があった。
部下からだ。
順調とのことだった。
休暇を命令したのは良い判断だったよね。
久保君には苦い過去がある。
私はそれを知っている。
もうあんなことを繰り返さないように私は上司としてアドバイスをする。
リビングで遊んでいるあの子のことも気がかりだ。
名前は会った当日に聞いた。クレア。あの子はそう語った。会ったといっても私が様子がおかしいあの子を一方的に見つけただけだ。そして秘密警察で保護をした。
急いで聞き出す必要はない。時間を掛けてゆっくり探っていく。クレアはぬいぐるみ遊びをしている。そのぬいぐるみも私が初めて買ってあげたものだ。クレアを見つけて1ヶ月。社会は不安の中にある。ソアクという組織が活動を再開し各地で反対デモが行われている。ソアクは反社会的勢力として秘密警察でも以前マークしていた。この組織絡みの犯罪も後を絶えない。クレアは何かを知っている。
出会った日。ソアクという言葉を一度だけ口にした。
もしかしたらソアクで行われている子供を使った人体実験。その被験者かもしれない。その日の様子は可怪しかった。服は上下で白。拘束着のようなものを着てやさぐれてまちなかを徘徊していた。私はソアクが活動を再開したこともあってすぐにそれを疑った。クレアは挙動不審何かを隠していた。
「お母さん、お仕事?」
クレアがやってきて一ヶ月。体調もだいぶ良くなった。今では普通に言葉を話せる。そろそろ良い頃合いかもしれない。
「クレア、会ったときにも聞いたけどソアクのことは覚えている?」
クレアは申し訳無さそうな表情をした後すべてを話してくれた。クレアはICP3030として実験の核になっていたこと。研究施設でのこと。ソアクのリーダー、通称高田と呼ばれる男のこと。ソアクは5000人の賛同会員で成り立っているとされているがそれは表向きのことだ。実際は武装蜂起できるよう優秀な指揮官によって訓練された危険な組織だ。まあこの子にどんなことがあったにせよ。今はこちらで保護している。今まで学校にも通えず被検体として研究に利用されてきたのだ。念入りに保護するしかない。後でわかったことだがクレアの肩にはICP3030と刻印が刻まれていた。これは何を意味するのだろうか。ソアクという犯罪組織がまた何かを起こすかもしれない。嫌な前兆が流れ始めていた。クレアのことは何が何でも守らなければならない。その体も。その心も。クレアに試しに話してみる。
「クレア、学校行きたい?」
クレアはうんと答えた。被検体として生活を送ってきたのだ。リハビリとして社会生活になれさせる必要があるだろう。そのうちに久保くんにも会わせなければないけないのかもしれない。クレアはともに生活しているうちに抜群の運動神経を発揮したことがわかった。研究施設で肉体の強化も行われていたのかもしれない。いやそうだ。近いうちに久保くんに連絡をしよう。上司として。休暇でちょうど帰ってきたところだ。あのレキとタナゴと相性は合うだろうか。レキは大丈夫そうだけどタナゴが心配だ。そういえば久保くんがタナゴは猿を飼ったといっていた。ちゃんと世話はしているだろうか。ソアクの件、こんなことは人間の社会で起きるなんて。人体実験は実際恐ろしい。やはり私が保護して正解だった。
久保くんにメールを送る。
「近い内本部に出立するように」
俺の過去はどうしてもあいつの存在が払拭できないままだ。それは今も同じだ。レキとタナゴという相棒を持ってもそれは変わらない。あいつとの思い出はいつも俺の影を引っ張ている。
カノンはまだ16歳だった。元外務省の父と経産省の母を持ち小さい頃から英才教育を受けてきた。学問、武道と成績を発揮し何度も私立学校の表彰を受けた。
俺がカノンと会ったのもその頃だった。
「もう16歳だ。お前は秘密警察に預ける」
父親からそう告げられたカノンは俺が引き受けることになった。秘密警察入いするということは影で生きるということだ。世間に情報はリークされないし本当に優秀な人間だけが若いうちから管理化におかれ高い報酬が政府から払われる。こんなことになったのも社会の変革によるものだ。
テロが乱発し様々な犯罪組織が合法化されたこの社会では政府の側もまた非合法であった子供を使った暗殺や諜報といった裏の仕事をするようになった。もちろん世間にはそれは知られていない。秘密警察の世間での呼び名は全国警察庁直轄強行犯科ということになっている。しかしそれは裏の顔で実際には政府で手におえない犯罪組織やマフィアの諜報や暗殺を専として担う組織だ。
カノンはその才能を認められ秘密警察に入った。
最初は喧嘩の連続だった。毎日言い合いになり何度か殴り合いにもあった。しかし徐々に打ち解け俺になつくようになった。16歳という若い時期に親から離れたせいもあるのだろう。射撃やナイフを使った護身術では見事に腕前を認められ秘密警察から称号もらったほどだ。称号を受け取ったその日カノンは原因不明の病に倒れた。早すぎる病だ。感染症か、それとも別のなにかか。いろいろな人が病院を訪れたが医者は病名を特定できなかった。
「心身のストレスに起因するものだと思います。」
それだけ言い残し他の医者も同様だった。
カノンは秘密警察をやめざるを得なかった。
俺はショックだった。
称号を貰えるほどの優秀な相棒だった。しかも原因がわからない。そんなことってあるのか。あれから時間が立った後、レキとタナゴという相棒を持っていてもあいつのことが忘れられない。その後、カノンは教師になった。病気はあったが歩けるほど回復したとのことだった。