第5話
計画は着実に進んでいる。少々イレギュラーも起きたが高田様の出鼻を挫いたに過ぎない。俺は研究所長としての堅持も保たなければならない。組織の統制は規律通りで精錬されている。Icp3030は逃げ出したが代わりになる素材はまだまだ豊富だ。さすがにオリジナルには劣るがそれでも数字だけを見れば計画を遂行するのに大差はない。ICP3030。あれだけの人造機関は稀有だ。研究素材達には苦労をかけるがなにせ子供だ。暴力で詰め寄ればどんな実験にも耐えるだろう。ICP3030のコードデータだけは俺たちの研究施設に残り残滓としては使えるがオリジナルコードには敵わない。何度も言わせるな。オリジナルは機関として動いている。だったら代替方法を探すまでだ。しかし本当にICP3030が欠けたままでいいのか。組織はいま表立って活動を開始したばかりだ。高田様の連絡を待とう。俺はソアク研究所長長崎としてソアクの理念に従うまでだ。最悪、ICP3030を捕えてでも研究を進めなければならない。高田様の指示を待っていればいい。本当を言えば代替方法は組織の士気を高めるために作り上げた必死の嘘に近い。しかし自分で自分を騙すことができないままで組織の他の研究員を騙すことなどは不可能だ。あのオリジナルコードはどうしても機関として働く。機械が関わると書いて機関と読むようにあれは単機で端数処理の計算に対応している。組織を上げて取り戻さなければならない。そのためには何を犠牲にしても達成しなければ。最悪組織の人員が足りなかった場合には研究員を回すだけだ。ソアクは5000の構成員がいるが研究員を合わせることになれば1万は超えてくる人員だ。その点、高田様から指示があるだろう。実行力のある御方だ。1万の人員を割けばICP3030も容易く見つかるだろう。場所は伊豆周辺。絶対に炙り出して高田様に差し出してやる。そしてオリジナルコードを分析して研究を終えるのだ。その先には世界の変革が待っている。暴力で民衆を押さえつける政府体制。暴力こそが昔からの統治方法なのだ。ソアクにはそれができる。ソアクにしかこんなことはできない。
「ピピッ」
メールだ。文面を見て驚いた。オリジナルコードの残滓がやはり伊豆周辺で確認されたとのことだ。
「クククククク」
我々の理想の体現が近づいている。ソアクの構成員は優秀だ。あれだけの機関が活動しているとなるとそれだけに活動量も多くなる。となると当然、云わばゴミが出るのだ。あの腐れ小便女には正義の鉄槌が下る。捕まえたらどうやって逃げたのか、協力者は誰なのか。洗いざらい全部吐いてもらおう。そして実験にかけ計画は完遂される。俺たちの苦悩が報われる。組織に入って10年。もう少しだったんだ。後少しのところで逃げられて高田様が死んだことにして組織をスリープ状態にさせなければならなかった。こんな遠周りをさせたことを後悔させてやる。これまでの俺たちの10年前は悲劇の連続だった。
10年前
俺は会社員をしていた。
そこで最初に上司からパワハラを受けたことが原因で失職した。はじめは何もかもがうまくいくと思っていが。しかし社会の軋轢というものは相当に深刻で俺もその荒波に飲まれることになった。それから少し立って娘が学校に行かなくなった。同級生から虐められたといってひきこもり一切家から外出をしなくなった。母親に頼るようになり俺のことは無視するようになった。原因は何だったのだろうか。ひとり物思いに浸るようになったのはこの頃からだった。娘が16歳の頃だった。事件は起こった。娘のネットで出会った男が自宅に入り込み母親と娘を刺して逃走した。
事件はまたたく間に世間に広まったが世間の同情は一瞬で俺は一人残された。警察も手がかりがないとの一点張りで捜査は一向に進まなかった。俺は悲しみに暮れ毎日を途方に過ごしていた頃偶然あのお方と出会った。それは奇跡だった。公園で一人酒を飲んでいたところにその方は現れた。「事件の報道をみたよ。」
その方は熱心に話を聞いてくれた。俺は包み隠さずすべてを話した。社会が憎い。この国が憎い。世界が間違っている。
「それなら変える方法がある。」
相手は俺を導くように手を差し出した。俺の経歴をしり組織の研究部門に入れるように手はずを整えてくれた。
「一緒に社会を変えよう。世界に暴力を」
それが俺と高田様の出会いだった。
あれから10年。高田様と一緒にやってきた。
その矢先に研究の最前線だった検体ICP3030が逃げ出した。
高田様はこう言った。
「責任者の追求よりも社会への影響を抑えよう。万一、俺たちがやっていることがバレたら一巻の終わりだ」
俺はこのままでは行けないと思った。辞職も考えた。しかし高田様は自身が逝去したことにより社会への防御壁をきづくことを提案した。
そして高田様は入院をした。偽名で、全て偽って。
事態は好転の様相を見せている。
ICP3030は確実に伊豆にいる。
これから俺の尻拭いが始まるのだ。
そして尋問し暴力を加え、俺たちに敵対する組織は誰であろうと潰してやる。