魔獣の森1
アクシールの街近辺に魔獣が現れると討伐クエストが即日組まれるので、魔獣に襲われる心配はない。
森も切り拓かれており、見晴らしの良い草原地帯が続く。
ただ二時間も幌馬車で走り続けると景色は森の比重が高くなる。それにつれ、雑魚の魔獣をちらほら見かけるようになってきた。
スライムや角の生えたウサギを、物珍しそうにナディアは見る。
そして、アクシールの街を出て三時間がすぎた頃、ようやく魔獣の森が見えてきた。
「あれが、魔獣の森だよ」
小高い丘の上で幌馬車を停めて、眼下に広がる魔獣の森を指す。
「道は通っているんですね。もっと道なき道を行くものだと思っていました」
「安心して道はあるよ。でも、もうすぐ太陽が沈む。魔獣の森に入らず、ここをキャンプ地と……ん?」
「どうしました?」
「見てごらんなさい。赤色の狼煙だ!」
赤色の狼煙は、冒険者が使う救難信号だ。
赤色の狼煙を見た冒険者は、救助のために全力で現場に駆けつけなければいけない。
特段の理由なく救難信号を無視したことがギルドにバレると、パーティランク降格処分を受ける。その上、同じ冒険者からは恥知らずの臆病者という烙印を捺されてしまう。
「助けに行こう」
「はい!」
幌馬車を引く馬に鞭を入れ、最高速度で救難信号の元へと急行する。
魔獣の森へ入ると、やたらと森の中が騒がしい気がした。夜行性のベアウルフがすでに行動しているようだ。
血の匂いや死骸を積んでなければ、ベアウルフの群れに包囲されることはないが……。
「……ん。血のにおい」
ナディアは鼻を抑えた。わずかに硝煙の臭いも混じっている。
あまり良い状況じゃないようだ。
血溜まりの中に横転している装飾の凝った馬車、その周りに群がるベアウルフを視界に捉える。
馬車の上には、大きな火縄銃を持った男性が一人いる。
彼は火縄銃を撃つが、なかなか命中しないようだ。
「ナディア、行けるか?」
「はい!」
「気休めだが……」
僕は支援魔法でナディアの身体強化をおこなった上、スキル【重力】でナディアへかかる重力を半分にする。
ナディアは御者台に立ち上がると、助走をつけず空高く飛び上がった。そして、空中をふわりっと舞って、ベアウルフの包囲を抜け馬車の上に着地する。
火縄銃を持った男性と背中を合わせる。そして、飛びかかって来るベアウルフを、スパスパと一刀で細切れにした。
僕もスキル【重力】で、質量を重くした幌馬車で、ベアウルフの群れへ突っ込んだ。
熊くらいのサイズのベアウルフ数匹を、重くした幌馬車は跳ね飛ばし、包囲の中心へ突入する。
「大丈夫ですか!?」
「ベアウルフに馬がやられた! 助けてくれ!」
男性は怒鳴ると、幌馬車に飛び乗って来た。
「レーンさん。馬車の中にも人がいます!」
「わかった!」
僕は横転した馬車に乗り込み、中で気絶している銀髪の女性を抱き上げる。重くはないが、スキル【重力】で彼女の体重を取り除き、馬車から幌馬車の荷台に乗せた。
「おい! 早く馬車を出してくれ!」
男性は悲鳴のような声をあげる。ナディアが幌馬車へ乗り込んだのを確認すると、僕は馬に鞭を入れる。
同時に懐から先程購入した、煙玉を数個取り出して、地面に投げた。すぐに白い煙があがりベアウルフの視界を奪う。気休めだが、ないよりマシなはず。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
ベアウルフの遠吠えだ。
「森中のベアウルフからターゲットにされちまった!」
男性は怒鳴ると幌馬車の幌の部分に登った。片膝を立てた火縄銃を撃つ体勢とる。
「行けるとこまで行きます! 周辺警戒をお願いします!」
「お、おう!」
「レーンさん、あたしは何を?」
御者台に顔を出したナディア。彼女をチラリと見て指示を出す。
「女性の護衛と治療をお願い!」
「はい!」
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