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73 想定外の事態

 俺は公園の芝生の広場に隣接する林の中にいた。

 俺の役割は、ステージ周辺の自衛兵が囮に誘い出されていなくなったところで結生を救出すること。

 そのために作戦開始直前から公園に潜入していた。

 中林先生から連絡が入った。


「順調だ。視界から消えない程度の速度で囮のバスを走らせている。神取によると、すでに赤い腕章の生徒達は半数以上が戦闘から離脱し、避難ゲートへ向かっている」


 想像以上に俺のはったりと説得の効果が出ている。

 たぶん自衛兵の多くは本音ではもう犬養に愛想をつかしていたんだろう。

 予想通り、いや、予想以上に、嫌々残っていた奴が多かったのだ。

 それに、みんなが残っているから残っていただけ。みんなが逃げるなら、一緒に逃げる。

 そんな奴が多かったのかもしれない。

 

 ステージ上の自衛兵達の内、数人がステージから降り、走っていく。

 囮のバスを追いかけにいったんだろう。

 すべて計画通り。

 このままうまくいけば……。


 そう思ったところで、俺の背後で声がした。


「おい、お前。こんなところで何をしている?」


 心臓が止まるかと思った。その後、今度は心臓が高速にバクバク鳴り出した。

 俺はステージの様子と作戦の進行状況にすっかり気を取られて、つい、自分の周囲の状況確認を怠っていた。


(まずい……)


 俺はゆっくりと振り返った。

 俺の背後にアサルトライフルを持った大柄な自衛兵がいた。俺を睨みつけている。

 

 この自衛兵は制服ではなく道着を着ていた。道着の上から、スマホのついたストラップを首にかけている。道着には涌井という名前の刺繍が入っている。

 柔道部主将の涌井だ。

 俺は涌井とは一度も同じクラスになったことがない。しゃべったこともない。熱血漢っぽくて苦手なタイプだ。


 涌井は低い声で俺にたずねた。


「おまえは、どこの隊のものだ?」


 それを聞き、俺の頭は計算を始めた。


(まだ、バレていない……)


 返答しだいではバレるけど、今はまだ、俺の正体はバレていない。

 偽装したかいがあった。

 今の俺は顔の見えないスモークタイプのバイク用フルフェイスヘルメットをかぶっている。

 服装はデパートで入手した制服。それに赤い腕章をつけている。

 つまり、俺は自衛兵に変装して、公園内に潜んでいたのだ。


 さっきデパートに行ったのは、学生服売り場で制服を入手するためだった。

 制服に着替えて腕章をつけて、もちろん入念に皮膚を隠して、俺は何気なく公園内に歩いて入った。

 見張りから遠い場所を選んで入ったせいもあるけど、自衛兵達は俺を気にもとめなかった。

 ゾンビが自分達の格好に変装して潜入するなんて普通はあり得ないから、注意していなかったんだろう。


 その後、結生を救出する隙をうかがうために、俺は大木と茂みの影からステージ上の様子を観察していた。……ところを、今、見つかってしまった。


 でも、俺の正体はまだ涌井にバレていない。

 発見されたくはなかったけど、発見される事態は想定していた。

 このまま涌井に俺のことを自衛兵だと思いこませて乗り切ろう。


 俺は裏声で返事をした。普段の声でしゃべったら、すぐに正体がバレるから。


「す、すいません。ちょっとお腹が痛くて、休憩中で……」


 いざ見つかった時にこの言い訳をするために、俺はここに潜入中ずっと、わざわざお腹が痛そうなポーズをとっていたのだ。

 

 なのに、涌井は俺をどなりつけた。


「サボるな! 腹痛なんて気合で治る! ゾンビの王を追いかけるぞ! 来い!」


(腹痛が気合で治るわけないだろ! だから、体育会系は嫌いなんだ……)と、心の中で思いながら、俺は従順に従うふりをした。


「はい……」


「声が小さい!」


「ハイ!」


 涌井にどなりつけられて仕方がなく返事をしながら、俺は心の中で叫んだ。


(なんなんだよ、このノリ!)


 なにはともあれ涌井はまんまと俺の偽装に騙されている。

 このまま従っていれば、涌井に正体がバレる心配はなさそうだ。

 俺が涌井と一緒に囮のバスを追いかけに行ったら、ステージから離れてしまうけど。仕方がない。

 正体がバレれば、ここで射殺される。


 ワイヤレスイヤホンから中林先生の声が聞こえた。


「偽装を続けろ。救出パターンBの準備はできている」


 それを聞き、俺は涌井と中林先生両方に聞こえるように、元気よく返事をした。


「了解! お願いしやす!」


 救出パターンBは、こういうこともあろうかと用意しておいた、俺がステージに近づけない場合の作戦だ。

 一言で言うと、遠隔操作ペッポー君による結生の救出。

 準備はできている、と中林先生が言ったということは、ペッポー君達はすでに公園内に入っているはずだ。


 でも、なにせペッポー君だから、うまくいくか不安だ。

 だけど、こうなったら、結生の救出は中林先生とペッポー君に任せて、俺は自衛兵と犬養をステージから離れさせることに全力を注ぐしかない。

 ペッポー君の能力を考えると、救出を成功させるためには、ステージ上に結生以外は誰もいない状態にしたい。

 3つ目の囮を動かそう。

 それでも無理なら、どこかで俺が正体を明かす。

 本物の俺が正体を明かせば、完全に犬養達の注意を引くことができるはずだ。

 俺は危なくなるけど。

 

 俺が涌井に従って公園の外に向かおうとしていると、どこかから俺の声が聞こえてきた。


『だいたい、おまえら、犬養のバカに従うからいけないんだよ。犬養なんて、自分の頭じゃなんにも考えられない権威バカだろ? あんな奴に従うからこうなるんだよ』


 自分の声ながら、聞いてて苛つく。

 挑発するために言っているんだから、俺の演技力はバッチリってことだけど。

 囮のバスから流れる俺の声が犬養にも聞こえたらしく、涌井のスマホから、犬養のどなり声が聞こえてきた。


 「木根め! 絶対に許さん! 全力であいつを追いかけろ!」


 涌井のスマホは、犬養か犬養の傍にいる誰かと通話中のようだ。

 トランシーバー代わりにつかっているんだろう。

 俺も同じように先生と通話中だけど。涌井はマイク付きイヤホンは使わずスマホそのままだ。

 ふと閃いて、俺は裏声で涌井のスマホめがけて全力で叫んだ。


「団長がいないと無理です! 一緒に来てください!」


「おい、何を勝手なことを言って……」


 涌井が俺をとめようとしたけど、スマホの向こうでは、すでに犬養のどなり声が聞こえていた。


 「この役立たずどもめ! 行くぞ!」


 犬養はまんまと騙されてステージから離れそうだ。

 俺はフルフェイスヘルメットの中でほくそ笑んだ。

 自衛兵が誰もいない状態なら、ペッポー君達がちゃんと結生を助けてくれるだろう。


 ところが、ここで俺にとって完全に想定外の事態が起きた。


 「待ってください団長! ゾンビ達が公園にむかって、こっちに向かって進んでくるそうです! ゾンビの大群が、こっちにむかってきます!」


 涌井のスマホから、そんな声が響いてきた。

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