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71 *結生5 (犬養の焦燥)

 結生は、人が近づいてくる気配を感じた。

 たぶん7人くらいの人達が、結生の近くにやってきた。

 結生には話しかけないで、全員後ろの方に立って話をしている。


「木根は見つかったか?」


 そう尋ねたのは犬養だ。

 結生の知らない少年が犬養に報告をした。


「見つかりません。ただ、1時間くらい前に大通りで怪しい奴が確認されていました。白衣の何者かがゾンビを檻から解放し、バスにのせていたそうです」


「なんだと!? なぜすぐに報告しなかった!? ゾンビを解放? そんなことをするのは、そんなことができるのは、木根だけだ!」


 犬養の声からは怒りと焦りが聞き取れた。

 報告者は申し訳なさそうに言った。


「すみません。やたら丸顔で、てかてかした赤ら顔の男だったので、ゾンビではない、ターゲットではないと判断したらしいです。信じられないほどにまん丸の顔だったそうです。服装も、白衣だったそうです」


 犬養は叫んだ。


「使えないバカどもが! 白衣ぐらい、いつでも上から羽織れるだろう! ……だが、丸顔? とにかく、非感染者がゾンビに接触できるわけがない。そいつは絶対にゾンビだ。その男はどこにいる? 見つけ出して、捕まえろ!」


「最初はあちこちで目撃されていたみたいですが、30分くらい前からは目撃情報がありません」


 犬養は歩き回りながらつぶやいた。


「木根め。ゾンビをバスに乗せて、どうするつもりだ? ……ゾンビを運んで、連れてくるつもりか? ゾンビに我々を襲わせるつもりか! 奴がゾンビの群を連れてくるかもしれない。迎撃の準備をさせよう」


 犬養が結生のいる方向へ歩いてきた。

 指令を出すためだろう。

 犬養が立ちどまり、大きく息をすった。

 だけど、そこで、どこかから変な声が響いてきた。


≪フハハハハー。俺の名は木根文亮。ゾンビの王だ。今日はお前たちのために、ゾンビの大群を連れてきてやった。ゾンビを前に逃げないとか、お前らバカなのか? 感染したくなかったら早く避難しろよ。俺はゾンビの軍勢を操るゾンビの王だ。おまえらに勝ち目はない≫


 木根文亮の声だ。いつも通り、ちょっと間抜けな声だった。

 この格好良いけど間抜けな感じのする声が、結生は大好きだった。

 でも今は素直に喜べない。


(先輩、あいかわらず人をバカにしすぎ……。でも、たすけにきてくれたの? 来ちゃダメなのに……)


 結生は密かな嬉しさと同時に激しい焦りを感じた。

 ここに救けに来てはいけない。

 文亮が殺されてしまう。

 だけど、今更来ないでと言っても、もう間に合わない。

 それに、この声は多分どこかのスピーカーから流れてきている。

 ということは、文亮は近くにはいない。

 結生の方から文亮にメッセージを届けることはできない。


 犬養が舌打ちをした。


「木根め。相変わらず耳障りな声だ」


 結生の後ろで誰かが少し話をしている声が聞こえたかと思うと、すぐに犬養に報告をした。


「団長! 公園の外、全方角にゾンビが大量にいます! 自動運転バスがゾンビを連れてきたみたいです。だけど、距離が遠いので、ゾンビはまだこちらに気がついていないようです」


 犬養は即座に叫んだ。


「マヌケなゾンビどもめ。警備任務の全部隊、ゾンビを掃討しろ! ゾンビは公園の外、全方角から攻めてくる! ゾンビどもを駆逐し、走るゾンビ木根を探しだして殺せ!」


「はい!」「了解!」「行くぞ!」


 そんな声が結生の前方から沢山聞こえ、付近にいた大勢の人達が走り去っていく気配がした。

 やがて、遠くから銃声が聞こえた。


「ふん。ゾンビなんていくら連れてこようが、距離さえ保っていれば我々の銃弾の前では無力だ。ちょうどいい。避難前に全部まとめて掃除してやる。木根め、こんなこともわからないとは。できるのはお勉強だけだったようだな」


 犬養がバカにしたようにつぶやいた。


(木根先輩、ゾンビのみんな……)


 結生は恐怖を感じ始めた。

 文亮や他の沢山の人達が自分のせいで殺されるかもしれないという恐怖。  

 それは、自分が殺されることを想像した時よりも怖かった。

 だけどその時、どこか遠くから、ちょっと間の抜けた文亮の声がかすかに聞こえてきた。


『おまえら、よく考えろって。感染したら終わりだぞ。感染したら大事な人にもう二度と会えないんだぞ? ゾンビと戦ってないで、早く避難して家族や彼女に会えよ。感染しちゃったら、もう二度と会えないんだから。いまならまだ間に合うからさ』


 犬養の傍の生徒が言った。


「一台のバスの運転席に、走るゾンビらしき人影を確認しました! バスからは、走るゾンビの声がします!」


 さっきから聞こえている文亮の声は、そのバスから流れてきたようだ。

 即座に犬養が叫んだ。


「そのバスを追いかけろ! 木根を殺せ!」


 銃声が散発的にいくつも聞こえた。

 銃声を聞くたびに、結生は心臓が握りつぶされそうに感じた。

 もしも、この銃弾が文亮を貫いていたら? 

 どうしても、そんな想像をしてしまう。

 だけど、結生の心配はよそに、やる気のなーい感じの文亮の声が風に流れて届いてきた。


『これ、命をかけてやるようなことか? どうせ誰も褒めてくれないぞ? もう避難命令が出てるんだから。これで感染とかしたら、政府の指示に反して勝手にゾンビ狩りをして感染したバカ扱いされるだけだぞ? 後悔する前に避難しろよ。おまえら、犬養に騙されてるんだって』


 あの声が、犬養にも聞こえたのだろう。犬養がいきり立った。


「木根め!」


 いつも報告をしている少年が、再び犬養に報告した。少し、怯えているような声で。


「報告です。数人感染した模様。他に脱走者が出ているようです。連絡の取れない部隊が半数を超えます。走るゾンビが乗っている車は、走行速度は遅いけど、なかなか近づけず、苦戦している模様です」


 犬養が大きく舌打ちをして叫んだ。


「木根め! 笹田、小川、高坂。応援にむかえ! 走るゾンビを殺せ!」


 結生の背後で数人、走り去る気配がした。

 そこで、いつもの報告少年とは別の人が報告をした。


「団長。ターゲットNT監禁部隊から報告です。ターゲットに逃げられたそうです」


 犬養は歯ぎしりをし、裏返った声で絶叫した。


「どいつもこいつも、役立たずが!」


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