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70 作戦開始

 俺は公園の中に潜入していた。

 予想通り、公園の屋外ステージに結生はいた。結生は椅子に縛りつけられていた。

 ステージの後ろ側は高いコンクリの壁があって、その上部がせり出してステージの後方を覆う屋根になっている。

 つまり、ステージに上がるには正面か横から近づくしかない。

 ステージはそれなりの高さがあるから、普通はステージの両端の階段からステージに上がるようになっている。


 ステージの周囲は、俺の記憶通り、遮るものの何もない芝生の広場だった。

 今はその芝生の広場に、制服に赤い腕章、そして銃で武装した自衛兵達が沢山いた。

 自衛兵達は数人ずつぐらいでしゃべっている。処刑開始の時刻まで、ここで俺の来襲を警戒するのだろう。


 自衛兵の数は30人弱。犬養はいない。

 自衛兵の数は俺が想像していたよりは少なかった。

 昨夜自衛兵団から逃げ惑っている時には、自衛兵が至るところにいたように感じたけど。

 ひょっとしたら、別の場所に配置されている自衛兵もいるのかもしれない。

 公園の外周にも、見張りの自衛兵がいたし、なにより、ここには犬養がいない。


 犬養の居場所がわからない状態で作戦開始するのは不安だ。

 俺はもうしばらく状況を観察することにした。


 自衛兵は、全員、軍用拳銃かアサルトライフルを持っている。だけど、武器以外はしょぼかった。

 頭部の装備で一番ましなのは、バイク用のフルフェイスヘルメット。

 花粉症用や水泳用のゴーグルをつけて百均で売っているフェイスガードをつけているだけの奴が多い。

 それで避難訓練の防災ヘルメットをかぶっていれば良い方だ。

 腕や脚、胴体部分は、大抵ただの制服。


 国防軍は銃は提供したけど、防御用の装備は何も提供しなかったようだ。

 武器だけ渡して身を守る装備は渡さないなんて。

 いくらゾンビが弱いからって、あれじゃ、いつ感染するかわからない。

 「できるだけ沢山ゾンビを殺してお前達も死んで来い」

 俺にはそんな大人の声が聞こえる。

 結局、自衛兵団は汚い大人に都合よく利用されているだけなのかもしれない。

 あいつらが一生懸命ゾンビ狩りをして感染したり死んだりしている間に、偉い人達はどこか安全な場所に逃げているんだろう。


 不思議なほど、自衛兵には俺と気があいそうなタイプの奴がいなかった。

 圧倒的に体育会系と優等生タイプが多そうだ。

 空気が読めて真面目でやる気があるタイプ。

 きっと、パンデミックがなければ、みんな人殺しとは無縁に、友達や恋人のいる充実した普通の人生を送っていたんだろう。進学して、就職して、一定の年齢で結婚して……。そんな人生。

 周りに合わせて、無言のうちに社会的に求められることを行い、模範的かつ標準的に生きる。

 だけど、それは、立派なようでいて、実は危険な生き方だったのかも。

 一度社会全体が狂ってしまえば、あいつらはどこまでも一緒に流されてしまう。

 俺や中林先生みたいな空気を読まない偏屈な人間は、立ちどまって逆流の中を進めるけど。


 俺がそんなことを考えていると、中林先生の声がワイヤレスイヤホンから聞こえてきた。


「配置完了。いつでも開始できる」


「リーダーが見当たらないので、少し待ちます」


 俺はなるべく小さな声でそう返事をした。周囲に自衛兵はいないけど。絶対に見つかるわけにはいかない。


「承知した。だが、待ちすぎると見つかる。早めに決断しろ。それにしても、たった一人を救うためにこれだけのことをするとは。お前は、やはりゾンビなりぞこないだな」

 

 俺は返事をしなかった。

 余計なことをしゃべっていて敵に見つかるリスクをおかしたくないのもある。

 だけど、俺はたしかに、自分がやろうとしていることを後ろめたく感じていた。

 だから、何も言えなかったのだ。


 結生一人を救けるために、俺は大勢のゾンビ達を危険にさらそうとしている。

 警察に殺害される寸前で運よく助かったゾンビの皆を、今度は俺が拉致して再び死地に送るかもしれない。

 俺は酷い奴だ。

 でも、たとえ世界中の人を犠牲にしてでも、俺は結生をたすけたい。

 俺の心はそんな理不尽な気持ちでいっぱいだった。

 だから、何を言われようと、俺の決意は変わらない。


 俺が無言でいる間、先生はしゃべり続けていた。


「すべての生き物、すべての人とともに幸福に至ろうとするのではなく、家族のため仲間のため愛する一人のため、無辜の他人を犠牲にしていくのが人間だとすれば。ゾンビはその人類の本能に刻まれた罪業から解脱できた幸せな存在だ。だが、お前は不幸な半ゾンビだな」


 こんなふうに文句を言いながらも俺に協力をしてくれる中林先生には感謝しないといけない。……と頭では思いつつも、なりぞこないとか半ゾンビとか悪口を言われ続けて、ちょっと不愉快だったので、結局、俺は小声で言ってやった。


「先生、自分がゾンビじゃない人間だということを思い出してください」


 一呼吸おいて、中林先生は淡々と言った。


「たしかに、生物としてはヒトだが。どんな種にも突然変異や例外的な特徴をもつ個体が存在する。私はその類だと思わないか?」


(思います)と、俺は心の中で力強く同意してしまった。

 

 その時、自衛兵たちの様子が変わった。おしゃべりをやめて、さっきまでより熱心に周囲を警戒する振りをし始めた。

 なぜそうなったか、理由はすぐにわかった。

 ステージの方へと、犬養が親衛隊みたいな連中を引き連れ歩いてきた。

 犬養達は階段からステージに上がり、結生の後方に陣取った。

 これでステージ周辺の敵の数は40人弱になった。


 結生の後ろのほうで、犬養達は何かしゃべっている。

 よく見えないけど、犬養はいきり立って文句を言っているようだった。


 この状況なら、準備した作戦が実行可能だ。

 時刻はすでに11:30。 

 作戦開始にしよう。

 俺は小声で中林先生に指示を出した。


「作戦開始」


「承知した」


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