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52 小児病棟の惨劇

 速川のスマホから、黒田の声が響いた。


「木根がそこにいるのか!? 良太、そいつを殺せ!」


 俺は廊下をダッシュしながら、早口で叫んだ。


「誤解だ! 陰謀だ! 犬養の奴が俺を恨んで俺を走るゾンビ扱いしてるだけだ! ほら、昔からあいつ、俺のことを嫌ってただろ? それに、こんなに流暢にしゃべるゾンビなんていないだろ? 走るゾンビなんているもんか! 犬養の妄想だ! ゾンビはみんなノーロノロ……」


 その時、俺の両脇を何かが駆け抜けていった。嬉しそうな笑い声をあげながら。

 俺は思わず立ちどまり振り返った。その何かが進んで行った方向、速川がいる方向を見ながら、俺は自分の間違いに気がついた。

 ゾンビは全員鈍いわけじゃない。

 アイツラがいた……。

 ここは小児病棟なのだ。


 ちょうどナースステーションの角から、1人の自衛兵が曲がってきたところだった。身長から判断すると、黒田ではない。

 自衛兵は、悲鳴のような声で叫んだ。


「良太先輩!」


 速川は呆然とした様子で自動小銃を構えていた。

 速川と自衛兵の懐中電灯が、俺の傍を駆け抜けていった2人の子どもを照らしだしていた。

 片腕にぬいぐるみを抱いたピンク色のパジャマの子どもと、包帯で頭をぐるぐる巻きにした青いパジャマの子どもだ。

 大好きなものを見つけたように、子ども達は嬉しそうに速川の方へ駆け寄っていく。

 さらに、暗視ゴーグルをつけた俺の目には、速川の後ろの病室から、足をギプスで固めた子どもと髪の毛のない子どもが飛び出して、楽しそうに速川の方に駆け寄っていくのが見えた。


 暗闇の中では、簡単にはゾンビマークが見えない

 あの子ども達はゾンビっぽい動きをするわけではない。

 だけど、こんなところに非感染者の子どもがいて、しかも俺を素通りして速川に向かって走っていくわけがない。

 俺は叫んだ。


「逃げろ! 速川!」


 だけど、すでに子供達に囲まれていた速川は動けなかった。

 速川はアサルトライフルの引き金も引かなかった。


 ピンク色のパジャマの子どもが、抱きつくように速川の腕にしがみついた。

 そして、噛みついた。

 青色のパジャマの子どもは、速川の反対側の腕に噛みついた。

 脚をギプスで固めた子供は速川の近くで転び、そのまま、這い寄るようにして速川の足に噛みついた。


「やめろ! どけよ!」


 噛みつかれた速川は必死に子ども達を振りほどこうとした。


 ナースステーション前に、黒田と新たな自衛兵の姿があらわれた。

 黒田は躊躇いなく、拳銃を構えた。

 銃声が数発響き、速川の足に噛みついていた子どもがはじきとばされ、そこにさらに銃弾が撃ちこまれた。

 そこで自衛兵の声が廊下に響いた。

 

「隊長! ナースステーションにも!」


 さっきまで無人だったナースステーションのカウンターの上に、ゾンビキッズが数人立ったリ、足をぶらぶらさせて座ったりしていた。

 ゾンビキッズたちはカウンターから飛び降り、黒田と近くの自衛兵に襲いかかった。


 黒田はナースステーションの方に振り返り、近づくゾンビキッズを撃ちながら移動し、俺の視界から消えていった。

 自衛兵達の向こう、ナースステーションの向こうにあったプレイルームからは、さらに数人のゾンビキッズがおもちゃを振り回しながら飛び出してきた。

 自衛兵のひとりが拳銃で迎え撃った。でも、ゾンビキッズは俊敏だった。


「クソッ! 当たらない!」


 しかも、銃弾が当たっても、ゾンビキッズは止まらない。流血したまま走り回って襲いかかる。

 ゾンビキッズの一人は背後から自衛兵の太ももに噛みついた。別のゾンビキッズは、割れたオモチャで自衛兵を刺した。

 アサルトライフルを持つ自衛兵が咆哮のような叫び声をあげ、ゾンビキッズにむかって銃を乱射した。

 その背後からは、ピンクのパジャマのゾンビキッズがそっと近づいていて、自衛兵の腕に噛みついた。


 激しい乱戦がしばらく続いた。

 やがて銃声が止み、小児病棟は再び静まり返った。

 かわいらしい飾りやイラストが貼り付けられていた壁は血塗れになっている。

 床には銃弾を受け動かなくなった2人の子どもと、制服姿の高校生1人が倒れていた。


 自衛兵が無我夢中で撃ちまくったアサルトライフルの銃弾は、仲間を1人無惨な姿に変えていた。

 アサルトライフルを持った自衛兵は呆然と立ち尽くしていた。

 沢山いたゾンビキッズは、ほとんどが怪我をしながらも逃げていった。

 血痕は廊下の床と壁のいたるところにあるけど、子どもの死体は2つだけだ。


 黒田の懐中電灯が、その3人の死体を順番に照らしだしていった。

 黒田の低い声が、地獄の深淵から響く声のように病院の廊下に響いた。 


「子どもは全員ゾンビだ。誠の犠牲は仕方がない。どうせ感染していた」


 黒田は、立ち尽くす自衛兵に感情のない声で言った。


「雄星、おまえも噛まれたな?」


「……はい」


 雄星と呼ばれた自衛兵は、アサルトライフルのストラップを肩から外して床に置くと、倒れた自衛兵の前で手をあわせた。

 そして、死んだ自衛兵の手から拳銃を取り、自分のこめかみにあてた。

 一体この自衛兵が何をしようとしているのか、俺には理解ができなかった。


「今まで、ありがとうございました」


 自衛兵は、黒田に向かって礼を言った。

 そして、発砲音が響いた。

 俺にはまだ何が起こっているのか、理解ができなかった。

 床に崩れ落ちていく自衛兵の体を見ながら、俺は理解不能な出来事を目撃したことに恐怖を感じていた。


「なんで、なんで自殺……?」


 俺が混乱してつぶやいている間に、黒田の懐中電灯は、今度は速川を照らしだしていた。

 速川は震えながら傷口をチェックしている。


「だめだ……。噛まれた……噛まれた……。だめだ……。血が出てる……。ママ……姉ちゃん……未来……。ごめん……。俺はもう避難できない……」


 速川はアサルトライフルの銃口を自身に向けた。

 速川は自殺しようとしている。

 俺はこの事態を理解できないまま理解した。


「やめろ! 速川!」


 たぶん、自衛兵団は感染したら自決するルールになっているのだ。

 なんでそんなことをするのか、俺には全く理解できないけど。

 俺は全力で速川にむかって叫んだ。


「早まるな、速川! 大丈夫だ。ゾンビになっても大丈夫。死ぬわけじゃない。ゾンビはみんなわりと楽しそうだし、それに、じきに治療薬だってできる!」


 速川は震えている。俺の声が聞こえているかはよくわからない。

 速川は銃口を見つめてつぶやき続けていた。


「……死にたくない。……死にたくないよ」


 俺はもう一度叫んだ。


「死ぬ必要なんてない! 速川、俺と一緒に来い!」


「……木根?」


 速川が、俺を見た。俺の声が届きだした。俺は説得を続けた。


「大丈夫。ゾンビになっても普通に生きていけるんだ。ゾンビになったって、治療薬ができるまでのんびり過ごしていればいいだけだよ。だから、俺と一緒に……」


「一緒に感染を拡大させるのか?」


 黒田の声とともに、銃声が響いた。

 速川の体が床に崩れ落ちた。

 倒れて俺の視界から消えた速川の姿の向こうに、拳銃を構える黒田が見えた。

 黒田の口から、憎悪と怨恨の塊のような低い声が轟いた。


「感染拡大を謀るゾンビ、木根。お前は許さない」


 黒田の拳銃が俺をとらえていた。だけど、発砲音は響かなかった。

 弾切れだ。

 黒田が舌打ちをして、自動小銃に手をのばした瞬間、俺は廊下を全力で走り出した。

 俺が走り過ぎた病室の入り口では、幼児ゾンビが無邪気に笑っていた。

 俺は走り続け、階段を駆けおりた。

 俺の背後では黒田が撃つアサルトライフルの銃声が響き続けていた。だけど、その音は遠い世界の音のように聞こえた。


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