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ゾンビになったと追放された俺は人類を救えるかもしれないけど人類は救いようがない  作者: しゃぼてん
3章 ゾンビ禍における出会いの形

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28 喫茶店マスター

 カウンターの向こうの床に人が倒れていた。グレーヘアのスレンダーな初老男性だ。

 この人のことを俺は見たことがある。この喫茶店のマスターだ。

 カウンターの影に倒れていたから、うかつにも俺は今までマスターがそこにいたことに気がつかなかった。


 たぶん、マスターはさっきまで気絶していたんだろう。

 でも今は痙攣したようにガクガクと手足を激しく動かしている。

 その腕には、ちょっと薄めのゾンビマークがはっきりと浮かんでいた。

 俺の推定では、喫茶店マスターは、わりと成りたてゾンビだ。


 喫茶店マスターゾンビはガクガクと震えながら起き上った。

 喫茶店マスターは俺を見ると、不気味な満面の笑みを浮かべた。


「いら、いら、いら、いらっ……うーううー」


 俺は挨拶をされたようだ。

 普段なら礼儀正しく挨拶を返す俺だけど。

 今は非感染者の結生が一緒にいる。


「結生、逃げろ! ゾンビがいた!」


(俺以外のゾンビが!)


 心の中で付け足しながら、俺は急いでドアに駆け寄り、カギをあけた。

 とたんにドアが向こう側から強い力で押し開けられ、寧音が飛び込んできた。


「ぐふっ」


 俺は危うくドアと壁の間に挟まれて怪我をしそうになった。


「結生!」


「お姉ちゃん?」


 俺はドアの後ろから出ながら、叫んだ。


「早く逃げろ! 奥にゾンビがいる!」


 カウンターを乗り超えて、喫茶店マスターゾンビが愛想よく笑いながら出てきた。


「ううっうぅうーうー」


 喫茶店マスターを見るやいなや、寧音は問答無用に木刀で打ちかかった。

 いきなり木刀で殴りかかるなんて、とんでもない客だけど。


「うーううーううーう!」


 いきなり寧音に攻撃された喫茶店マスターゾンビは怒って抗議している。

 俺の目には、喫茶店マスターはさっき額を木刀で打たれていたように見えた。だけど、石頭なのかとっさに受け流したのか、マスターはダメージを受けていそうにない。


 さらに攻撃してこようとする寧音を前に、喫茶店マスターはゆらりと中腰の姿勢になった。

 その様子を見て、俺は思い出した。

 昔、この店に来た時、喫茶店マスターはにこやかに父さんに話していた。「私はずっと太極拳をやっているんですよ」と。

 しかも、単に健康のためにやってるのではなく、本格的に武術としての太極拳を極めようとしていると言っていた。中国で開催された大会にも出たりしたらしい。


 体にしみこんだ動きは簡単には消えないのだろう。それに、まだゾンビ成り立てでわりと動けるのかもしれない。

 喫茶店マスターはゆったりと動き続けている。……武術というより、よくお年寄りがやっている普通の太極拳だけど。


 寧音は息を飲んだ。


「この動き……。こいつは、ただのゾンビじゃない……」

 

 たしかに、普通のゾンビの動きではない。

 喫茶店マスターゾンビは、流水のように滑らかに動きつづけている。

 スピードはただのゾンビ並みだけど、美しい太極拳の動きだ。


「結生、下がれ」


 寧音は結生が巻き添えをくらわないように指示を出した。

 それを見て、俺はとっさに結生を逃がすことに決め、ドアのところから結生を呼んだ。


「結生、こっちだ! 外に逃げよう!」


「はい!」


 結生が素直に返事をし、寧音がとまどったように声をあげた。


「な? 結生? 誰だ? その怪しい……」


 俺の姿をちらっと確認し、寧音は叫んだ。


「怪しすぎる奴は!」


 ニット帽、マスク、ネックウォーマーにサングラスまでかけているから、まだ俺の正体はバレていないようだ。

 完全に不審者扱いされているけど。

 結生は純粋そうな声で、俺を擁護してくれた。


「怪しくないよ、お姉ちゃん。先輩は、わたしを助けてくれたんだから」


「そうそう。俺は、全然怪しくない」


 俺は清廉潔白なゾンビだから。

 寧音は即座に叫んだ。


「怪しすぎる! どう見ても犯罪者だ! 結生、騙されるな。そいつはきっと少女を誘拐して監禁……」


 ゾンビとはバレなかったけど犯罪者だと断定された。たしかに、こんな格好の奴がいたら、俺も怪しいと思うけど。

 そこで、寧音にむかって喫茶店マスターがすーっと近づき、両足をそろえて直立した。


「うううーう、ううう?」


 俺には、喫茶店マスターが「ご注文は何を?」とたずねたように聞こえた。マスターはゾンビだから、寧音に攻撃されたことも忘れちゃったのかも。

 だけど、寧音は敵意をこめてつぶやいた。


「結生には近づかせん!」


 寧音は喫茶店マスターゾンビめがけて素早く木刀を振った。

 マスターは俺が気がついた時には、すっと寧音の攻撃をかわし、横に移動していた。

 マスターはそのまま、流れるような動きで、寧音に手を伸ばしていく。

 幸い、ゾンビだからマスターのスピードは遅かった。

 寧音はテーブルにぶつかりながらも、無事に喫茶店マスターゾンビから離れ、間合いを取った。

 喫茶店マスターは、ゆっくりだけど無駄のない滑らかな動きでテーブルの間を滑るように移動している。


 喫茶店マスターにはゾンビ化による速度低下という大きなハンデがあるけど、ここでの地の利はマスターにある。

 どちらが勝つかはわからない。

 それに、寧音の攻撃でマスターが流血すれば、その血を浴びるだけで感染のリスクがある。

 やっぱり、早く結生を逃がした方がいい。


 俺はドアの外に出て周囲を確認した。

 ドアの前には誰もいない。

 階段をあがったところにはゾンビがうろついていた。だけど、まだ進路はふさがれていない。

 今なら脱出できる。

 俺は結生によびかけた。


「よし、だいじょうぶだ。ここは危ない。店から出よう」


 後ろを振り返ると、すでに結生は俺の近くに来ていた。


「はい、先輩」


 素直に俺についてこようとする結生にむかって、寧音は叫んだ。


「待て! 結生! 怪しい奴についていっちゃダメだ!」


「うううーうううう」


 喫茶店マスターゾンビも「その通りですな」と同意するように頷いた。だけど、その後即座にマスターは寧音にむかって流れるような動きで接近した。


「くっ。このゾンビがいなければ、あの男を叩きのめすのに……」


 寧音は悔し気につぶやくと、木刀で突きを繰り出した。マスターはその攻撃をゆらりと避けた。

 テーブルが沢山あるせいで、寧音は攻めあぐねている。


 俺は寧音に叩きのめされたくないので、すみやかに外に出た。


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