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ゾンビになったと追放された俺は人類を救えるかもしれないけど人類は救いようがない  作者: しゃぼてん
3章 ゾンビ禍における出会いの形

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26 喫茶店

 この喫茶店に来たのは久しぶりだ。

 父さんがこの喫茶店のマスターと知り合いだったから、俺は子どもの頃にここに何度か連れてこられた。

 喫茶店だけど、見た目は薄暗いバーのような雰囲気のお洒落な店で、大人の隠れ家的喫茶店といった雰囲気だ。

 壁はコンクリートの打ちっぱなし。

 一方の壁には一面に本棚が並んでいる。

 巨大な本棚に並んでいるのは、マンガやラノベじゃなく、ハードカバーの高尚な文学作品が多い。

 料理もおいしい店だったけど、今は店内は無人。もちろん、音楽もかかっていない。床には土埃がたまっている。


 ドアは鉄製で、窓にも鉄格子や鉄柵がついているから、ゾンビが外から壊すことはできない。

 まるでゾンビパンデミックに備えていたかのようなデザインの建物だ。

 ドアのカギを閉めた俺が店の中の方に移動すると、少女は俺に礼を言った。


「ありがとうございます」


 それから、少女は手探りで椅子を引いて座り、壊れて首のところに引っかかっていたフェイスガードを外した。

 俺は今になって、薄暗い店内に座る少女がハッとするほど美しいことに気がついた。

 マスクをしているから、実は顔はよくわからないけど。目はつぶっているし。

 でも、なぜかそこに座っている少女の姿を見た瞬間、俺の胸が波打った。


「別に……」


 なぜか俺は口ごもってしまった。

 俺は少女のもつ白い杖を見た。

 今までの様子から判断すると、この少女はほとんど視力がないようだ。

 ゾンビに襲われていた感じからすると、こう見えて実は凄い戦闘力の持ち主、とかいうことも当然ありえない。

 なんで、こんな少女がゾンビが徘徊する町の中にいたんだろう。

 この子が一人でゾンビパンデミックの世界を生き抜いてきたとは思えない。


 俺の疑問を感じ取ったように、少女は説明した。


「わたしはお姉ちゃんと一緒に避難するところだったんです。でも、変な人達に襲われてはぐれちゃって。お姉ちゃんを見ていませんか?」


「いや。とっさで、周囲まで見ていなかったから」


 でも、あれだけ沢山ゾンビが徘徊する場所で、女性がひとりで生き延びられるとは思えない。……いや、生きてはいるだろうけど、もうゾンビだろう。

 俺はそこで黙って考えこみだした。


(困ったな)


 この子は非感染者だ。俺の皮膚のゾンビマークに気がつくことはないけど。

 ゾンビウイルスに感染してから、俺は一度も非感染者と長時間一緒にいたことがない。

 非感染者とどう接すればいいのか、よくわからない。


 俺はとりあえず、少女から2メートル以上離れたところに座った。

 俺が近くにいれば、この子は何かの間違いで感染するかもしれない。

 それに、ひょっとしたら、俺だって理性を失って感染拡大行動をとるかもしれないのだ。

 皮膚症状以外は無症状だと思っていたけど、なんだか今の俺は妙に自信がない。

 体液交換への欲求……正直、皆無とはいえない。

 このまま密室に二人きりでいるのは、まずいような気がするような……。

 

 かといって、この子を一人、ゾンビが徘徊する町に放り出すわけにはいかない。この少女が一人で生き延びることはできない。

 ここに放置して俺だけ立ち去るわけにもいかない。いずれ餓死してしまう。


 この子が生き延びるためには、封鎖地区の外に避難しないといけない。でも、この子が一人で避難ゲートまで行くのは難しいだろう。

 ゾンビは鈍いから、俺が一緒についていってやれば、たぶん避難ゲートにたどり着ける。

 だけど、ゲートで感染者だとバレれば、俺が殺される……。

 どうしたもんか……。

 俺は早く研究所に行かないといけないし、命を危険に晒すようなことはするべきじゃない。

 だけど……。


 そんな俺の悩みは露知らず、少女は明るい声で言った。


「私は結生ゆい。高木結生です。あなたは?」


「俺は、木根文亮」


 俺が答えると、結生は驚いたように言った。


「え? あなたが、木根先輩ですか? 生徒会長の犬養先輩に唯一テストで勝ったことがあるっていう木根先輩?」 


「俺のこと、知ってるの?」


 驚いた。なぜか、この少女は俺のことを知っていた。

 今の話からすると、この少女は俺と同じ高校に通っていたっぽい。

 見た感じ中学生くらいかと思ったけど、高校生だったのか。

 俺はこの子のことを知らないから、たぶん下級生だろう。


 そういえば、今年はめずらしく視覚障害のある新入生がいる、という噂を加藤から聞いたことがあった。

 「すげー、かわいい子なんだよ。○○とは似ても似つかないぜ」と、加藤が言っていた。……誰と似ていないんだっけな。まったく興味がなくてちゃんと聞いていなかったから、思い出せない。


 俺が思い出そうとしていると、結生は言った。


「先輩のことは、お姉ちゃんから聞きました」


「お姉ちゃん?」


 そういえば、この少女は高木と名乗っていた。

 高木はわりとよくある名字だけど。

 俺にとって高木といえば……。

 俺がゾンビになった日に、俺を木刀でゴキブリのように叩き潰そうとしてくれた、生徒会副会長の剣道娘、高木寧音だ。

 人違いであることを祈りながら、俺はたずねた。


「……ひょっとして、お姉ちゃんって、生徒会で剣道部の高木?」


 結生はあっさり明るく認めた。


「うん。お姉ちゃんは3年の高木寧音です。私は1年」


(この子が、あの高木の妹なのか……)


 俺は、目の前の少女をまじまじと見た。

 ちっとも似ていない。

 本当に、似ても似つかない。

 高木寧音も確かにわりと美人ではあった。ツンとした凛々しい感じの。

 でも、この少女が醸し出す雰囲気は、寧音とは正反対だ。

 おとなしくて優しそうな雰囲気。小鳥と語らっていそうな感じの可愛らしい雰囲気だ。


 俺をゴキブリ扱いした、あの高木の妹……。

 しかも、高木寧音は加藤やゾンビ生徒を大量に殺した生徒会の一員だ。

 

 でも、妹に罪はないよな。


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