表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/88

24 燃えさかる炎

 俺は駅のホームから非常出口を通って外に出た。

 非常出口のドアを開ける前に、俺は慎重にニット帽、マスク、ネックウォーマーの位置を確認し、手袋をした手でサングラスをかけた。

 外に出ると、そこは繁華街の中心付近にある狭い通りだった。

 この通りに人の気配はない。

 道路にところどころ赤い染みがあるのが気になるけど。


 俺は地図を確認した。ここが隔離地区D42なのかは確信できない。でも、隔離地区内にいるのは間違いない。でなければ、こんなに簡単に駅の外に出られるはずがなかった。

 ここから目的地の研究所までは、まだ2キロはある。

 俺は研究所の方向へと歩き出した。


 でも、歩き出してすぐ、俺は何かがおかしいと感じた。

 ここには、ゾンビがいない。

 以前、学校から帰宅する時にこの辺りを通過した時は、ゾンビが沢山いたはずなのに。

 俺は先に進む前に、この辺りの様子を確認することにした。

 フェンスやゲート、避難所の位置は確認しておいた方がいい。そもそも、ここが隔離地区D42なのかどうかということも。


 俺は周囲を見渡した。都合のよさそうな背の高いビルがある。

 おしゃれな洋服屋、雑貨屋、レストラン等が入っていた商業ビルだ。


 入り口は開いていた。

 俺は注意をしながら、ゆっくりと中に入った。

 電気がついていないので、薄暗い。

 入り口近くにあったガラス張りのコーヒーショップは、当然無人だ。テーブルや椅子がいくつか倒れている。

 ビルの中では、暗がりの中にお洒落な洋服屋が佇んでいた。洋服がぎっしり並んだ店は、なんとなく不安にさせる。死角が多くて、洋服の向こうに何が隠れているかわからないから。


 それに、洋服屋の前の白い壁には、べったりと血の染みがついていた。いつもはピカピカの床にも、乾いた血だまりがこびりついている。

 俺は血染めの壁を観察した。

 血まみれの壁には無数の穴があいて、ぼこぼこになっていた。

 たぶん、銃弾の痕だ。実物を見たのは初めてだったけど。紛争地帯の写真とかで見たことがある。


 ここで非感染者がゾンビを銃殺したんだろう。

 同じような血と銃弾の痕は、あちこちにあった。

 警察がここでゾンビの掃討を行ったのだろうか? 

 避難ゲート近くでも避難所でもなさそうなこんな場所で?


 隔離地区D42は、俺の家がある隔離地区D43とは状況が違うのかもしれない。

 元々、この辺りの感染状況は家の近所よりはるかに酷かったはずだ。

 状況に合わせて別の対処法が取られているのかもしれない。


 俺はゆっくりと中央のエスカレーターへと歩いて行った。ビルの中は、俺の足音が響くほどに静かだ。

 エスカーレーターは停止している。俺は停止したエスカレーターを歩いて上がった。

 7階くらいまであがったところで、俺はエスカレーターの傍にあった見晴らしの良い喫茶店に入った。

 完全に無人なことを確認してから、俺は窓際のテーブルの間にしゃがみ、リュックからデジタル双眼鏡を取り出した。


 この辺りは背の高い建物が多いから、すべての方角は見通せない。

 でも、フェンスの位置は確認できた。

 意外と近くにゲートもあった。隔離地区D42の表示が出ている。

 ゲートの位置は、たぶん、ここから200メートルくらい離れたところだ。


(位置を確認することにしてよかった。またうっかりパトロールの警官と出くわすところだった)


 そう思いながら、俺が双眼鏡でゲートの様子を確認していると、ゲートが開きトラックが入ってきた。

 俺はトラックの行方を双眼鏡で追った。


 トラックは近くの大通りへと進んで行った。そして大通りを少し進んだところで停車した。

 大通りにある小さな広場。

 隔離地区のフェンスから数十メートルくらい内側のところ。

 その周辺には、フルフェイスの防護服姿の警官らしき人影がいくつもあり、広場の周囲はブルーシートと簡易フェンスで覆われていた。

 地上からでは、広場の内部は見えないだろう。

 でも、ここからは広場の中が良く見える。


 広場では炎が燃えさかっていた。

 四角い箱のようなものから炎が立ち上っている。


(なんだろう、あれは……)


 燃えているのは檻だ。一列に四角い檻が並んでいた。すでに炎が消えているものもある。中には、黒い焼け焦げた物体が入っている。

 炎が立ち昇る檻をもう一度観察した俺は、檻の中に詰めこまれたものが微妙に蠢いていることに気がついた。

 そして、俺はそれが無数の人影だということに気づいてしまった。 


 俺の手は、反射的に双眼鏡をおろした。

 だけど、俺は震える手でもう一度双眼鏡を目に当て、広場を確認した。

 見たくはない。だけど、なにが起こっているのか、確認しないといけない。


 広場に到着したトラックから、コンテナが運びだされていた。

 コンテナからは檻が取り出され、その中にゾンビが詰め込まれていた。ゾンビは拘束具で拘束されていて、さらに身動きがとれないほどに檻の中にすし詰めになっている。

 広場にゾンビの入った檻が並べられていく。

 防護服姿の警官らしき人達がその檻に、灯油のようなものをかけていく。淡々と、きびきびと、ゾンビを焼き殺す準備を進めている。

 

 俺は、双眼鏡を目から離した。

 冷や汗が噴き出て、吐き気がする。

 俺は目をつぶり、うなだれた。立てた片膝に頭がぶつかるくらいに。いっそ床より下に頭を沈めたいくらいの気分だ。

 

 法的には隔離地区の外に出ようとする危険なゾンビは現場の判断で殺害可能。

 テレビでそう言っていた。

 現場の判断次第。

 たとえゾンビが拘束された状態で外から運び込まれたとしても。

 現場の判断次第。

 どうせ何をしようと、それを報道する人間もいない。


 そこまで考えたところで、俺は突然、隔離地区D43のゾンビが運びこまれていた謎の建物のことを思い出した。

 あの建物が何だったのか、俺は思い出したのだ。

 あれは何とか会館という名前の斎場、つまり火葬場だった。

 中で何が行われていたのかはわからない。でも、おそらく、のん気な俺が気づいていなかっただけで、俺のいた隔離地区でもゾンビは毎日燃やされていたのだ。


 俺は両手で頭を抱えた。

 どうしようもなく嫌な気分だ。

 なんでこんなことができるんだろう。

 政治家も、警官も。

 あの人達は、パニック状態にあるわけじゃない。なのに、粛々と、ゾンビを殺していく。

 仕事だから? 命令されたから?

 ゾンビを人間だと思っていないんだろうか。……思っていないんだろうけど。

 でも、きっと、人間だと思っていても、同じように殺せるんだ。

 だから、人の歴史では戦争と虐殺が延々と続く。

 たぶん、それが、人間という生き物なんだ……。


 俺はふと思った。

 人類なんて滅亡してしまえ、と。

 

 

 何分くらいたったんだろうか。

 俺は顔をあげた。

 いつまでも落ちこんでいるわけにはいかない。

 母さんには元に戻ってほしい。ご近所ゾンビのみんなは助けたい。

 治療薬は必要だ。


 俺はあたりの様子の確認に戻った。

 他の方角から、フェンスとゲートの位置を確認しようとした。だけど、フェンスは見えなかった。

 最上階のレストランまであがって確認した。だけど、やっぱり他の方角のフェンスは確認できなかった。

 結局、最初に見つけたゲート以外には、ゲートや避難所がどこにあるかわからなかった。


 わかったことは、隔離地区D42はD43より大分広そうだということ。

 それに、ゲートや避難所近く以外でも、ゾンビが射殺されている可能性が高い。

 現に、このビルにはゾンビがいない代わりに血痕と銃痕がある。ここのゾンビは、すでにみんな射殺されたのだろう。

 結論。この隔離地区では、ゾンビの俺にとって安全地帯はないと考えた方がいい。


(とりあえず、進もう)


 ここに長居するのも、危ないかもしれない。

 俺は、もう一度、自分の皮膚が出ていないことをよく確認し、エスカレーターを歩いて降りて、建物の外に出た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ