19 報道特番 ~ ゾンビ特措法を徹底議論 ゾンビ担当大臣緊急出演 ~
テレビでは、政治家や偉そうな人達がテーブルに座ってしきりに議論していた。
ゾンビウイルス対策の特番だ。
この番組の説明によると、ゾンビウイルス感染者用の療養施設はすでに一杯。
先週からは少年院、入国者収容所、一部の刑務所の収容者を一時的に釈放して、ゾンビウイルス感染者の療養施設にしているらしい。
……どう聞いても、「療養施設」という名前はふさわしくない。正直に強制収容所と言えばいいのに。
この番組によると、感染は拡大を続けていて、療養施設や隔離地区から逃げ出すゾンビウイルス感染者も後を絶たないという。
この情報は、俺はちょっと信じがたい。
そりゃ、たくさんいれば感染初期のゾンビが一人や二人逃げ出すことはあるかもしれない。
でも、完全ゾンビは、鈍くてあまり動かない。知能もほぼゼロだ。
銃を持った警官が見張っている隔離地区や刑務所から逃げ出すことなんて、普通のゾンビにできるんだろうか?
それはそうと、ほぼ無症状な感染初期の人達が感染拡大行動をとることによって、各地で大規模なクラスターが頻発しているという。
テレビでは、ニュースキャスターが説明していた。
「つい先日は、感染者が集合住宅の貯水槽に入り水を汚染したことにより、マンション一棟でクラスターが生じました。飲食店では調理人が自らの血液や肉を使用したことによる恐ろしいクラスターも頻発しています。また、全国の夜の街での感染爆発は留まるところを知らず、歌舞伎町、すすきの、中洲をはじめ、各地の歓楽街がロックダウンされています」
コメンテーターの芸能人が言った。
「渋谷センター街ではフリーキスによる感染拡大事件も起こりましたよね」
橋本だけじゃなかったのか……。フリーキス、恐るべし。
「メイドカフェでの血文字のオムライス事件も衝撃的でした」
ケチャップの代わりに血でイラストや文字を描いたってことだろうか。
「さすがにケチャップとの違いには、気づくだろ!」とテレビの前でつっこんでから、俺は思った。
でも、卵の中のご飯に混ぜられたら気づかないな。
たしかに怖い。
だけど、なんだか、怖いエピソードを羅列して、感染者への恐怖を煽っているような気がするのは、俺だけだろうか。
さて、全国で感染爆発がとまらないため、今テレビで議論されているのは、ゾンビウイルス特別措置法の立法だ。
今日は特別に、ゾンビウイルス感染症対策担当大臣がゲストとして呼ばれている。
テレビでは、ニュースキャスターがゾンビ担当大臣に質問を投げかけた。
「今でも、緊急事態基本法及び新感染症対策特別措置法によって、感染者が人に危害を加えそうな状況下では、感染者に対して警察や国防軍による発砲が認められていますよね? 報道によると、隔離地区外に出ようとする感染者には現場の判断で発砲が認められているということですが」
ゾンビ担当大臣はうなずき、認めた。
「感染者が隔離地区を出るということは、その場にいる警察の方をふくめ、感染拡大行動により人に危害を加えるということになりますから。現場の判断で発砲が行われることになります」
たしかに、この隔離地区でも避難所と避難用ゲートではゾンビが容赦なく射殺されている。あれは、今の法律に基づく処置だったらしい。
ニュースキャスターは言った。
「しかし、発砲により周囲に感染が広がるリスクも指摘されています」
「たしかに銃による射撃という手段は最善の方法とはいえません。血液により周囲が汚染され、感染リスクが高まってしまいます。ですから、別の方法の導入も検討されております」
(別の方法?)
なんだか、不気味な響きだ。
ゾンビ担当大臣は話を続けた。
「しかし、配備数と習熟度という問題もあります。拳銃はすべての警官が所持しており日頃から訓練されていますから。当面は銃火器の使用が基本となるでしょう」
大臣の説明にニュースキャスターはうなずいた。
ちなみに、報道番組で政府関係者に厳しいことを言うニューキャスターはいない。そんなことをすれば、即座に左遷されて次回からは出演できなくなるから。
ニュースキャスターは質問をした。
「封鎖地区や療養施設から感染者が脱走する事件が後を絶ちませんが、これについてはどのような対応をご検討でしょうか」
大臣は、待ってましたというように頷き、しゃべりだした。
「このウイルスの恐ろしいところは、感染者が感染拡大行動をとるということです。先ほども恐ろしい事件が紹介されていましたように、ウイルスを広げるためなら感染者は手段を選びません。そのため、専門家の先生もおっしゃっておりますように、感染拡大をおさえるためには、感染者数を減らすことが第一なのです」
ニュースキャスターは、当然、大臣に反論することはなく、あらかじめ準備されていたかのように尋ねた。
「感染者数を減らすとは、具体的にどういう方策を意味するのでしょうか?」
「これは、非常に言いづらいことなのですが。特に感染者のご家族からの反発が出るのは承知しておりますが。今の状況で感染者数を減らすためには、感染者の安楽死という方法を検討する必要があります」
(感染者の安楽死?)
つまり、感染者を殺すってことだ。隔離施設や隔離地区内で平和に暮らしているゾンビを殺すということだ。
俺や母さんやご近所ゾンビのみんなを殺すということだ。
父さんの話では今でもこっそり療養施設でゾンビが殺されているらしいけど。これからは合法的に大量殺人を行うということだ。
俺は、信じられない思いで、テレビでしゃべっているゾンビ担当大臣を見た。
「安楽死ですか?」
ニュースキャスターがたずね、政治家に代わって「専門家」と呼ばれている人が解説をはじめた。でも、「専門家」と言われているけど、ゾンビウイルスの研究者だとは言われていない。
以前、父さんが言っていた。今のテレビは本物の専門家も当事者も呼ばない。尖ったことを言わず、台本を上手に読んでくれる「専門家」と用意したストーリーにピッタリな「当事者」を呼んでくるんだと。
テレビの映像には、無表情でどっからどう見ても屍にしか見えないゾンビが映し出されていた。
その映像の前に座っている「専門家」は述べた。
「ゾンビウイルスは感染者の脳を破壊し、非可逆的な、つまり、元には戻らないダメージを与えると言われております。いわば、ゾンビウイルス感染者は、脳死と同じ状態だと言えます」
脳死?
誰が?
母さんが?
俺が?
俺の頭の中にはたくさんのクエスチョンマークが浮かんだ。
俺は、皮膚症状以外は元と同じ人間だ。
母さんは、たしかに会話は成り立たない。意味のある言葉は発しない。
だけど、だからと言って、母さんが何も感じていないとは限らない。うまくこっちに伝えられないだけかもしれない。
実際、母さんはひとりで鼻歌を歌っていることもある。なんとなく楽しそうな時もあれば、悲しそうな時もある。
感情がないとは思えない。
どう見ても、生きている人間だ。
俺たちは、まだ死んでいない。生きている人間だ。
この「専門家」は何を知っているんだろう。
走り回って遊んでいるゾンビキッズを見たことがあるんだろうか?
怒ったり悲しんだりしているゾンビを見たことがあるんだろうか?
俺の方が、ずっとゾンビに詳しい自信がある。
俺のゾンビ観察記録を送りつけてやりたいところだ。
テレビには、狂暴そうなゾンビ(イメージ映像)が映っていた。
テレビの「専門家」は結論を述べた。
「感染者の尊厳を守るためにも積極的に安楽死を進めることが望ましいと考えられます」
再び、ゾンビ担当大臣が話し始めた。
「療養施設や隔離地区での感染者の安楽死措置を可能にするよう、すみやかに法案改正を進める予定です。これは諸外国の中には、すでに行っているところもある措置です。ゾンビ特措法が成立次第、ゾンビウイルス感染者の安楽死措置を含めた国防軍による感染拡大防止作戦が開始される予定です」
その後、テレビでは、ダメ押しのように世論調査の結果が報道された。
ゾンビ安楽死政策に国民の大多数が賛成しているらしい。
街頭インタビューの映像が流れた。
「しかたがないと思います。元の生活に戻すには、もう他に方法がありませんから」
「賛成です。早くしてほしいです。うちには小さな子どももいるので。感染させられたら、と心配でしかたがないんです」
「法改正? どんどんやればいい。まどろっこしいこと言ってないで、ゾンビなんて、とっとと全部殺せばいいんだよ」
全員賛成な街頭インタビューが流された後で、ゾンビ担当大臣は力強く言った。
「感染者は生きている限り、感染を広げるための行動をとり続けます。現時点で治療法はありません。つまり、国民の命を守るためには、他に方法はありません。ゾンビ特措法をすみやかに成立させ、感染拡大を絶対に阻止し、一日も早く収束させるために全力を尽くします」
国民の命?
ゾンビウイルス感染者だって、国民のはずなのに。
感染者には、選挙で投票する力はないだろうけど。
テレビは、ゾンビウイルス感染者は「安楽死」させないといけない、という雰囲気を漂わせて終わり……かけた。
その時、ゲストたちの後ろに、スタッフ用のIDカードを首からぶらさげた女性が、両手でピースをしながら、かに歩きで画面の中に入ってきた。
後ろの方に小さく映っていただけだ。だけど、俺の目には、そのスタッフの顔にゾンビマークが浮かんでいるように見えた。
次の瞬間、乱入スタッフはゲストの「専門家」の首にかみついた……そこで番組は終了、やたらと明るいCMが流れ始めた。
最後のは、演出だったんだろうか……。
俺にわかるのは、翌日にはゾンビ担当大臣が突然辞任、交代していたことだけだ。




