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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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37.ニンガルの○○・Ⅲ

遅れてしまって申し訳ないです。

 



 ウル・ディーメアの周囲を回転する『歪み』は、それが触れたものを粉砕している。当然ここにあるのは岩のみなので、その破壊力は明らかだ。


 言うなれば、快の異能によって生じる死に似ている。内からの爆散。そう運命付けられたかのように、美しさも、その逆の野蛮さも一切感じさせない破壊。


 そんな絶対的で無機的な破壊はその回転半径を自由自在に変化させ、今度こそ無秩序に周囲を喰い始めた。形容し難い不快な音をたてて岩を削っていく。


 それは当然、この空間において異物である三人のもとにも向かってくる。低周波の重低音をばら撒きながら、三人を根本から破壊すべく。


 クローヴィスはそれを打ち消そうと、明らかにオーバーサイズな火球を作り出す。それを『歪み』目掛けて射出する。だがしかし、それは全く無意味だった。


 火球が『歪み』と同じ座標に達した瞬間。火はまるでシャボン玉のように消えた。物質ではなく現象である火球は、岩のように爆散してその過去を残すことすら許されない。息をのむクローヴィス。


 自分の最も得意な火の魔法を無に帰され、戦意は喪失寸前だった。


 そしてこの状態は、なによりもニンガルにとって最高の状態だった。迫りくる『歪み』。それを転移で難なく躱して、その両手に計八本の黒針を取り出した。


 そのうち半分を、この空間の四隅に投げて突き刺す。なんだかんだで動き回ったこの空間。その四隅まで転移可能となれば、もはやここはニンガルの空間。


 ニンガルはクローヴィスと幼きニンガルの背中に手を当てる。


「彼に対抗できるのは私だけです。お二人は少し待っていてください」


 若干強張った様子で頷くクローヴィスと、特になんの感情も見せずに頷く幼い自分。


 次の瞬間、二人の姿は消えた。


 消えたと言うのはもちろん、この空間から消えたわけではない。彼らは空間の端から端を転移し続けているのだ。黒針をステーションとして極小時間ごとに転移する。


 その間隔は恐ろしく、二人は三秒とたたないうちに吐き気を催し始めた。しかしこの転移は終わらず、当然のことながら逃れることはできない。


 見えない紐で縛られて、ぐるぐると高速で回されている感覚。そしてそれはあながち間違いではない。


 ウル・ディーメアは感知的な能力に関しては低いのか、目の前に立つのがただ一人、しかも隣に立っていた幼女と自分が同一人物だと言ったおかしな人間だけだとなったことに驚きを隠せていない。


 荷物がなくなったニンガル。彼女は瞬殺を誓ってウル・ディーメアに急接近した。




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 ウル・ディーメアは右手をニンガルに向けて突き出した。その瞬間、衛星のように秩序を持って、しかし死んでいるかのように無目的で周回していた『歪み』に命が与えられた。


 獲物を見つけた猛禽類の如く、風を切ってニンガルまでの最短距離を直進する『歪み』。それは明らかに彼女一人で対処することができる数を超えている。


 ならばどうするか。答えは一つ、逃げれば良い。すでに先ほどまでの動きの中で、この空間のある程度は転移可能な範囲となった。多くの直線が交わる唯一の点。そこから一メートルはずれることができれば脅威は無くなる。


 重低音は空気を割って進む高音となり、ニンガルのすぐ後ろを通り、その勢いのまま岩壁に突っ込む。


 今だ。敵は丸腰。空間を歪めることなど、転移魔法以上の転移を扱うニンガルにとってはどうということはない。


 全身をバネにしてウル・ディーメアに向かって疾走する。途中二本の黒針を投げつけた。しかしそれは流石に相手の異能に取り込まれ、どこかに向きを変えて飛んで行ってしまう。


 だが相手の注意があれにそれている間に、彼女はすぐそこまでたどり着いていた。最短距離で眉間を貫こうとする漆黒の長針。


 するとなんと、今度は相手自身が歪んだ。陽炎のように、掴めそうで掴めない。黒針のみならずニンガル自身の身体までもがウル・ディーメアをすり抜ける。


 次の瞬間。


 ニンガルは自分の胸にリンゴ大の空洞ができているのを確認した。


 身体のあたたかい部分がそのまま抜き取られ、一気に命が冷たくなっていくのを感じる。それは端からとか、中心からとか、そのような優しいものではない。


 全身同時に、こうであるべきだったかのように一瞬にして冷たくなる。脊髄は凍り、脳は石のように硬く重くなっていく。


 脚はもはや自分のものではなくなったかのようで言うことを聞かない。砂の城が崩れるように倒れ込み、そして何とかかき集めた残りの意識で地獄を見る。


 自分の瀕死によって転移の渦から解放された二人が、自分と全く同じように胸に風穴を開けられ、そして倒れ込んでいた。




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「……っ!」


 ニンガルはパッと目を開いた。目の前に広がるのは、闇に包まれた路地裏の景色。


「え……なん……」


 呆然と立ち尽くすニンガル。それもそうだろう。命が溢れるのを感じた次の瞬間にこの場に戻ってきたのだから。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 緊張に喉が詰まる。呼吸さえままならない。だがそれでも、彼女の方へと振り返らなければならない。なぜならばそれが自分の仕事なのだから。


「ど、どうもしてないよ?」


 そこには果たして、幼い頃の自分が立っていた。彼女は自分の顔を見上げて笑う。自分と同じように、その胸に風穴など開いていない。ならば。


 いや、そんなことは目を開いた瞬間に気がついていた。自分が『ここ』から過ごしたあの一日は、全くないものとなっている。


 そうとなればするべきことはただ一つ。


「えっ! ちょっと!」


 身体の小さな彼女を脇に抱える。彼女は手足をばたつかせて逃れようとするが、それは叶わない。ニンガルは覚悟する。自分が彼女を見守り続けると。


 ケースリットへ転移するのはあまりにも危険すぎる。ならばマリナの街にでも転移しよう。そう思って波の音を想像する。次の瞬間、二人は海岸の岩の崖の上に立っていた。


 びゅーびゅーと吹き荒ぶ風は二人の髪を弄び、波は月明かりを飲み込む。そのまま幼い自分を下ろすと、しかしその目は涙を溜めていた。


 何があったのか、転移に何か不具合でも生じていたのか、ニンガルは不安になる。


「どうかしたの?」


「…………やだ」


 ポロリとそう溢した彼女は、次の瞬間姿を消す。もちろん転移だ。そしてその先など容易に想像がつく。すぐさま転移で追いかける。


 何故こうも上手くいかないのだろうか。本気でそう考える。


 まだあの喪失感を自分は引きずったままなのに、なぜこれ以上まだ何かをこぼさなければならないのだろう。あまりにも理不尽だ。おかしい。


 彼女はニンガルが隣に立つ度に転移を繰り返す。ディジタル的、つまり非連続的な移動である転移において、先回りという概念は存在しない。


 どうしようもないいたちごっこ。だが一つ、ニンガルに有利な点がある。それは集中力だ。転移には相当な集中力が必要となる。


 それは十七年間で培ってきた自分と初心者の彼女の差。結果を得るまでの時間はかかったが、しかしその結果は予想から外れることはなかった。外れようがなかった。




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 結局駄目だった。


 ニンガルは今、いつかと同じように三人でウル・ディーメアと対面している。そのメンバーは言うまでもなく、ニンガルは火花が散るかと思うほどに脳を回転させ理想の結末へのルートを考える。


 前回はクローヴィスに戦わせないために二人を隔離し、自分だけで戦った。その結果があれだった。アレの身体は揺らめいて、すり抜けた瞬間に『歪み』に喰われた。


 自分が実際に体験した最初の時、アレを殺したのはクローヴィスの特大の炎だった。自分の攻撃が通用しないのなら、それに頼るほかない。


 だがそれで彼女がクローヴィスに完璧に懐いてしまったら。そう考えると悔しい。


「クローヴィスさん、ことは急を要します。最速で最高火力の炎を浴びせてください。その間私がお二人をお守りしますから」


「ああ! 了解した!」


 ちなみに道中も最終的にクローヴィスの力を借りやすいように信頼関係を築いておいた。その結果、彼の動きは自然に滑らかに、周囲の魔力を吸い上げる。


 当然それに対してウル・ディーメアは『歪み』をぶつけようとする。


 だからアレの注意をひく。それがニンガルの仕事だ。異能を最大限駆使して疾走するニンガル。


 達人が振るう剣は、その周囲を真空が包んでいるらしい。したがってその剣は風を切る音を生み出し、神の域に達した剣士は単なる棒切れでも、その真空の破壊によって物を切り裂く。


 それを彷彿とさせるようなスピード。風を切る音は空間に響き、新たな『歪み』のようなものさえ発生させる。


 その異常なまでの死の香りはウル・ディーメアの意識を難なく引きつける。音速で空気を割って進む『歪み』。


 それでいい。


 クローヴィスの隣に転移するニンガル。それと同時に空間を白が覆った。


 圧倒的なエネルギーは熱と光を発生させ、その内部に存在するものの構造を破壊し、空気に還す。


 光と音が消え去った後に残ったのは、プレートと魔力切れを起こしかけてふらつくクローヴィスと、そんな彼を憧れの目で見上げるニンガル。そしてそのニンガルの様子を見て黒針を取り出したニンガルだけだった。


 だが次の瞬間、頭の数が一つ減った。




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