表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
92/93

36.ニンガルの○○・Ⅱ

 



「ねえ、中暗いよ?」


 日付は変わって次の日。朝焼けの陽光が差し込むここ一帯で、目の前に大口を開けている遺跡だけが闇を吐き出していた。


 その中を覗き込んで心配そうに二人の方を振り返る少女。その顔は心配そうでありながらも呑気で、目の前にある絶対的な闇。それを生み出す恐ろしい存在に気が付いているはずなのにそうは見えない。


「私がいれば心配はいらないよ。私に続いて入って来なさい」


 クローヴィスはそう言って、自身の周りに沢山の小さな火球を生み出した。それは衛星のようにクローヴィスの周りを回り出し、さらにそれは三分されて二人のニンガルの周囲も回り始めた。


 そうして準備完了と言わんばかりに深呼吸をして遺跡に足を踏み入れたクローヴィス。外から見ればそれはただ闇に飲み込まれただけだった。しかし。


「中は安全だ! 入って問題ない!」


 中から聞こえるクローヴィスの声。その声からはクローヴィスがすぐ目の前に立っていることがうかがわれる。


「ヤッター!」


 飛び跳ねて喜ぶ幼い頃のニンガル。何を喜んでいるのか、そう聞きたいがそれはできない。なぜならニンガルはその理由を誰よりもよく知っているから。


 結局ここまで来てしまった。もちろん途中でこの状況を避けようとした。だがどれも失敗に終わったのだ。


 理由は簡単。この場から遠ざけたい対象が、転移で自由自在に動き回るからだ。自分が転移させても彼女は転移で戻ってくる。まさにいたちごっこ。


 ならば為すことはただ一つ。幼い自分が動く前に自分が動き、彼女から命を奪うという行為をできるだけ遠ざけ、そして依存の対象をクローヴィスではなく自分にする。


 そうすれば、そうすれば自分は今のような板挟みの罪に苛まれることも無くなるはずだ。そんな根拠のない自信を抱いてここまで来てしまったのだ。


 遊園地の入場のようにジャンプして遺跡に入る彼女。中からはすぐさま声がかけられる。


「お姉ちゃん! 早く早くー!」


 ここが運命の分かれ道だ。そう胸に刻み込んで、ニンガルはゆっくりと右足から遺跡に踏み込んだのだった。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 自分たちの周りをくるくると回る火の玉は、周囲の状況を想像以上に明らかにしてくれる。壁面をそのまま削ったかのような像の数々は、どれも同一の存在を象っているようだ。


「変なのー!」


 キョロキョロとその光景を眺めている幼い自分は、これもまた呑気な声を出す。しかしその手には昨日クローヴィスが急遽用意した短剣が二本握られている。このギャップにむしろ自分が表れているように感じる。


 すると、カサカサという音が聴力が強化されたニンガルの耳に入ってくる。そしてその音は幼い自分の耳にも入っているわけで。


 スッと彼女の瞳が小さくなった。


 その姿はまるで全身の神経を研ぎ澄ませた猫のよう。獲物のわずかな動きを察知して確実に仕留める。そんな雰囲気が漂っている。


 だがそれは当然ニンガルにとっては面白くない。幼い頃の自分が猫だとしたら、自分は肉食獣だ。猫には狩りをさせない。


 ニンガルは敵の正体は知っている。すでに戦闘済みなのだから、あの蜘蛛の弱点も知っている。頭部を黒針で一刺しすればあの命は途絶える。


 全身の皮膚を敏感にする。おそらく今敵の攻撃を受ければニンガルの意識は激痛から逃れるために消え去る。実際自分の周りに存在する衣服は皮膚を剥こうとするかのように擦れ、火球は焼け付くように痛い。


 しかしそんな情報の山の中にも、有益な情報が鉱石の如く混じっている。


 一瞬でその位置を記憶、経験から一瞬のちの彼らの座標を予測。そして感覚神経を元に戻し、それらの元へと飛び回る。


 壁に張り付いている個体もあれば、天井からぶら下がっている個体もある。その全てを丁寧に、しかし素早く仕留めていく。蜘蛛はなすすべもなくその多くの瞳の中心を一刺しされその命を散らす。


 吹き出す体液とともにベチャりという汚い音を立てて落下する蜘蛛の山。クローヴィスと幼いニンガルはその一瞬の出来事に呆然とする。


 彼女はその早技に理解が追いつかず、クローヴィスに関しては敵の存在すら気が付いていなかったので、そもそもの状況理解ができていなかった。


「早くいきましょう」


 そんな二人を正面から見据え、ニンガルはそう伝えた。この場で最も戦闘力が高く、そしてクローヴィスよりも優れていることを見せつけるが如く。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 ニンガルは敵が十メートル先に現れるごとにそれらを狩り続けた。頭部の無い人間もどきの群れも、心臓と腹部を貫きその命を容赦なく奪っていった。


 その姿はまさに命を刈り取る嵐。幼いニンガルはもちろん、クローヴィスにもその攻撃を許さない。


「大丈夫かい? そんなに一人で無理する必要はないと思うんだが」


 ニンガルの強迫的とも思える振る舞いは、当然クローヴィスの心配を誘う。自分は十七年前もこうして全力を出した覚えがある。そのときもこうして心配されたが、今回は守るべきものがあるのだ。


「いえ、問題ありません」


 そうして安定と不安定の両翼でもって前進を続けた一行。ウル・ディーメアはすぐそばまでとなった。


「なんか、やな感じ」


 少女は先ほどまでの無邪気さを捨て去り、入口とは比較にならない密度の闇に眉を潜める。


「ああ、そろそろなのだろう」


 同様に先ほどまで以上に緊張感を高めているクローヴィス。彼が落ち着いていないということは、三人の周りを回る火の玉の忙しない動きによって誰の目にも明らかだ。


 それに対してニンガルは冷静沈着。何せ彼女は今までに四回、プレート回収に参加、成功しているのだ。それに加えて今回の敵は自分が初めて戦ったウル・ディーメア。不安要素などどこにあろうか。


 最奥を隠す岩の壁。懐かしい。


 自分の時はこれを破壊すればよいと気がつくのにまあまあ時間を割いてしまった。だがそれはそれ。ニンガルがいる今回は、そのようなタイムロスを心配する必要はない。


「この壁を破壊してください。流石にこれは私には壊せません。クローヴィスさん、よろしくお願いします」


 壁の目の前に着くなりそう言うのだから、事情を知らないクローヴィスからすればそれはあまりにも唐突だ。一瞬固まってしまうがそこはクローヴィス。すぐさま壁から離れて手の平を向ける。


 次の瞬間。クローヴィスの目の前にヒグマ大の火球が出現した。


 それはその場に留まっているかと思えば、音の速さで岩壁にぶつかった。


 爆音と灼熱が洞窟内を支配する。頭をかち割るほどの爆音は、しかしクローヴィスの周囲だけ逆の波に打ち消され、皮膚を溶かし筋肉を焼くほどの灼熱もまた、クローヴィスの周囲だけ打ち消される。


 まさに人間兵器。そんな感想は当然幼い自分も持つわけで、彼女の瞳は純粋な憧憬と尊敬に塗られていた。だが唐突に。


「何故ここへ? あなた方の目的は何でしょう。もしあなた方が我が主のおっしゃる相反の徒ならば私はあなた方を攻撃しなければなりません」


 音と熱が薄まってきたそこには、二度目の対面となるでたらめな魔法使いが立っていた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「あ、あなたはっ!」


 クローヴィスは目の前に立ち塞がる男の顔を見て固まる。


「久方ぶりですね、クローヴィス=タイラーゲート。あなたのお父さんにはお世話になりました」


 二人は顔見知りなのだろうが、その言葉とは裏腹にこの場を流れる空気はピリピリと肌を刺し、気道はねっとりとした何かに塞がれているようだ。


「一応聞いておきましょう。あなたの目的はなんですか?」


「私の目的はこの遺跡の謎を解くこと、それだけだ」


 キッパリと言い切るクローヴィス。そこからは、目の前の男との敵対を覚悟したことが十二分に感じられる。


「ならば、相反の卵ですね」


 ウル・ディーメアはその場で両手を前に突き出した。


 次の瞬間、空間が歪んだ。


 広い部屋のように四角い形をしていたこの空間だったのだが、それは一瞬にして何かの間違いだったかのように書き換えられた。


 床が、天井が、壁が、地獄の針山のように処刑場と化した。秩序なく立ち上がる岩棘の数々。否、それに秩序はあった。


 それはただ、部屋の入り口に立っていた三人を串刺しにしようと伸びた。予定通り異能を駆使して二人を抱えて飛び回るニンガルの動きがあまりにも素早く複雑だから、それは秩序がないように見える。


「ほう……あなたは?」


 データを消去したかのように、一瞬にして部屋は元の形に戻る。いや、もはや何が『元』か分からない。最初はここも、今まで通ってきた洞窟と同じような空間だったのかもしれない。


 そんな中、中心でたたずむウル・ディーメア。ニンガルの記憶の中では彼がウル・ディーメアの中で最も人間らしかった。特に殺人欲があるわけでも道徳に欠けているわけでもない。


 ただプレートを守護する。それだけのために存在していた素直な者だ。


「私は、彼女です」


 唐突に隣に抱えた幼いニンガルの頭を撫でてそう告白するニンガル。何もこの告白に意味があるわけではない。だが、ここでこう言うことで何か自分の中で踏ん切りがつくのではないかと思ったのだ。


「…………疑わしいですが……いや、あなたもあなたなりに考えるところがあるのでしょう。ですが残念ながら私はあなたを排除しなければなりません。悪く思わないでくださいね」


 そういうと、ウル・ディーメアの身体の周りを『空間の歪み』が回転し始めた。それはクローヴィスの魔法に似ていながら、しかしそこから発散される死の匂いは圧倒的だった。




 >

第2章15話プレート 参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ