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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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33.ルーツェの○○・Ⅱ

 



「いやはや迷惑をかけたな、二人とも」


 場所は再び室内。手合わせを終えて厳格な試合終了の儀式を済ませたルーツェとビウールは、剣を収めて泥を払い屋敷に戻ったのだ。


 そしてビウールが妻とルーツェに対して放った言葉がそれである。リサ=ランドールは軍人の妻であるのにも関わらずしおらしい人物だ。肌は雪のようで線の細い体つきは結婚前からビウールに心配されていた。


「い、いえ。上から見ていましたが二人とも魅力的でしたよ……?」


 剣を振るう者としてその言葉はありがたい。ありがたいのだが、ルーツェとビウールは彼女の発言を聞いて眉を潜めた。それではまるで。


「それではまるで彼がルーツェだと初めから気付いていたようではないか?」


「そ、それは気付きますよ。母親ですもの。……って、え、いやその、何故止めなかったのかと聞かれると困りますが、それも親子かなと…………」


 リサは途中から二人の怪訝な表情の理由を察してあわあわし始める。ルーツェは子供の頃は一切感じなかったが、この瞬間父親に対して純粋な嫉妬を抱いた。ビウールも魅力的なのは分かっているが、それにしてもこれは素直に羨ましい。


「ハハハ、もうよい。リサなりに私の顔を立ててくれたのだろう? それに、結果として私たちもルーツェの成長を感じることができたのだから良いではないか」


 ビウールの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろすリサ。しかしここで、二人を一つの大きな疑問が襲わないはずがない。それはずばり、このルーツェが何者なのか。ルーツェはこれを自分の死後の妄想だと考えているが、事実は分からない。


 ただ分かっている事実は、ビウールにもリサにも、まだ顔を合わせていない幼き自分も、明確な意識があるということ。ならば彼らからすれば目の前にいるルーツェは突如現れた未来からの来訪者ということになる。それは変わらない。


「だがそれにしてもだ。君が私たちの息子であるということは、私たち二人の意見の一致で認めよう。しかしそれはあまりにも不可解だ。君は一体なんだ?」


 最も核心的な問い。それでもってこの場の誰も答えを知らず、また知り得ない問い。果たして自分はなんなのか。死後の妄想に入り込んだ魂、あるいはウル・ディーメアによって過去に飛ばされた時空の迷い子か。


「さて、どうなのでしょうね。私にも分かりかねますが……」


 そう答えるほかなかった。この言葉がどれだけルーツェにとって屈辱的であったか。十年ぶりの再会を果たした両親に早速無知の恥を晒すなど、顔から火が出るほどに恥ずかしい。




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 三人はリサの希望で、ショタルーツェと合わせて四人で庭遊びをすることになった。庭遊びといってもどうせ剣技の特訓なのだが。


「ですが私の正体は明かしてよいのですか?」


 リサとビウールに問うルーツェ。それもそうだ。おそらく七、八歳の自分は未来からやってきた自分という存在にはとてつもなく大きな衝撃を受けるだろう。


「よいのではないか? 私の息子は理解力が高い。それに、正体を隠すということは家の中でも仮面を付け続けるということだぞ? それは私たちも寂しい」


 我が子に対する自信と、外向きの時は仮面をつけなければならないという同じ境遇にいる我が子に対する同情を多分に含んだ声音で、ビウールはそう言う。


「ならいいのですが」


 しかしこんなことで迷っていても仕方がない。ランドール家の男ならば、思い切りも必要だ。来た道を戻って階下の子供部屋へと向かう三人。こうして歩くと、すっかり自分の背丈は母親を超え父親と同じ程度になっていることを実感する。


 そうだ、おそらく今の二人はまだルーツェの成長を見守ることができなくなるということを知らない。そう思うと目の周りが熱くなってくる。


「……ルーツェ? どうして仮面を?」


「……いいえ。ただ…………私はお二人に愛され、そして愛しています」


 顔を見合わせる両親。ルーツェも分かっている。いきなりこのようなことを言われるのは困ると。だが、どうしても言いたかったのだ。父親にポンと肩をたたかれ、そしてそれをただ受け入れる。


 なんと甘美な幸福だろうか。血と鉄に生きて錆びた自分を還元してくれる。


 そんなこんなをしていたら、すっかり部屋についてしまった。仮面を取るルーツェ。その顔からは後ろ向きな感情は微塵も感じられなかった。


「ルーツェ、入るぞ」


 ビウールが扉をノックしてそう声をかけると、中からどうぞお父様という返事が返ってきた。その返事は言葉こそ落ち着いた品の良い少年のようだったが、その声音はそうでもなかった。


 久しぶりの父親の休みに、父親から自分の部屋に遊びに来てくれた。そんな子供からすれば底知れないほどの幸福感と高揚感がにじみ出ていた。


 扉を開けた瞬間、ルーツェは懐かしさについ目を閉じた。目を閉じて研ぎ澄まされる嗅覚は、この形容し難い実家の香りというものを存分に感じとる。しかしいつまでもそうしているわけにはいかない。目を開けなければ。


 その直後、ルーツェが目にしたのは自分の顔を凝視して警戒心を露わにする、幼少期の自分だった。




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「未来から来た自分と戦うの⁉︎ ……んですかお父様⁉︎」


 ショタルーツェは庭に出てから事情を説明され、その奇妙さに真剣を振り回す。懐かしい。父親曰く木剣と真剣は重さも作りも違うのだから、練習でも真剣を振れとのことだった。


 当然ルーツェもそれは疑問に思ったのだが、そのあとの父親の言葉がそれを吹き飛ばしてくれた。


『お前の剣は私には届かないし、私はお前を傷つけはしない』


 この言葉がどれだけカッコ良かったか。事故の可能性もあったし、実際何度か自分の未熟さによって怪我をしたこともあった。しかし、その度に母親が魔法で治してくれた。本当に幸せで充実した日々だった。


「その通りだルーツェ。お前は強くなったらしいが、それは努力あってこそだ。今の自分との力の差を知りなさい」


 隣に立つ父親がそう言う。本当に尊敬に値する父親だと、心から思う。だからこそ無粋なことは尋ねない。自分は幼き自分に全力で相手をしなければならない。


「それでは、手順を踏んで始めなさい」


 父親の言葉とともに、二人のルーツェは剣を片手に歩み寄る。今考えると昔の自分はよくもまあ真剣を片手で持てたものだ。自慢になるのだが、自分以外にあの異能を完璧に扱える人間は世界にも少ないと思っている。


 一メートルの距離まで近づき礼、握手。そのまま背を向け一歩二歩三歩。お互いに振り返ってカウント五つ。


 五、なに、八歳の頃の自分など敵ではない。

 四、可愛らしくて笑みが溢れてしまう。仮面を付けていてよかった。

 三、しかしそれにしても当時から構えだけは格好がついていたな。

 二、そろそろか。

 一。静寂が庭を包み込む。

 ゼロ。


 初手はショタルーツェ、ではなくルーツェが打った。十年前の自分に対して一切の容赦なく迫る。全身の筋肉を使った跳躍は二人の距離を半分に縮め、ショタルーツェの顔に恐怖を刻み込む。


 甘い。ルーツェは我ながら幼き自分の甘さにうんざりする。そのような剣は、むしろ振れば振るだけ恥をばら撒くことになる。そんなものここで打ち落とさねば。


 踏み込んで逆袈裟に斬り上げる。当然当たる瞬間に動きを止めるつもりだが、今のルーツェの技量ならば直前まで『普通』の動きが可能だ。


 しかし、そんなルーツェの鋭い斬り上げはすんでのところで防がれた。黒剣と鉄剣は鋭く高鳴り、ショタルーツェは風のように間合いをきった。


 やってしまった。またこの癖だ。すぐ横で見ているはずの父親のことが途端に気になり出した。顔は火を吹きそうなほどに熱くなり、手まで痺れ出した。


「いかんいかん」


 再び己を奮い立たせて、遠間で様子をうかがっているショタルーツェをきりと睨みつける。と、次の瞬間。驚くことが起きた。


 ショタルーツェが突っ込んできたのだ。それも先程ルーツェがやったのと全く同じ逆袈裟で。しかしルーツェの剣技は少年の思い切りなどでは超えられない。


 ルーツェは意趣返しではないが、ショタルーツェと同じようにすんでのところで打ち落として見せた。あとはこのガラ空きの頭に手刀を当てればお終い。なに、助言ならば自分よりも体の大きな相手に逆袈裟は通じないと教えてやれば良い。


 しかし、ルーツェがショタルーツェの頭をパコリと叩くのと同時に甲高い金属音が聞こえた。それはつい先程この庭に鳴り響いたものと全く同じ。つまり、剣と剣がぶつかり合う音。


「やめ、それまで」


 ルーツェは振動を感じた自分の右手を見て驚愕した。彼の右手は無意識に黒剣を地面に突き刺していたのだ。そしてその剣にぶち当たったのは言うまでもなくショタルーツェの剣。


 おそらく次のようなわけだろう。ショタルーツェは逆袈裟が体の大きな相手に対して悪手であるということを知っていた。知っていたからこそ相手を油断させるためにうち放った。


 そして本当の狙いはその次。大きな相手からすれば、小柄な相手からの逆袈裟は打ち落とす他に防ぎようがない。となればショタルーツェは打ち落とされることだけを心配すれば良い。


 そして打ち落とされたあとのシナリオだけ書けばよい。それは背が低いが故に、手が地面に近いが故に為せる技。


 そのまま横に薙ぎ払い足首を断つ。異能がなければ、ルーツェの敗北だった。それほどの鋭さを持っていたその技は、まさに必殺。


「やめだぞ大きい方」


 父親のその声で我に帰るルーツェ。前ではショタルーツェがいたずらっぽく笑っている。そのまま時間を丁寧にかけて終わらせて、父親のお言葉を受ける。


「まず小さい方。最後の剣はなかなかに驚かされた。鋭く力強く、かつ冴えもあった。しかしなルーツェ、振る剣はどれをとっても必殺のものでなければならない。あのように捨ての剣を生み出すのは剣士として恥だぞ、分かったな?」


 ハイと力強く返事をするショタルーツェ。懐かしい言葉だ。自分も何度か言われたことがある。


「次に大きい方。お前は話にならん。どれだけの時間気を緩めていた? 見るに耐えない、恥の具現のような剣だった」


「……申し訳ありません」


 ルーツェの仮面によってこもった声が、いつもにましてこもって聞こえる。


「そこでだ、特に急ぎでないのなら一週間私の特訓を受けなさい。錆びた剣を叩き直してやろう」


 これに対してルーツェが感謝の言葉を述べ、ルーツェの突発的な特訓が始まった。




 >

恥の意識は西洋的というよりむしろ日本的(西洋はキリスト教的罪の意識が大きな影響力を持っていた)なのですがまあそこはお気になさらず。

気になった方は作者は知った上での設定ってことなのでご愛嬌。


それはそれとしてここ最近の更新ペースは早めでしたがまた元に戻ってしまいます。このタイミングでクソ野郎って感じですが本当に申し訳ないです。恥の具現です。

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