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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
88/93

32.ルーツェの○○

 



「なッ! ここはッ!」


 ルーツェ=ランドールは目を覚まし、自分が今いる場所を察して身を固くする。ルーツェの記憶では、先ほどまでジアの洞穴の中を無限に落ちていたはずだった。しかし今は見覚えのあるこの場所に立っている。


「死んだ……のか?」


 キョロキョロと辺りを見回す。そこは忘れもしない、ルーツェが子供時代を過ごした実家だった。木の温もりを感じられるような家庭的な家。


 それでいてそれはシン都の郊外の土地を存分に使った豪邸だった。軍人だった父親の数少ない休みの日はよくかくれんぼをして遊んだものだった。なぜそのような場所に、と考えたのだが実際自分が死んだのならこの場所に来るのは納得だった。なぜならば、この場所は自分のすべての行動原理を生み出した場所だからだ。


 まず最初に両親に対する挨拶が必要だろう。無断の客人など、父親が斬り殺しかねない。などと一人で考えて笑いつつ仮面を取る。あの二人に対しては仮面など不要だ。


「さて、行くか」


 ルーツェは懐かしい実家をゆったりと歩いて両親の部屋へと向かう。壁にかけられた絵画も廊下に添えられた花々も記憶にある通りだ。自分が傷つけてしまい恐る恐る父親に謝ったドアもそのままだ。


 途中で自分が昔使っていた部屋の前を通った。ドアノブに手をかけて中の様子を確認しようとしたが、中から聞こえてくる小さな子どもの下手な鼻歌を認識するとその手を下ろした。


『変なお兄さんがいるー!』などと叫ばれては困る。この顔を見せればなんとかなるような気もしないでも無いが、変装を疑われれば反論など不可能だ。


 気持ちがいい。春の陽気の中、小鳥たちの歌を聴きながら歩く懐かしい屋敷が感慨深く無いはずがない。そういえばこの屋敷は季節感を重視していた。春は花と小鳥を、夏はどこまでも蒼く広がる青空を、秋は紅く染まる木々を、冬は降り積もる雪を存分に楽しめた。


 子供時代のああいった経験は今でも自分の中で何か大きな役割を果たしているように思われる。と、そうこうしていたら両親の部屋の前にやってきた。


 他の部屋とは違いが分からないような扉だが、それでも少しだけ意匠が違かったのを覚えている。彫り物が少しだけ違ったり、蝶番が少しだけ違ったり。ほんのわずかな差異だが、それを見つけるのが子どもの頃の自分の遊びの一つだった。


 ノブを回して一息に開く。


 そこには、珍しく休日のようだった父親と母親が、二人揃って何かしらの資料に目を通していたところだった。




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「何者だァッ!」


 笑顔で部屋に入って敵意がないことは示したはずだったのだが、やはりあの父親だ。どこからか懐かしい長剣を取り出して構えられる。肌がジリジリと焼けつくような膨大な殺気を当てられ、ルーツェは腰にさした黒剣の柄尻を指で撫でかけるがなんとか我慢する。


「剣を収めてくださいお父様。信じがたいとは思いますが私、貴方の唯一の子ルーツェ=ランドールでございます。この顔を見ればお分かりでしょう?」


 父親はルーツェの顔を見てほんのわずかに殺気を緩める。そこにいるルーツェの顔は、下の階で一人遊んでいるルーツェと自分の中間のような顔つきだ。


「我が一族が全ての代で同じ顔であるのはそう知られていない話ではない。貴様が変装だと疑わぬとでも思ったか戯け!」


 ランドール家はどの代をとっても同じ顔。やはりそうであったか。この話、実はルーツェは直接に聞いたことはなかった。しかし祖父も父も自分も、年の違いこそあるものの同じ顔だというのは子どもの自分も子どもなりに察していた。


『我々ランドールの男はな、外界と関わる際必ず仮面をつけることになっているのだ。お前も私の息子なら、決して忘れぬように』


 こんな父親の言葉も懐かしい。ルーツェはこの言葉通りあの日から仮面を毎日付けている。今でこそ付けていないが、常には三百六十五日言いつけを守っている。


「でしたら、庭に出て剣を交えましょう。さすれば納得していただけるかも知れません」


 そう提案するルーツェに、父親は再び殺気を盛り返す。


「それは、自分を殺してくれということか?」


「まさか」


 ルーツェは父親がよそ者に対してはこうも刺々しいとは知らなかったので、ここまで言われると笑いそうになってしまう。しかし自分は侵入者。父親がいつ隙をついて切り掛かってくるか分からない。


 戦闘ならば本気で受け応える。その意思を示すために右手に持っていた仮面をかぶる。頭から爪先まで漆黒に染まった騎士と、それに対峙する休日の父親。


 父親は鬼をも斬り伏せそうな表情でルーツェを睨み続ける。が、唐突に。


「フッ、ならば成長を見てやろう。ルーツェ」


 そう、聞き心地の良い声で言った。




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 父親が何を思ったのか、ルーツェにはまだ分からない。だがその殺気が薄れ、聞く耳を持ってくれたことだけは理解することができた。ならばあとは剣で語るだけ。父親ほどの技量があれば自分が息子だと分かるはずだ。


 母親は置いていき、父子の男二人で庭へと向かう。ルーツェはこの状況に胸を弾ませていた。それもそうだ。十八の彼はちょうど両親を亡くしてから十年といったところだ。


 十年ぶりの再会、そういえばここは死者の国なのだろうか、まあそれは置いておいて、その再会はやはり胸にくるものがある。あの日から二人は変わっていなかった。自分も小さいままだった。うん、となるとここは死者の国ではなく自分の妄想か。


 思考が大きく逸れたが、自分の幼い日々しか見せることのできなかった両親に成長した自分の姿を見せ、父親とは剣を交えることまでできる。これに喜びを感じずにいられようか。


 庭に出ると、二人は距離をとった。その距離は大抵父親の目測によって決まっていた。だが今ならルーツェもそれができる。自分からあの懐かしい日々の記憶の中にある距離をとる。


「お前がルーツェであろうがそうでなかろうが、力が及ばなければ私が斬り伏せてやろう」


 再びあの殺気を取り戻す父親。その瞬間ルーツェは風が吹いたように錯覚した。否、これは錯覚ではない。ルーツェ=ランドールの父親であるビウール=ランドールの剣は風を纏う。


 子どもの頃はあの風のせいで近づくことさえ許されなかった。そうして足を踏ん張っていると、父親はいつの間にか目の前に剣を突きつけて立っていた。だが今は違う。


 黒剣を鞘から抜き放ち、脱力して立つ。それだけであの風を凌ぐのは容易い。しかしそこにビウールが突進してくる。ルーツェはこれに対応しようとするが、ここで異能の異変を感じた。常よりも初動が早いのだ。これでは上手く捌けず脳天を叩き割られる。


 そう思っていたが、それは誤りだった。つまり、ルーツェは異能に命を救われた。いや、もはや無い命ではあるのだが。その原因はずばり風圧だった。腕を一度動かしてしまえば問題ないのだが、初動に対する抵抗が強い。


「ほう、防いだか。なかなか剣の扱いに長けてーーいや、経験が多いか?」


 ルーツェはこの状況を経験したことはない。しかしつまり、彼の発言はこういうことだ。『ビウール=ランドールの剣は初見殺し』。一度経験してしまえば大したことはない。ただの面倒な剣。膨大な経験を異能によってインプットしたような存在であるルーツェにそれは全くと言っていいほど効かない。


「お父様、この戦いは私の勝ちです」


 そう言い切るルーツェ。ルーツェ自身の経験と異能によるアシストがあれば、ビウールの剣など避けるに容易い。風による風圧を抑えるために姿勢を低くして、ルーツェは走り始めた。


 正面に中段で佇むビウールはこれを睨み付ける。諦めたのだろうか、特に動かないビウールに速度を上げて接近するルーツェ。


 風力を計算して、最大限の遠間から黒剣を横に薙ぎながら飛び込む。初撃は防がれるだろうが、そのまま返す刀ならぬ返す剣で隙を縫えば勝ちだ。剣士の戦いはその隙を探す戦いだ。その隙を異能によって瞬時に認識できるのだからルーツェは最強だ。


 横薙ぎの剣をビウールが弾く。ルーツェの身体はすでに次の動きに向けて動いている。それは右袈裟か。これだと殺しかねないが、戦闘中のルーツェはそのようなことに思考は回らない。


 が、ルーツェの動きがほんの一瞬だけ遅れた。その隙をついて腹に蹴りを入れるビウール。


「カハァッ…………!! な、何だッ!」


 ルーツェは今起きたことが理解できない。確実に勝利を掴んだはずだった。しかしこの感覚すら懐かしい。勝利を確信した直後に立場が逆転するこれ。


 目を細めてルーツェを見つめるビウール。


「私の息子ならば、おそらく次は今のようにはならないだろうな」


 プレッシャーをかけてくるビウール。しかしこれに関しては自覚もある。子どもの頃から自分は経験を実戦に活かす能力に長けていた。一度今のような逆転が起きると、その原因を戦いの最中に発見して次回それを防ぐ。だがこれはレベルが高すぎる。


 しかしもたもたしていられない。ルーツェはこの戦いに喜びを見出していた。異能を剣技強化に全振りする。あとは直感で動けばいい。


 再び吹き荒れる風に向かって疾走するルーツェ。先ほどの攻撃で横薙ぎは正しい選択だったはずだ。再び遠間から飛び込んで薙ぎ払う。


 と、ルーツェは正解を見出した。


 ビウールは剣を受ける瞬間にほんの一瞬だけ風圧を強めたのだ。その影響で黒剣が受ける反動が強まり次の攻撃が遅れる。ならば次の手は押し切りだ。


 剣を交差で留めれば風圧は等しく二人にかかる。そうして近間で睨み合う両者。どちらも風圧を受けるのならば、今度こそルーツェの勝利だ。フッと体を沈めてビウールの懐に入り込むルーツェ。


 そのままかち上げて吹っ飛ぶビウールに追撃を見舞う。それもビウールの神業によって進路を変えられ当てることが叶わないが、着地の瞬間こそ無防備のはず。


 空中で回転して態勢を立て直したビウールが着地した瞬間。




 両者の剣はお互いの肩に乗った状態で静止していた。


「……成長したな。が、最後の最後に油断する癖は治っていないなルーツェ。あれほど注意しろと言ったのに」


 そこには息子の成長を喜び笑顔を見せるビウール=ランドールがいた。




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そういえばタイトルのDNA要素はまだあまり出てきていませんがちゃんと出てきますのでご安心を。

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