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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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30.四日間

 



 次の日、快は不快な暑さに目を覚ました。額にべったりとした汗で張り付いた髪がかきあげられる。快は悪態をつきながら窓に向かい、全開する。


 原因は明らかだ。締め切った部屋で鍋を熱し続けたことが間違いだった。昨晩もこうなるだろうとは薄々勘付いていたが、それよりも自分の部屋から出たくないという気持ちが勝ってしまったのだ。


 その結果がこれ。あまりにも惨めだ。しかし、コラムには鍋は十日間沸騰させ続けなければならないと記述されていた。となると、今になってあれを移動させることは不可能。あと九日と半日の間、あれは快の部屋に居座り続ける。


 責任を持って自分の部屋で管理するしかない。一晩で減った分の熱湯を注ぎ、快はプリセッターで普段着に着替える。


 と、ここで快は一つ疑問に思った。四次元チューブとプリセッターには四次元の概念が明らかに存在しているのに、人々はそれには触れずこの世界は三次元までだと言う。魔法陣の本にも魔法は三次元までしか展開しないかのように記述されている。


 全く訳がわからない。この世界の住人は脳が少ないのだろうか。快としてはこの事実によって四次元魔法の実現は決定したようなものなのだが、それでも疑問が生まれてしまった。確認するしかない。


 先ほど抜け出したばかりのベッドに再び入り込み、目を瞑る。すぐさま空気が変わるのを感じ目を開く。目の前にはいつものようにエンリルが立っている。口を開こうとする快を手で制して、エンリルが話を始める。


「貴様らの二代前の神子にも、貴様のように魔法陣に力を求めた者がいた。あの代は結局三枚のプレートしか回収しなかったが、あの小僧は優秀だった。貴様と同じようにリベロー草の存在を知り、当時最新の研究だった各DNAらせん構造に対するリベロー草エキスの反応と魔法陣の関係性に関する論文をどこからか手に入れてきた」


 いきなりなんだと思ったら本題だったので、快は高校の面白い授業を聞くときのように前のめりになって話を聞く。


「それを用いて、あれは四次元を扱う魔法を開発したのだ。その結果が四次元チューブとプリセッターだ。あれは聖光騎士団への対抗策として正規軍に入ったのだがな、彼の発明品の謎は軍の開発部の注目を浴びた。結局軍の連中はあれの発明品の構造が解明できなかったが、複製は魔法で可能だった。それが、ウル神国の貴族にしか持つことが許されていない二つの代物だ」


 四次元チューブとプリセッターが貴族しか持つことができないとは初耳だったのだが、しかしそれにしてもそういうことか。四次元の魔法を可能にするには四重らせんのDNAが必要だ。


 したがって先人である神子の四次元チューブ開発者はその製造過程を秘匿した。製品自体は複製可能だが、別の新しい四次元魔法は発明されない。したがって貴族しか持ち得ぬそれらの秘密に踏み込むことは貴族たちの暗黙の了解と化し、魔法は三次元までしか展開されないことになっている。


「どうもでした」


「ああ、貴様にも期待しているぞ」


 最後、父親のように快の瞳を見据えるエンリル。なぜだろう、彼にこう期待されると胸が高鳴る。いずれにせよ、四次元魔法に関しては四日後に控えたプレート回収の後になるが。




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 次の日、快はイアンナとニンガルとともにエレシュとクローヴィスのお見舞いに向かった。イアンナの学校が休みということだったので、三人で昼食をとったあとにケースリットを出た。出たといっても出た直後には着いているのだが。


 いつものように地下牢に入っている。慣れた手つきで看守を呼ぶニンガル。地上階までお供をしてもらい、そのあとは三人で第一医務室へと向かう。


 今日はやけに本部内を歩いている軍人が多い。正規軍の人々の服装は割と近代的だ。聖光騎士団は全員が鎧を常に装備しているのに対して、正規軍で鎧をつけているのは看守のみだ。その他はいわゆる軍服に身を包んでいる。


「ーー神獣討伐隊だと? そんなおっかない部隊が新たに編成されるとは、元帥も大きく出たものだな」


「いや、何でもあの貴族からの指示らしい。元帥も貴族の言いなりだなんて、失望したよ」


 そんな中、中年の男二人組の会話が耳に入ってきた。快は正式に貴族の仲間入りを果たしているわけではないのだが、その貴族に対する若干の敵愾心的なものを感じて居心地が悪くなる。


 後ろを歩いているらしいその二人の声はなかなか離れず、意識の外に追い出そうとしても音だけは耳に入ってきてしまう。そんな状況が改善されたのは医務室に入ってからだった。


 中ではこの前同様、オーリ軍医が目を開けているエレシュとクローヴィスの様子を見ている。しかし、変わっていることがある。それは二人の上半身が斜めになっているということだ。おそらくベッドの機能だろう。上体が起きているだけでこうも印象が変わるのか。それから。


「やあ三人とも。ご苦労だね」


「エレシュ!」


 エレシュが会話できるようになっている。快たち三人もきちんと認識しているあたり、記憶に障害が残っている様子もない。となるとクローヴィスも回復したということになるが、なぜに口を開かないのだろうか。


「……娘もニンガルもやらんぞ」


「へ?」


「長田快。私が眠っている間に何があったのかは知らんが、イアンナもニンガルも、そしてエレシュもやらん!」


 やけに大きな声で快に厳しい声をかけるクローヴィス。これは何かしらの記憶障害が残っているのかもしれない。


「オーリ先生、クローヴィスさんの記憶はどうなっているんです?」


 本気の心配をしてオーリ軍医の方に振り返る快。


「えぇ、彼の脳の修復は完全に済んだはずだけどねぇ」


 眉を潜めて思案に入る快。何かあるだろうか。あのセリフは大抵彼氏紹介という、快は一度も経験したことのない場で彼女の父親が男に向けて放つ言葉だと認識していたが。


 イアンナとエレシュは二人で会話に没頭し、オーリ軍医はぼーっとどこかを見つめている。クローヴィスは悩む快を観察することに飽き始め、ニンガルを呼びつける。


 彼女の表情は、耳元で囁かれる言葉に一切反応せず、全く何も変化しなかった。




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 ジア出発二日前。この日は快が生贄を誘拐する日だ。快は自身の中にある、この『誘拐』という行為自体を罪と感じる部分と、それを通じて得られるであろう悦楽に期待する部分のジレンマに襲われていた。


 思うに、これは自慰行為となんら違いはない。


 そんな半ば悟りのような考えすら芽生え始める。もはやこの己の乖離には耐えられない。ならばあの日エンリルに誓ったのと同じように目の前の敵だけを確実に葬り去る、そんな選択ならば許されよう。


 では敵とは何か。今明らかに快にとって敵である存在。それは聖光騎士団とウル・ディーメアだ。その二つから生贄にすることができるのは聖光騎士団のみ。


 ならば簡単。今後は彼らを生贄にしよう。いつかの復讐劇のように、肘と膝の先を異能で吹き飛ばしてしまえば誘拐など容易い。


 快は戦闘服にローブを羽織ってシン都へと降りて行った。


 聖光騎士団は、普段警察的な役割を果たしている。その民に寄り添うというのが彼らの存在意義だ。となれば人の多いところに向かえば遭遇できるはずだ。そのあとはなんとでもできる。ここでもう一箇所思い浮かんだところがあったのだが、直感的にそこは危険に思えたのでわすれた。


 と、懐かしいあの下層の広場にやってきた快は早速単独行動している騎士団員を見つけた。黒髪を隠していたフードをさらに深く被り、焦った風で彼に駆け寄る。


「す、すみません! ついてきてください!」


 実際に緊急事態の人間は詳しい状況説明などしない。快はそれに倣って、声をかけてすぐにその手をつかんで引っ張る。背後で騎士団員がおお、だかああ、だか言っているが、どうやらきちんとついてきているようだ。


 そのまま事前に調べてあった人気のない路地へと騎士を連れ込む。走り続けて中心部からはかなり離れた。と同時にスラムに近づいた。この辺りでいいだろう。


「どうしたんだい? 何か焦っているようだったけど、問題が発生したのかい?」


 立ち止まった快から離れて辺りを見回しながら、どのような異常が発生したのか探す騎士。その姿はあまりにも美しく、そして滑稽だった。


「クッフフッハッハッハッ! 駄目だ。面白すぎるッ!」


 ああ、なんて彼は善人なのだろうか。俺にはできない。目の前にいるのは敵なんだ。せめて今ぐらい出来損ないの善人の仮面を取ってもいいだろう? 欲求ってものは抑圧してばかりじゃいけないよ。


 それが殺人欲求だとしても。


「……ねぇ、君たちの組織のシン都支部は確実に潰したからさ、シン都に残ってるのは一人だけのはずだったんだけど。まあ流石に数日経ってるから他から寄越されたとは思うんだけどね。つまり何が言いたいかっていうと、噂に聞いてたはずの騎士団潰しは俺がやったんだ、褒めてよ」


 快は目の前の騎士団員の顔が怒りに歪む様を見て嗤う。男は歯が砕けるほどに歯軋りをして剣を抜く。


「貴様が我が同胞たちをォ! 聖光騎士団シン都支部成員、ワッケー=アァァーーーーーーッ!!」


 騎士の名乗りは途中で絶叫に変わった。剣を持つ右腕の肘から先が快の異能の餌食になったからだ。剣を落としそうになるのを咄嗟に掴んだ左手で防いだあたりさすが騎士というところだろう。


 しかしその右手は明らかに再起不能だった。鎧の隙間から滴る血液とはみ出た筋肉の残骸。騎士は顔を歪めて息を荒げている。


「はぁ……はぁ……き、さま! 騎士の名乗りを、なんだと思っている!」


「え? 知らないよ、趣味?」


 快の言葉を聞いてさらなる怒りに顔を歪める騎士。もはや最初の温和な顔はかけらも残っていなかった。それも当然だ。騎士にとって、名乗りとは最低限の礼儀。剣を交え命を奪い合う、そんな暴力に誇りと名誉の意義を付加する。


 そんな、どこかで聞いたことのあるようなものを踏みにじった長田快を、騎士の一端が許せるはずがない。


 己を奮い立たせるために咆哮する騎士。そんな決死の表情すら嘲笑う快。この殺し合いにおいて騎士に勝ち目などなかった。


「フン、殺しに礼儀などあるものか」


 拠点の地下で塵となっていく騎士を見て、快はそう呟いた。




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 プレート回収前日、といってもそれは暦の上の話で、日付の変わるタイミングで出発するので実際的には今日の夜に出発だ。


 この日は装備の確認をして睡眠を取るつもりだ。快は背後で鍋がぐつぐつ言っているのを聞きながらベッドに四次元チューブの中身を広げている。


 まず必要な服。クローヴィスに支給された黒い戦闘服。穴が開いていないか確認するが、どこにも見当たらなかった。そういえば初めてのウル・ディーメア戦の時にひたすら胸を刺された気がするが、その穴すら残っていない。と、思い出しただけで吐き気を催してきたので頭を振って思考をリセットする。


 そしてローブ。相変わらず美しい色、もとい罪深い色に染まっている。次に装備の確認だ。魔法陣は陽魔法、火魔法、水魔法、土魔法そして風魔法だ。これは戦闘服を着てから装備しておく。その理由は後ほどだ。


 それから鎖分銅と短刀を装備する。鎖分銅は機動力を大幅に向上させるので装備しない手はない。そして短刀、しかも安物のその場しのぎの物は、ずばり快自身の身体を傷つけるためにある。


 というのは、快は異能の使いすぎでバテたとき応急処置的に自分の血液を舐めればいいからだ。さらにそれは自らの異能強化にもつながり、さらには仲間の回復にも役立てられる。


 最後に、この状態を再度プリセッターに登録する。これで準備は完了だ。プリセッターで普段着に着替え、そしてパジャマに着替える。睡眠は戦いにおいて重要。快は目を閉じた。




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