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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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28.うっかり坊主

 



 快が洞穴を見つけることができなかった理由。それは、一昔前にジアの男たちがその入り口を塞いだからだった。男たちがそうした理由は至って単純。


 その穴に入り込んだ人たちはみな、気をおかしくして出てきたのだ。その被害者は採掘のために潜った屈強な男から始まり、肝試し的な目的で潜った子供たちにまで及ぶ。


 洞穴に入ったが最後、彼らは口端に泡を溜めてふらふらと彷徨い歩くことしかできなくなる。当然これにジアの人々は危機感を抱き、一年に一度の祭り、つまりこの奇怪な穴に宿る魂を鎮めるためのもの、の時以外は中に入ることができないようにしたらしい。


 幸い老人には、快にその場所を教えることの問題性をきちんと理解するほどの判断力は残っておらず、自然に聞き出した快を満足させることとなってしまった。


 快は目印となる二つの大岩を目指してずんずんと進む。途中に足場の不安定な箇所があったが、難なくクリアする。そうして二、三十分をかけて到着した目的地。


 そこは、なんと言えばいいのだろう。快が一度行ったことのある、防空壕群が少しだけ手を加えられて保存されているパーク、それは規模と施設的に公園というよりもパークというのがニュアンス的に伝わりやすかろう、で見たもののようだった。


 つまり、防空壕の跡のようだった。


 入り口を閉じているものは鉄製の扉ではなく魔法陣が描かれた岩の扉であるが、それでも『実際に害されるわけではないが何かを感じる』というその点と、岩壁にその扉がくっついているように見える点で酷似していた。もっとも、この洞穴は中に入れば害されるのだが。


「よし、じゃあ次はリベロー草を探しましょうか!」


 今回のジアでのメインターゲットは当然この洞穴の場所を見つけて、ニンガルの転移先の選択肢に加えるということだが、そのサブターゲットはリベロー草を手に入れることだ。


 ここ最近は魔法陣に割く時間が取れなかったので、満足のいく魔法陣を製作できているのは火と水だけだ。しかし実戦のことを考えてみるとその他の魔法陣はクローヴィスにもらったあれで十分に思える。


 したがって、リベロー草をどのように活用するかは実験的ではある。しかし快の仮説が正しければ、おそらく快の火球の魔法陣はクローヴィスの魔法と同等かそれ以上の破壊力を持つはずだ。


 この探究心はそう抑えられるものではない。快は洞穴の場所を周りの風景を覚えて記憶し、あの老人の情報で当たりをつけた絶壁のうち、一つへと向かった。




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 村であの老人にリベロー草のイラストを見せて帰ってきた答えは、『ああ、りー、りー……りーなんとか草じゃろう? それなら……あの辺りだとかあの辺りだとかの崖に生えておった……ような……』だった。完全に信用できるとは快も考えていない。


 しかし参考にはなるはずだ。本当に知らなければあのイラストを見てそれが『リ』から始まる名前の植物とは分からないはずだからだ。


 快はそんな希望的考察を胸に洞穴の下に向かい、そしてこうして弾むように歩いているのだが、この感覚は久しぶりだ。特にここ数日は頭を悩ますことがあったので、この没頭感は今の快にとって何よりも優しい。


 ということで一つ目の崖についた。


 それはまさに自然が作り上げた城壁のようにすら思われる。ほぼ直角の絶壁には、ところどころに暴力的な岩棘が突き出ている。しかしその他の岩壁の大部分は人の手が加わっているのではないかと思うほどの光沢を帯びている。


 これが自然だなんて嘘だと思いたい。のだが、その岩肌がひと目見てガラス質だと分かるので納得せざるを得ない。元の世界であれば真っ先に世界遺産に登録されているだろう、なんてことを考えて、快は水と土の魔法陣を取り出した。


 程よい配分で混ぜれば足場ができる、予定だった。


 しかしそう上手くはいかなかった。最初はうまくいかないものだが、そのあともうまくいく気配が全くしない。ゆるい泥ができてそのまま斜面を流れ落ちていくか、水分が足りなくて足を乗せると崩れてしまう。


 それならと思い、あえて水を多めにしてから火球でその水を飛ばす作戦に出たが、今度は火球の勢いが強すぎて割れてしまった。


「ていうか、この上にあんのか?」


 快は自分の足元にばかり注意していたのだが、ふとそんなことを考える。先ほど岩壁の様子を確認してみたときに緑の要素を見たような気がしないのだ。


「…………」


 快は場所を変えた。




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 山の岩壁巡りを始めてからすでに一時間弱。三つ目に訪れた岩壁を見上げて、快はようやく顔を綻ばせる。頭上十メートルほどの岩棘の根本に、風になびく鮮やかな青緑が煌めいている。


 ようやくリベロー草を見つけたわけだが、当然快は歩き回っている間にボーっとしていたわけではない。どうすればリベロー草を回収できるか考えていた。


 その結論が、二本のナイフを岩壁に刺してそれを足場にするという作戦だ。今考えてみればこちらの方が一般的なように思われるが、その点には目を瞑ろう。


 プリセッターでクローヴィスに支給された戦闘服に着替え、ローブは動きの邪魔になりかねないので脱いで地面に畳んで置く。


 岩壁を視界に収められる辺りまで下がり、全力でナイフを投擲する。一本目には短い方を使うことにした。およそ地上三メートルの位置を狙ったそれは全く狙い通りのところに当たった。


 周囲に頭を割るほどの高音が響き渡り、ナイフは無事刺さった。快はナイフが折れてしまうのではないかと心配だったが杞憂に終わったので、そのままの流れで二本目も投げる。


 再び高音が空間を支配する。


 快は二本とも岩壁に突き刺さったことを確認して、再びその聳え立つ壁へと歩み寄った。この格好ならば三メートルほどジャンプすることなど容易い。ナイフを足場に三歩で岩棘に届くだろう。


 軽く準備運動してから跳ねる。


 陽魔法の効果によって得た人間離れした動きで、軽々と岩棘の郡に到達した。


「おおっ! これは凄いな!」


 そこには想像していた五倍以上のリベロー草が生えていた。岩棘の根本にある岩壁との隙間から生えているそれは、力強い根でガラス質の絶壁を砕き、さらにその溝に新たなリベロー草が生えている。


 快はリベロー草を根本から引きちぎって十メートル下の地面にぽいぽいと投げ捨てる。魔法陣の本の別のコラムコーナーにあったリベロー草のエキスの抽出についての説明には、根の部分は不要だと記述されていたのでここで根を掘り出す必要はない。


 そんなこんなですっかりハゲた岩棘から目を離し、下に二本あるナイフへと目を向ける。あそこに着地して岩から引き抜き、再び着地して引き抜く。


「……できるのか?」


 快は不安になるがやらなければならない。思い切り、しかし軽やかに飛び降りてナイフへと着地ーーーー




 鈍い金属が折れる音と男の叫び声、そしてどさりという音が連続で聞こえた。




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 足首を折ったかもしれない。快は本気でそう思った。クローヴィスの説明ではこのナイフは壊れないはずだったのだが、今実際それは折れている。柄の部分だけが身体の下のどこかにあるはずだ。


 あのまま快は無様に落下して、右足首で着地。六メートル地点でほんのわずかだけ勢いを殺したが、それでも着地時の衝撃はあまりにも大きかった。


 快は足首に揺れが伝わらないように細心の注意を払いながら体勢を直す。その間にもズキズキとした痛みが足首を襲う。熱せられた芯が足首を貫通したような痛み。


「俺には異能があるから大丈夫」


 じんわりと熱くなる目元を押さえて、快はその場で動きを止める。そして自分の身体の中を流れる『何か』に意識を集中させる。それを足首へと集めて、ジリジリと骨がくっついていくのを想像する。


「クッ…………」


 安静にすること三十秒。骨折が治ることを期待するにはあまりにも短すぎる時間だが、それは快にとってはあまりにも長い時間だった。


 なぜなら、常ならばすでにこの痛みは異能によって強制的に取り払われ、その原因となる怪我も完治するはずだからだ。しかし今はその例外となっている。


 あのような甘い宣言をしたからバチが当たったのだろうか。そう思わざるを得ない。


 いやあるいは。


「ニンガルさん、来てください」


「はい。……うん? 洞穴はどちらに?」


 彼女のこの現れ方にはいつまで経っても慣れない。本当に先ほどまでそこにいたかのように現れる。と、それはさておき。快はあの異能に関して立てた仮説を実験しなければならない。何にせよ実験は大切だ。


「いや、ちょっと怪我をしてしまって。右足首を握ってもらえませんか?」


 そう頼む快。しかし当然ニンガルはその右足首が赤く腫れているのをみて戸惑う。彼女に味方を痛めつける趣味などない。しかし、快の無言の圧力にとうとう負けて、手を足首へと添える。


「行きますよ」


 律儀に声をかけてから徐々に力を加えるニンガル。それに対して快の感じる痛みは初めから上限値だ。唇を噛みしめる快。ニンガルは途中で力を弱めてしまわないように自分の手だけを見つめている。



 憎い。彼女が憎い。そんな自分勝手な感情を快は抱く。自分はこの状態を持続しろなど一言も命じていない。にも関わらずこの俺をこうも痛めつけ続けるなど、許されない。


 快は自分の身体の中を今度こそ力強い何かが駆け巡るのを感じる。そのまま目の前に正座する女の水月に意識を向け、そこからーーーー


「もういい」


 快は足首からの痛みが引くとそう言葉をかけた。自分の仮説は正しかった。それはつまり、自分の異能は自分の攻撃意識に応じて発動するというものだ。あんな誓いを立てたのに、なんとも扱いづらい異能だ。


 一人で納得した様子の快をみて、ニンガルは何となくなぜ自分が呼ばれたのかを察する。先ほどヒリヒリと感じた腹部を無意識にさすって、立ち上がる。快に手を差し伸べて立たせると、その下に潰されていた金属片を見て驚く。


「快君、それは?」


「ちょっとね、やらかしちまった」


 快は岩壁を指差す。その先にあるのは一本のナイフと、一つのナイフの刃。その二本を結んだ直線の先にあるのは、自然の暴力のような岩棘。そしてその真下には大量の草。


「なぜ鎖分銅を使わなかったのですか?」


 ニンガルの純粋な疑問がぶつけられる。ニンガルは状況を判断したり察したりする能力には優れているのに、たまにこういったストレートすぎるものの言い方をする。選択を間違えたのは快ではあるのだが。


 快は自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。暑い。暑すぎる。涙まで出てきた。




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ポルカミゼーリア

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