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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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25.神子は最強なり

 



 次の日、快とニンガルは再びルーツェのいる神子の拠点へと向かった。その目的は二つ。一つ目は本来の神子らしく神、ここではエンリル、の言葉を聞き、それを今後の活動の指針とするため。


 そしてもう一つは、新たなプレートの回収に関する話し合いだ。


 そもそもプレート回収は神獣云々のことを考慮して早急に回収するということになっていた。そこにクローヴィスとエレシュの退院も近いとなると、快とニンガルが神子としての活動に自由に時間を割くということが難しくなってくる可能性が大きくなる。 


 つまり、今がチャンスなのだ。


 扉をノックして中の様子を窺うと、果たしてルーツェが振り返ってこちらを見ていた。その表情は仮面に隠されているにもかかわらず、彼が不満そうな表情をしているということが容易に想像できた。


 なので快はそれを一瞬で吹き飛ばす、ルーツェ専用の魔法の言葉をかける。


「そんな顔するな! 神子三人でプレートを回収しようぜって話をしに来たんだ!」


 プレート回収。エンリルを心の底から敬うルーツェにとって、エンリルのために行動することは自身の信条を曲げることすらたやすくするほどの意味を持つ。


「……無茶はするなよ?」


 しかし、快はてっきりルーツェは『なるほど、ならば早く入れ』くらいの無愛想な返事が返ってくるものだと思っていた。しかし蓋を開けてみたらどうだろう。自分とニンガルを気遣う言葉が彼の口から出てくるなど!


「なんだなんだぁ? ルーツェにも可愛いところあんじゃん!」


 だるがらみを始める快。こうまで常と違うと、ルーツェは本気で心配し始める。実際快は『長田快としての本音』と『人間という種の生物としての本音』の相違に挟まれて大変なことになっているのだが、それはなんだかんだ言って人間誰しも持っているものだ。


「身体は大丈夫でも精神的な疲労が溜まっていればそれは命取りになりうるぞ」


 ルーツェの声が若干厳しいものとなる。それはあの日のことを言っているのだろう。


「まあ分かった分かった。とりあえずは話をしよう、とそのまえに三人でエンリルのもとへ参上しようじゃないか。近況報告云々も含めて」


 その言葉を聞いてようやくルーツェの感情が変化する。


「おお! そうだな! あの方に会うのはなんだかんだで久しぶりだからな!」


 ルーツェはそういうと高速で準備を始める。準備というのは、まずランドールティーを人数分淹れ、そして地下室への扉を珍妙なタップダンスで開く。


 お盆に乗ったティーカップがひっくり返らないように階段を降りるルーツェと、その後ろについて行く快とニンガル。


「今までと比べてなんだかオシャレですね」


「ええ、彼は変なものでも食べたのでしょうか」


 ルーツェの異様な行動にひそひそ話す二人。そんな二人の会話を聞きつつも特には何も言わないルーツェ。完全に地下室に着くと、そこの端に円、というか三角形を作って座る。


「それでは、始めようか」


 ルーツェの号令に合わせて三人でランドールティーに口をつけた。




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「久方ぶりではないか、我が子らよ」


 相変わらずの地下神殿。この重苦しい空間を支配する存在は、三人揃ってやってきた神子を歓迎する。しかしこれだけ見た目的に年齢が離れた存在に我が子と言われても違和感しか感じない。自分たちを子だと主張するのならもう少しなんとかして欲しいところだ。


「それにしてもなかなかの働きではないか。俺は嬉しく思う」


 主人を前にした召使いのように進んで跪くルーツェと礼儀として跪くニンガル、そしてその二人に合わせんとして渋々跪く快。その三人の周りをぐるぐると回りながら、エンリルはねぎらいの言葉を投げる。


「プレートは無事回収、さらに聖光騎士団で二番手のグレイ=ジャーンの始末、加えて聖光騎士団シン都支部を壊滅! ここまでのことをやったのは貴様らが初めてだ!」


 ああやはり、この言葉でしばらく前に立てた仮説が立証された。


「というと、僕たち以外にも神子がいたのですか?」


 快はエンリルの話の腰をおるが、実に幸運なことにエンリルはそれに対して何かするということはなかった。


「ああ。貴様らは六組目の三人の神子だ。六組目というのは、俺が悪神エンキに謀られてから六組目だ。俺の生前には数えきれぬ数の神子がいた。まあそれも忘れ去られた話だがな」


 彼の生前の神子とは、おそらく神子という単語が指し示す本来の意味、つまり神のお告げを広める者であろう。顔を少しあげた快は、遠い目をしたエンリルの顔を視界に入れる。これだけ見ていると彼に同情の余地があるような気もしないでもない。


「うん? でも僕たちの前に五組もいたのなら何故最初の状態ではプレートは全てエンキ側にあったのですか?」


「それをこれから話そうとしていたところで貴様が口を挟んだのだよ馬鹿者が」


「は……はい」


 快は基本的にエンリルに対しては反抗的だが、それはエンリルの発言が大体において非合理的で快が認められないからだ。しかし今回に関しては自分に落ち度がある。したがって快はしゅんとして話の続きを請う。


「俺の神子と対応した存在にウル・ディーメアが存在していると言うことは既に知っているだろう。そしてエンキには別に聖光騎士団なる下劣な集団が存在していることもまた知っていよう」


 エンリルは苦々しく吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


「ええ! 全くです! あの借り物の権威を振りかざした賊が、あれほど憚っていることは許し難い!!」


 再びルーツェが爆発した。彼はどうしてこう聖光騎士団に関した話題が出ると落ち着きを無くすのだろうか。


「全くだ! 俺の国には正規軍が存在しているというのにもかかわらず! 奴は私軍をあたかも国を守る正義であるかのように民に見せつけた!…………と、感情的な話はここまでだ。話を戻そう。持ち主を失ったプレート、これは聖光騎士団が回収をして遺跡に戻していたのだ」


 なるほどたしかにそれは全く不思議な話ではない。エンキの駒がエンキの駒を補助する。これを不思議だという奴がいたら、それはそいつの頭の方が不思議だ。


「では、プレートがあるべき場所に戻るとウル・ディーメアも復活すると?」


「その通りだ。まあ奴らが五体も消滅したのはこれが初めてだがな」


 と、ここで快は一つ大きな疑問にぶつかった。その疑問は快にとってのプレートの根源に存在していたはずで、しかし先ほどまで忘れ去っていたものだ。


「そう、それもあのタイラーゲートのおかげでもある。ニンガルを保護したクローヴィス=タイラーゲートの存在は非常に大きい。それは彼自身の能力はもちろん、ニンガルと出会い快を保護し、二つの勢力の結果的な協力を導いたということを含めてだ」


 そうだ。しかしなぜエンキは全力でプレートを守り抜いているようでそのような大きな穴を見過ごしているのだろうか。いつかにエンリルはこれがエンキにとってゲーム的な側面を持っているからだと言っていた。


 しかし本当にそれだけなのだろうか。この世界の知の神として君臨しているエンキは、そのような大衆的な感情で行動を決断するのだろうか。


「まあよい、くわしいことは追って指示しよう。とりあえずは新たなプレートの回収を命ずる。ジアへ行きプレートを回収してこい」


 短い命令は不思議と快たちの無意識の奥にまで染み込んだ。それはこの時点でエンリルの命令が現実となることを明らかにしていた。




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「快君、また最近やつれてきていませんか?」


 エンリル陣営総会の日から三日。ジアへのプレート回収まで残り十日といった具合の日だ。


「ああ、少し疲れ気味かもしれない」


 快は口をあまり開かずにぼそぼそとそう言う。快としてはこれが素なのだが、他人からすれば誰かの素など見慣れぬ不調のサインであることが大半だ。そしてこれもそれに当てはまる。


 というのも今快の頭の中は非常に重要な問題で埋め尽くされているのだ。それは個々が重要であり、さらにその数は少なくない。


 例えば、自分は結局クローヴィスの味方をするのかエンリルの味方をするのか。例えば、それはクローヴィスの味方などではなくエンキの味方なのではないか。例えば、プレートを保管しているケースリットやルーツェ宅が聖光騎士団による襲撃を受けないかどうか。例えば、本当は騎士団潰しのあの事件の犯人が自分だとバレているのではないか。例えば、今度のウル・ディーメアは強力になっているのではないか。例えば、魔法陣は今後どう学んでいけばいいのか。例えば、リベロー草は聖光騎士団支部が潰されてしまった今どこで手に入れればよいのか。例えば、例えば、例えば。


 快は自分が今置かれている状況の複雑さと運命に影響を与える力の大きさに押しつぶされそうで、目を背けたくなる。


 だから、せめて今だけでも背けさせてほしい。


 彼のイアンナを見つめる瞳にはそんな罪深い感情が多分に含まれていた。そしてその行動は快自身を騙しうる。


 快の一部はイアンナの美しい造形を、全くの美術的な作品としてとらえて一種の畏敬の念を抱く。抱こうとする。そして別の部分は、彼女をひとりの異性として意識し、そしてその本能的な魅力に屈服することを是とする。是としようとする。そして残った部分は、彼女を他者として排斥することで受け入れようとする。


 三つの感情は、正解は一つだけなようでその全部であったり、またそのどれでもなかったりする。


 それさえも、つまり選択肢が三つしかないということまで自分の先入観に縛られた結果であるような気もするし、それは否定することのできない、物事の根底を流れるものであるようですらある。


「大丈夫ですか?」


「…………」


 無言で、しかし感情の波が立っている表情でイアンナを見つめる快。真紅の髪の瞳に彩られた純白は、命を感じさせるようなほんのりとした色に染まっていた。




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