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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第1章 伝わらない異世界
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7.鼠




次に二棟に向かった。二棟はコンクリートのようなもので建てられた、かなり質素な見た目の建物だった。


『ここには一般学生の講義に使われる教室があるんだよ』


『へーって、そう言えばどうして人っ子一人いないんだ? 今日は休みとか?』


『ああその通りだよ。今は春季休業だから、みんな次の段階に向けて準備しているところなんだ』


異世界に春休みという概念があることに理由もなく安心しているところで、ついに建物に入っていった。




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しかし、何とも面白くないことに、一棟と学問とフロアのリンクがなされており、何か新しい発見をすることはなかった。


そこで、とりあえずエレシュがいつも講義を受けている学問と教室を紹介してもらった。


一階、魔法陣基礎。エレシュは元の世界でいう文系らしく、教養レベルについてしか魔法陣に関して学んでいないらしい。

具体的には火、水、土、風、陰、陽の六つの基本魔法属性の基礎魔法の魔法陣を解析し、それぞれの特徴を掴み、再現する。という事を目的に〔のんびり〕やっているらしい。完全に文系だ。理系の快は何とも言えない気分になった。別に誰も悪いことはしていないのだが。



二階、ウル古典。エレシュがウル古典を受講しているのは完全にクローヴィスの影響らしい。タイラーゲート家の二人と共に過ごすには逆に必須レベルらしく、ケースリットで学べるレベルでは、真面目に受講すれば古い資料の内容を理解できるまで行けるらしい。

ちなみに成績は一位がイアンナで二位がエレシュらしい。ここでも自虐とイアンナ愛が炸裂し、快も流石に反応に困ってしまった。



三階、ウル史。こちらは改竄済みの歴史だそうだ。一般の学生向け講義なのでウル正史は無いとのことだが、改竄済みの歴史を知らずして正史を考察できるはずもないため、しっかりと受けているらしい。

ちなみに、そもそも〔正史〕という概念を持っているのはクローヴィスとイアンナ、エレシュそして快のみで、茶化しに来る神国最高裁長官は真面目に受け取っていないらしい。



四階、総合人文地理。この学問は一つの国には囚われずに世界全体の人文地理を学んでいるらしい。日本で学ばれている地理も同じような内容なので、いつか受けてみたいと伝えた。


『それならある程度言葉を知ったら少しずつボクが教えてあげるよ。地理は、数少ないイアンナより得意なものだからね』


エレシュが恥ずかしいような、発言を後悔しているような表情をしながら言うので快はどこか心を安らげてあげたくなってしまった。


『ねえ、俺はもう少し君に自信を持って欲しい。自分を肯定して欲しい。だって、エレシュがいなければ……』


ーーーー僕は今、こんな風に異世界での未来を楽しみにできていないから……


言おうと思った。しかし、言葉に詰まってしまった。しかし、ここで言い切らないと後で後悔を……


『君がいなかったら、僕は今、こんな風に異世界での未来を楽しみにできていないから……』


『……ふふっ、二回も言わなくていいよ?』


エレシュは再び、やはりまだどこか悲しい顔をして笑った。

しかしそれはどこか美しかった。まるで白百合のごとく、可憐に、儚く。快も何かを胸に感じた。不愉快なようで手放しがたい、心地よい感覚を覚えた。






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その後ささやかな休憩で気持ちを落ち着かせ、五階、宗教学の教室に向かった。もちろん真神教だった。真神教は、軟派と硬派を皆で学び、成績優秀者のみがディーメアについて学ぶらしい。なにせディーメアは強大な力を持っている過激派なので、事情を知っている人はなるべく少ないしたいのだとか。

その分ディーメアについてはなかなか知り得ない情報を手に入れられるらしい。

具体的には、歴史や各地に分散する支部などについてらしいが、〔選ばれていない〕快に伝えることはできないらしい。快も反対しなかった。

ちなみに情報源はほとんどがクローヴィスらしく、ここでも校長のスケールの大きさに驚かされた。



二棟でエレシュが講義を受けている教室はこれだけらしい。エレシュは優秀なので一棟の研究室にいることが多いようだ。ちなみに学年という概念はないらしく、学びたい事を学びたいだけ学ぶらしい。確かにエレシュも〔学年〕ではなく〔段階〕と言っていたような。ともかく、自由だし、意欲のあるものは伸ばし切れるので非常にいい制度だと快は思う。


『じゃあ、最後三棟ですね先輩!』


『わかったわかった。でもたまにボクのことを先輩と呼ぶのは如何なものかと思うよ? 同い年なんだし、せっかくなんだからボクは対等な関係を築きたいんだよ』




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その頃、三棟の大図書館から、一匹の鼠が出てきた。全身真っ黒であるにもかかわらず眼球は真っ赤だった。鼠にしては落ち着いた動きで周囲を見渡しつつ一棟に向かって歩いていった。


誰の目にも止まることなく。




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二人は中庭を通り三棟に着いた。


『あれ、小さいな?』


今までの二つの建物と違い、かなり小さめだった。


『一階は食堂だよ。さっきは君が食堂で昼食を食べてくるという案なんかも挙げたけれど、開いていなかったや』


エレシュがかなりの無理をして可愛い感を出し、額をコツンして言ったが照れが強すぎた。確かに可愛らしいが。

というより一時間単位でどんどん可愛い感を無理して出そうとしてくる。確かに可愛らしいが。

これも全て快のせいなのだが彼は気付かずにただ驚くのみだ。なにより、もっとも驚いているのはエレシュではあるのだが。

彼女も年頃の女子だ。比較的整った顔立ちの異世界人というミステリアスな存在に惹かれていても不思議ではなかろう。ましてや、自分が一番頼られているのだから。何とも可愛らしい話だ。


話が飛んだが、開いていないので食堂では並べられた机と椅子とカウンターしか見ることができなかった。カウンターの上にはメニュー表があったがもちろん読めない。


彼は中学の時のスキー教室での食堂を思い出した。そんな感じの、一棟や二棟との明らかなデザイン格差を感じた。


『どうしたよ。何で三棟だけこんなにダサいんだ? 二棟もオシャレじゃなかったけど整ってはいただろ?』


『理由は、これから見る所にお金をかけすぎたってところかな』


そして、その理由は……






二階から四階は全てあの大図書館だった。



二階は主に小説が置かれている。文字が読めないので恐ろしくつまらなかったが、中には童話もあるらしく、エレシュに段階別で紹介された。

早く読みたくて取っておこうと思ったところ、エレシュに勘付かれてしまい棚に戻されてしまった。



三階は魔法関係の記述らしい。魔法は体育の扱いではあるものの、様々な種類の魔法の歴史や目的、基礎から応用まで、独学で学べそうなほど充実していた。中には召喚術などもあった。


エレシュもここの本を頻繁に覗き己の技に磨きをかけているらしい。また、魔法陣の作り方についてシリーズで広辞苑十冊分ほどあるものがあり、最終巻はそれこそプログラミングの画面のように天文学的な量の情報が書き込まれており、流石の快も吐き気を催した。エレシュは近づきすらしなかった。



四階。ここは各研究室に入りきらなかった蔵書があった。

教授が研究室に入れなかったということなので、そこまでメジャーではないらしいが無駄なものは一切ないらしく、クローヴィスは、特に正史を考える身とすればここにある歴史系、宗教系、地理系は全て読破する方がいい。とエレシュに言ったそうだ。しかし、当然ながらそうは言っても半分も手をつけられていないそうだが。


『君とここで出会ったのはまだ今日の朝だったね。なんだかもう三日ほどたったような気がするよ』


そして、快が二人と初めて顔を合わせた例の角の前にも来た。


『いやー、全くだよ。俺もよくこの短時間でこんなに落ち着くことができたもんだ。これも半分はここの三人の優しさ、残りの半分が君と話すことができて、頼れるからだと思う』


快は心の奥底から感謝の気持ちを述べた。今言ったことは全て本心だった。そしてそれがわかるエレシュは……


『なっ! くっ……そ、そうだね。まあ、ボクも自覚している……ょ……』


ついにエレシュは顔を背け始めた。快だってそれが照れによるものだということくらいはわかった。だからこそさらに茶化した。


『ありがとうね?』


トドメの一撃だった。エレシュは完全に背を向け、


『一時間後、図書館、休憩』


とだけ言い残して足早に去っていった。





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快が一棟に帰る途中、快は鼠が一棟から出てきたのを見た。正確にいうと一棟への侵入に失敗して泣く泣く帰る鼠を見た。





快の中の何かが動いた。快はこれが何か知っていた。そしてこれが歓迎すべきものではないということも知っていた。しかし快はそれに身を委ねた。果てしない高揚感が体を支配する。




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しばらく経った頃。大学の中庭で少年の手の中で黒い何かが潰され、そして、それが光に還った。少年の目は笑っていた。しかし口は笑っていなかった。否、ひくついていた。これと逆の表情なら誰しもがよく見るだろう。口は笑っているのに目は笑っていない表情を。そう、下手な作り笑いを。そして彼の表情はそれの正反対だった。


直後、苦悶に歪んだ少年の表情がそこにはあった。


少年は贖罪の欲にかられ、自分の人差し指を噛み始めた。段々と力が加わっていき、空いている右手で自分の太ももを全力で叩き始めた。


「グッグギギギィィクッグッギィィィィィィッ!」


明らかに異常だった。まるで彼の中に二つの人格があり片方が先ほどの自らの行いに罰を与えているかのようだった。


しかし唐突に、彼の体を黒い光が撫で、黒いシルクが涙を拭った。











残ったのは呆然として固まった少年と漆黒のシルクの布切れのみだった。




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