23.取り返すものと奪うもの
快はケースリットに帰ってくるや否や、時計に目を向けた。日は出ているようなのだが、朝なのか昼なのかさっぱり分からない。何日ケースリットから離れていたのかも分からないので、どれだけイアンナに心配をかけたかも分からない。
そうして時計を見たのだが、どうやら今はまだ朝のようだ。もしかしたらイアンナと顔を合わせることができるかもしれない。快はそう思ってイアンナの部屋にダッシュで向かう。
ノックをして声をかける。するとなんとも幸せなことに、中からは返答があった。快は入室の許可をきちんと取ってから部屋に入る。いつかに見たのと同様、彼女の部屋は実にシンプルで快の好みだ。
「……三日間もどうなさっていたのですか? さすがに心配しましたよ……」
部屋に入るのと同時に聞こえ始めるイアンナの声。
快は久々の共に過ごす朝ということで、先ほどカレーライスを食べたばかりだから朝食は無理だとしても楽しみにしていたのだが、それでも当然とも言える彼女のリアクションは快の胸を抉った。
「え? あ、まあ少し大変でね……」
イアンナから目を逸らしてしまう快。クローヴィスもエレシュもいない中、真に彼女を一人にしてしまったことに対する罪悪感で、快の胸は張り裂けそうになる。
「こんな短期間でそんなにやつれて……」
イアンナは快の顔を覗き込んでくる。しかし快はこんな状況でも目の前の造形を美しいと思うそれに意識の大半を割いていることに若干の罪悪感を感じる。
「大丈夫だって。ほら、こうして今イアンナの前にしゃきっと立ってるわけだし」
何故だか自分がイアンナのことを励ますようにピシッと立ってそういう快。
「まあ……快君がそうおっしゃるのならばそれで……」
快は目の前のイアンナを本気で抱きしめたくなる。何故だろうか、人は共に艱難を乗り越えた者に対して高い好感度を得ると聞くのだが。彼女とは正直この前のウル・ディーメア以外艱難とも辛苦とも出会っていないのだが。
彼女に対して抱くこれは、むしろ憧れ的な意味合いが強いのかもしれない。そんな冷静な自己分析を挟みつつ、快は彼女に聞くべきことを聞く。それは、
「イアンナ、真面目な話なんだけど俺がいない間に聖光騎士団の奴らとか来たか?」
「いえ、私がいる間には来ていないと思いますが?」
快はイアンナのきょとんとした顔を見て安心し、そして同時に覚悟をした。
タイラーゲートがプレートを回収しているという情報を持っている聖光騎士団員を、この世から葬り去らなければならないと。
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「ニンガルさん」
「はい、なんでしょう」
快はイアンナが階下にある研究室に向かってから数分後、ニンガルを呼び寄せた。彼女は数時間前までは瀕死の状態であったのにもかかわらず、快の血液と以前にクローヴィスから貰っていたタイラーゲート秘伝の飲み薬のおかげで回復している。
さすがにそれは万全とはいかないものの、意識は完全に明晰で、身体を動かすことにも大した支障はないように見える。快は当然彼女のことを心配しているわけだが、想像以上に元気を取り戻した様子を見ていると快も胸に突っかかりが出来ずに済む。
「早速で悪いんだけど、聖光騎士団でタイラーゲートにとって障害になりうる奴らを殺しに行こう」
「さらに、ということですか?」
ニンガルは快の言葉を聞き大して驚いた様子は見せないが、しかしそれでも問いかける。
「ああ。あの場で俺が殺したのは銀髪とそいつの連れ二人だ。少なくともケースリットで俺らを連れ去った奴らの頭くらいは殺しておかないと。それから何かしらの文書になっていたらそれも処分しなければならない」
畳み掛けるように、厳しい現状を打開する唯一の方策を口から溢れるように挙げる快。ニンガルはさすがにここまでの言葉が出てくるとは考えていなかったのか、顔の筋肉を緊張させる。
「わ、分かりました……ちなみにいつからですか?」
「今からだ」
即答。ニンガルはいまの自分の状態を考慮して、顔を
曇らせる。善は急げと言うけれど、失敗する可能性を高めて急ぐというのは明らかに愚策だ。
「ニンガルの身体が不調なことなど分かっている。だから俺一人でやる。ニンガルは俺を運んでくれればいい」
「そんなっ!」
いったい彼は何を考えているのだろうか。ニンガルは快のもはや焦りとも言えるその態度に若干の怒りすら覚える。
「快君はタイラーゲートにとっても神子にとっても、絶対に欠けてはならない存在なんですよ! それなのにそんな無茶ーー!」
「いいんだ。やらせてくれ。そして何よりも、俺は一人でいる方が良くやれる」
ニンガルには快の言葉が真実なのか偽りなのか分からない。分からないがその瞳の奥にある決心と、そして殺意だけは読み取れた。
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快はつい数時間前まで自分が拘束されていた聖光騎士団の施設を再び歩き回っている。目的は二つ。一つは自分たちに関わった騎士団員の中でも主要なメンバーの殺害。もう一つはこのなんだかんだに関わる文書の有無の確認と、あった場合それの処分だ。
ところで、快は何かしらの策を立ててからここにやってきたのかというと、その答えはノーだ。
視界に入った人間を殺す。
これが最も効率的な一つ目の目的の達成方法であり、そして何よりも自分とニンガルが一時的にではあるが奪われた人間としての尊厳を奪い返す方法だ。
つまり、この無策の策は全くの個人的な怒りを多分に含んだものだ。快はすでに五、六人の騎士を殺している。快の異能の前では単なる騎士など剣を持っていようが持っていなかろうが、彼らの命は塵も同じ。
快は死をまき散らしながら、銀髪たちを殺してニンガルを救ったあの部屋に向かっている。建物内を歩いている限り何か問題が発生したと気がついたような様子は見受けられない。つまり彼らの死体がまだ気付かれていない可能性が高い。
快はあの銀髪の身分が相当高いと判断しているので、何かしらの資料があればそれは彼の手元か彼の部屋にあるはずだと考えている。
快は騎士たちに助けを呼ぶ声を上げさせる前にそれらの命を華に変える。快の顔には笑顔すら浮かんでいなかった。まるで目の前で人の身体が散り散りになることが当然であると考えているかのような、そんな呼吸をしているような表情。
そんな様子で歩き続け、ようやくあの部屋の前にたどり着いた。ここの扉を開くのはこれで二度目だ。すでにどこかで見覚えのある顔をいくつか吹き飛ばしているので、目的一もある程度達成できただろう。
ドアノブに手をかけ思い切り引き開ける。
「…………っ!」
全く自然な動きで入室した快に対して、その部屋の中にいた人物はその音に過剰に反応して肩をびくりと震わせる。
「っ! 貴様ァ! これをやっーーーー」
快は三日前にケースリットで聞いたやかましい騎士の声が耳に入ると、その音源を音を出す機能以外も含めて全く機能しないように破壊した。
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快はそろそろ体温が抜けた頃という銀髪の死体を漁る。これで彼の死体を漁るのは二度目となるが、そこからは何かしらの書類は見つからなかった。あの時の騎士を処理した今、残る目的は書類の処理だけだ。
快は案の定銀髪から鍵を手に入れることができた。しかしここで問題が発生した。この男の部屋がどこなのか、それが分からない。彼の所持していた手帳から、彼が聖光騎士団シン都支部の支部長であるということまでは分かったが、その支部長室なるものがどこにあるのか分からない。
「拷問にかけるしかないか!」
全く当然の選択だと言わんばかりに声に出して立ち上がる。快は鍵を持って再び扉の外に出た。廊下を歩いていると、すぐに騎士二人組と遭遇した。
快は一人を一瞬で肉片に変え、もう一人の両腕を肘の辺りで吹き飛ばしすぐさま口を塞ぐ。叫び声を上げたくてもあげられない状況にパニック状態に陥った騎士を脇に引きずり、快は再びあの部屋へと帰っていった。
快は部屋に入るとまず騎士の両足を破壊した。これで四肢は使い物にならなくなったので、彼がここから逃げ出す心配はもう要らない。
「支部長室を知っているか?」
「はぁ、はぁ…………我々騎士が、拷問など……はぁ、口を割るはずが……はぁ……」
騎士は驚きや恐怖に脳を支配され、冷や汗と涙とそして唾液まで垂らしてそう応える。
「……へぇ」
快は表情を変えずに三日前と比べてさらに赤黒く染まったローブの一部分を水で濡らし、男の顔に被せる。男は呼吸できないその状態を抜け出そうともがくが、肘から先が存在しない彼に快の暴力を止めることなどできるはずもなかった。
騎士の意識が飛びかけそうだとみると快はローブを顔から取り去る。騎士は生まれたての赤子のように全力で呼吸をする。
「支部長室を知っているか?」
「………………騎士として、ここで、口を割るわけには、いかないんだ!」
快はその瞳に強い拒絶の色を見せた。それは何か過去にそれにまつわる嫌な思い出もあるのか、それとも自分の抑圧している本心なのか。どちらにせよ、それは騎士にとってマイナスに転んだ。
「ああ、自分の命よりも仲間が大切ってことか」
暴力の手が止められた騎士は、パニックも収まりつつある。騎士の誇りを守るために、仲間の命を守るために、騎士団の名誉を守るために、見失ってはいけないものがある。
「当然だ! 自分の利益しか追わない人種は全く弱者だ!」
残りの命を使って、騎士はそう叫ぶ。自分の命がその発言を逆から裏付けるのに持ってこいだと言わんばかりに。
「そうか、ならば先ほどまで貴様ら下臈どもを塵のように掃き捨てていたのは究極の弱者ということだな?」
快の冷たい言葉を聞いて騎士は目を見張る。何か言葉を紡ごうとして開かれた口は、しかし叫び声しか上げることができなかった。
しばらくして、ニンガルの転移によってケースリットに帰ってきた快のローブには、もはや白い本来の生地が見える部分は残っていなかった。しかしその顔は達成感に塗りつぶされており、そして聖光騎士団シン都支部は壊滅していた。
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