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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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22.覚悟

本編!

 



 銀髪の壮年の男は、快のその顔が動揺で塗りつぶされているその様子を見てようやくだと思った。三日間食事も与えず、ただ空虚な時間を過ごさせれば大抵の人間は狂い始めるものだ。


 しかし目の前の哀れながらも強い少年はこの三日間、空腹で生気はなくなっているものの決して正気は失っていない。男はそれが恐ろしかった。彼がこの状況を打開するような策を持っているから、こうどこか余裕がある様子であるのではないかと心配だった。


 拷問をかけた女も、いくつかの質問にこそ答えはしたが、肝心な三つの質問には思ったような答えを返さなかった。


 その三つの質問とは、一つ目にグレイ=ジャーンを殺害したか否か。これに対して彼女は否定を重ねた。実際彼女はグレイの首を胴体から切り離すことができるような武器を所持していなかったが、疑わしいことに変わりはない。


 二つ目にウル・ディーメアの討伐などということをしているか否か。これは一つ目の質問と違い神獣の封印の解放が関係してきてしまうので、私的な感情抜きに吐いてもらわなければ困る。しかしニンガルはこれに関して口を開かない。


 当然この世界に黙秘権など存在するはずもない。しかし彼女はタイラーゲートの名に守られている。逆に言えば、それが失われればニンガルは言語道断で死刑だ。なにも尋問相手は彼女だけではない。


 三つ目に、黒髪の少年の今まで行ってきた殺人の件数だ。ちなみにこの世界では快の見立ては外れで、殺人はれっきとした犯罪だ。裁き切れていない現状ではあるが、それは彼を見逃す理由にはならない。


 これに関してニンガルは分からないを繰り返している。騎士たちも流石にこれに関しては彼女に聞くよりも本人に聞いた方が早いと判断した。そこから始まったのが、快に関しての質問だ。


 そこで彼女が口にしたのが、快に対する痛覚に訴える拷問が無意味であるということなのだが、当初これはあまりにも疑わしかった。単に仲間を守ろうとしているだけとしか思われない。


 ということで快の睡眠とも気を失っているとも取れない状態の間に、騎士は一人実験をした。


 快の手の甲につつと傷をつける。するとそこからは全く普通に血液が流れ出る。騎士はニンガルの言葉がやはり嘘であったと判断しかけるが、そこで異変に気がついた。


 明らかに血が止まっているのだ。急いでしゃがんで快の手の甲を拭うと、先ほどまで口を開いていた傷は跡形もなく消え去っていた。


 これの報告を受けた壮年の男は、快への拷問の形式を改めて決定した。


 そこから始まったのは、全く無意味なニンガルへの痛めつけだった。常人であれば目を固く瞑って耳を塞いで部屋の隅で発狂しそうになるほどの地獄がそこには実現していた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「質問は三つもある。しかし彼女の身体は見ての通り限界だ。つまり、君は私の質問に即答しなければならない。難しい質問ではないのだ、そう心配する必要もあるまい」


 快は激しい目眩を感じる。精神世界では自分の手で殺したはずなのに、他人に痛めつけられたニンガルの姿は恐ろしいくらいに快の頭を蝕む。


「一つ目だ。お前はウル・ディーメアをその手で殺し、プレートを略奪しているな?」


 早速本題をぶっ込んできた。


 さてここでこれに肯定することはどうであろうか。そうすれば、とりあえずこの瞬間はニンガルを救うことができるだろう。しかしおそらくそのあとは賊として処刑されるはずだ、自分と共に。もしかしたらそれはタイラーゲートの他の三人にも危険が及ぶかもしれない。


 だからと言って否定すれば、瀕死のニンガルは今ここで殺されてしまうだろう。最終的にはこの窮地を抜け出さなければならない。しかし、もう少しだけ時間が欲しい。


「………………ああ」


 快は相手の胸元あたりをじっと見つめて肯定した。男の表情はわからないが、おそらく喜んでいるだろう。


 しかしこれでひとまずこの場は凌いだはずだ。根本的な解決にこれが直接的に関わるとは快も考えていない。しかし、それでも今はこれしか手がない。男も案の定ニンガルを傷つける様子はなさそうだ。よかった。


「では二つ目だ。我が聖光騎士団の騎士を殺したな?」


「いいえ」


 快は即答する。実際のところその否定は真実であるので、その瞳に宿る仮の信念も本物に見える。これには男も憂鬱な気分になる。なぜならニンガルもウル・ディーメアに関しては言葉を濁していたが騎士に関しては断言していたのだ。


 本当に殺していないのかもしれない。そう思いつつも彼らが国にとって害悪であることはすでに決定しているので、彼の中の覚悟は変わらない。


 覚悟とはつまり、最終的にはこの二人を処刑しタイラーゲートの悪行を世に晒し聖光騎士団の名の下においてこれを潰すこと。


 そんなことを考えながら、男は最後の質問を投げかける。


「では三つ目だ。君は今まで一体どれだけの人間を殺めてきた?」


 これには彼の個人的な興味も含まれる。あのローブをリベロー草のエキスの中で混ぜたとき、あの水槽の中で広がったあれはもはや恐怖であった。


 地獄があの衣とともに存在していたと、そう確信に至るほどの異様さ。この少年は国内でも五指に入るほどの凶悪殺人犯だ。ウル・ディーメア云々を除いても死刑に値すると思われる。


「人間とは、一般市民のみを指しますか? それとも自分に害を与えてくるような危険な野蛮人も含めますか?」


 男は快がどのような答えを返すか若干の期待があったのだが、その口から紡がれた言葉は保身の意思が丸見えの屁理屈じみた質問。


 この言葉を広い心でもって聞くと、まるで彼が選んで人を殺しているように思われる。と、そこで男は一つ推測した。彼こそが少し前にシン都で話題に上がっていた黒髪の少年なのではないかと。


「なんと、ならば残念なことだな」


 男は思わずそう溢す。チャンスがあれば聖光騎士団に引き込もうと考えていたのに。彼は噂によると首を切り落として殺す。


 それはグレイ=ジャーンの死体にも見られる特徴だ。さらに彼が悪人を殺しているということはシン都中で有名な話だ。つまり、彼は嘘をついていたのだ。三つの全ての質問に対して、彼は肯定するべきであった。


 しかしそうはしなかった。嘘の供述は万死に値する。


「……残念とは?」


 そんな男一人の考えは快に伝わるはずもなく、一人得心する男とついて行くことのできない快は噛み合わない。


「なぜ二つ目のグレイ=ジャーンの殺害だけ否定したのだ。殺害方法から見て君の仕業だと明らかではないか」


「なぜって、していないからに決まっているじゃないですか!」


 快の苛立ちのこもった声が狭い部屋に響く。


「ほう、よくそう答えられたものだ」


 男は銀髪をかき上げて立ち上がった。それと同時に快の座っている椅子から伸びる蔦が快の身体に巻きつく。


 男は袋のようなものを取り出した。


 そのまま彼はニンガルの方へと歩いていく。意識が飛びかけていると思われていたニンガルだが、男の足音が近づいていくと体の芯をほんのわずかに震わせる。


 恐怖を感じているのだろう。


 しかし、それでも転移をしないニンガル。快の尋問を聞いていればタイラーゲートがすでに危険に落ちてしまったことは分かるのだが、何かしらのそれがわからない理由があるのだろうか。もしくは転移さえできないほど弱っているか。


 男は袋に手を突っ込むと、中から白い粉を手一杯に取り出した。


 そしてそれをニンガルの傷口に塗りたくった。肩に、腕に、脇腹に、太腿に、膝の裏に、額に。


 ニンガルは先ほどまでの様子とは打って変わり、この世の終わりのような絶叫を上げる。すでに残りわずかな命の炎を犠牲にして求める助けは、しかし現れない。


 脱水状態であろうにも関わらず瞳から溢れる涙は、彼女の果てしない苦しみを明らかにしていた。


 男は塗りたくった白い粉を今度は擦り込むようにし始めた。一層激しくなるニンガルの絶叫。それを見ていた快は、ニンガルと同じように悲痛に顔を歪めていた。


「やめろォォッ!!」


 次の瞬間、ニンガルの目の前に大きな肉片がいくつも舞った。




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 快は男を殺したのと同時に解けた椅子から飛ぶように立ち上がり、まず男の持ち物を漁る。そしてポケットから自分とニンガルの四次元チューブを回収して、そしてニンガルに駆け寄る。


「…………ぃ……」


「ニンガル! おい! クッソォ!」


 快はニンガルの全身の様子を見て机を蹴り飛ばす。本当に、本当に恐ろしい仕打ちをされたことがよく分かる。そして快はチューブからナイフを取り出し、初めからわかっていたように自分の手首を切る。


 そこから吹き出す鮮血をニンガルの口の中に入れる。異能ですぐに傷が塞がってしまうが、快はその度に腕が上げられなくなりそうな激痛に耐えて手首を切る。


 血がニンガルに吸収される。


 どれだけの量の血液が与えられたろうか、徐々にニンガルの傷が塞がってきた。


「ハッ! 良かったっ!」


 快の見立て通りだった。この世の人間すべてがかどうかは知らないが、同じ神子であるニンガルならば自分と同じように飲んだ血の持ち主の異能が使えるはずだ。というそれが見事当たってくれた。


 快はそうと分かると自ら血圧を上げて血液の噴出量を増やす。ニンガルの身体が流れに乗ったのか、傷が塞がるスピードが加速度的に上昇していく。


「…………か……かいくん?」


 快は顔を上げたニンガルの、決して元気ではないがそれでも死人の感が抜けた様子を見て泣きそうになる。


「……はい?」


 ニンガルは快に何かを言おうとして、そして目の前の肉片を再度認識して、周りを見回して、そして察した。


「とりあえず、帰りましょうか」


「は……はい!!」


 快はもはや涙を堪え切れていなかった。




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