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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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21.天が誅す

 



「…………一体、何人殺したんだ?」


 液体がかき混ぜられる音の中、快と顔を合わせる、というより快の顔を凝視する壮年の男の声が、快の耳に刺さる。


 この国において殺人は犯罪なのだろうか、いやそれは当然なようではあるのだが異世界なら許されているというのがお決まりのような節もあるような気がしないでもなかったのだが。


「……ぃえ、そ、れは……」


 仮にそれが犯罪であるならば、快は大罪人だ。そしてそんなことを考えている快の思考は振る舞いに顕著に現れ、男の推測を確信に変える。


「…………おい、彼を地下牢に入れておけ。女は別だ。私のあの部屋に連れていけ」


「ハッ!!」


 再び複数の騎士が二人の元に近づいてきて、縄を解いた。そしてそのまま連れて行かれるのだが、途中であの男が近寄ってきた。その手にはびしゃびしゃに濡れたローブがあった。


 しかし快にとってそんなことはもはや些細なことである。快は怒りや恐怖の入り混じった瞳で男の顔を見上げる。しかし次の瞬間、快の視界は闇に覆われる。


 顔が若干冷たい。


 ローブだ。快のローブが返却されたのだ。だが快の両手は騎士に掴まれているのでそれを手に取ることはできない。視界を塞がれたまま、手を引かれ背中を押され、どこへ行くのかどれだけ歩くのか分からない状態が続く。


 かなりの長さの階段を下りたように思われた。


 途中から足音が半分に減ったような気がする。


 その直後、快は強く前に押し出され、こけそうになったところで直前に解放された両手を前についた。同時に背後で鳴り響く金属音。


 どうやらここが地下牢であるようだ。冷たくてゴツゴツとした手触りの床に、隙間風がヒューヒューとなる音。隙間風が吹くだけ、酸欠で死ぬような鬼畜でなくてマシだとは思うが、それでもきついものはきつい。


「そこで待っていろ」


 快は背後からそんな声がかけられるのを感じる。おそらくこの後は一人ずつの尋問でもされるのだろう。ニンガルの転移がここで有効かどうかということだけが、この時の快の唯一の懸念だった。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「……やべぇ、腹減った…………」


 地下牢に閉じ込められている快は、待てど暮らせどやって来ない男に苛立ちを超えて寂しさすら覚え始めていた。


 一体どれだけここにいるのだろうか。日の光が差して来ないことは当然で、ほんの若干の明かりを提供する蝋燭で時間を測れるかもしれないという快の希望は、蝋燭にかけられた永久利用可能の魔法のせいで握り潰された。


 一日三食を規則正しくとっていた健康優良児長田快の空腹ゲージの減りは早い。したがって快のこの『長い』という感覚がどれだけ正しいかというのは実に疑わしい。


 しかしそれを自覚している快でも、さすがに何度か夜を迎えているのではないかと考えている。


 この近くには他の囚人がいるということはなく、ついでに言うと看守的な役割を果たす騎士もいない。薄暗い中ただ一人でなすすべもなく、さらに空腹によりトレーニングをしようという気にもならない、まさに本物の『暇』。


 人生の隙間と表現した方が良いのではないかと思われるほどの虚無の時間がひたすらに流れ続けた。


 そう、話は戻るがなす術がないのだ。看守がいないので鍵を盗もうという計画にすら至らず、ニンガルは転移して来ない。しかしそんな気の狂いそうな極限状態一歩手前でも、その黒髪は依然として漆黒だった。


 本当に全く何もすることのない快は、妄想に逃げ始めた。妄想の内容は、宇宙の外側について。それから次元について。


 そうこうして空腹に意識を削り取られながらも何とか正気を保っていると、足音が聞こえてきた。


 快は最初、ついに幻聴が聞こえ始めたのかと思った。幻聴はリアルなものだと聞いたことはあったが、まさかここまでリアルだと思わなかった。実際に鼓膜を揺らしているようだった。実際そうだったのだが。


 しかし足音が近づいてくるにつれて、それが現実であることに気づき始める。


 ガシャリと無駄に大きな音をたてて鍵が開けられる音がする。それと同時にかけられる声。それは怒鳴り声だったような気がするが、すでに朦朧としている意識はその内容を聞き取ることができない。


「あ………なは…の……に…る」


 言葉の断片と言っていいのかすら分からない音が快の耳に入ってくる。しかしそれは快にとって実に些末なことで、今にも崩れそうになる脚をなんとか突っ張って前に進んだ。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 快はまず、その鼻を刺激する匂いに全神経を持っていかれた。それは様々な匂いが混在したものだった。しかしそれの要素となる匂いはそれぞれが違うベクトルで強調してくる。


 したがって、混在したそれは快の中で分解して認識することができた。


 それはずばり、スパイシーなカレーライスとみずみずしい果実の匂いだった。快は胸が高まり、それを受けて彼の死んだ瞳も一気に生気を取り戻す。


 快はこの先にそれがあると確信して、些か軽くなった足取りで促されるがままに歩く。そして鉄製の扉の前にやってきた。


 同行していた騎士がノックして何かを言ったのだが、快はその内容を認識することはできない。しかし隣の騎士はその扉を開き、そして快をその中に押し入れた。


 踏ん張る力も無い快はそのまま倒れそうな勢いで部屋に入る。そして目の前にちょうどあった机に手をつくと。


 そこには果たして、カレーライスと様々な果実の山が置かれていた。


「…………ぁぁ」


 快は欲望に全くしたがって果実に手を伸ばす。それは生の根源たる水を快に与えた。それは夢の根源たる甘味を快に与えた。


 水分は快の有機体としてのはたらきを確実なものとし、甘味は糖分でもって快の人間たるその思考力を支える。


 ぼやけていた視界がはっきりとしてくる。朦朧としていた意識がはっきりとしてくる。快は物をつかめる程度には回復した指先を使い、目の前にあるスプーンを掴む。


 それで皿に盛られたカレーライスを、すくう。


 湯気のたっているそれは、快の意識を丸ごと独占する。腹を満たしたいというそれだけが、鼻から入ってくるスパイスの香りとともに頭の中に広がる。


 快は理性などはじめから無かったかのようにそれを口に運ぶ。咀嚼して飲み込みながら次の一口をすくう。そしてそれを再び口に運び咀嚼し、その間にすくっておいた新たな一口をまた口の中へーーーー


 何分たったろうか、快の腹は十分に膨れている。しかしそれでも快は手を止めない。ここの葡萄は美味い。


 快の周りは茶色い半液体や果物の果汁で汚れている。今の彼の様子を一言で表すとしたら、それは『豚』が最もふさわしい。それだけの汚物に成り下がっていた。


「美味そうに食べるな」


「ヒィッ!」


 快は最初から目の前に座っていた男に声をかけられ、情けない声を上げる。彼は見覚えがある。あの銀髪のお偉いさんだ。


「やはり死にかけの仲間の前で食べる飯は美味いか」







「え?」


 快は目の前の男の発言内容の一切を理解することができなかった。否、一切を理解したく無かった。途端に激しくなる鼓動。全身の筋肉は強張り、呼吸は苦しくなる。冷や汗は吹き出し眼球は飛び出しそうになる。


 それを見て嗤う壮年の男。彼が手をあげると部屋の明かりがついた。そして快の目の前に現れたのは、木の板に縛り付けられたニンガルの姿だった。


 快はその姿の酷さから、彼女がされたことが想像の域を超えているだろうと想像した。それほどの様子。


 ニンガルは薄目を開けていながらも意識があるのか否かはっきりとせず、まさに虫の息といった様子。


「さあ、次は君の番だ。しかし彼女が君にああいった暴力は無意味だと言われたからね。こうして彼女をここまで持ってきたわけだ」




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 ニンガルは独房に連れて行かれることはなかった。その代わりに、拷問室へと連れて行かれた。先ほど椅子に縛り付けられていた時に転移が可能かどうか調べたのだが、ずばりここでの転移は可能だ。


 しかし、ここで転移によって快とともに帰った場合どうなるか。それは想像に難くなかった。彼らは自分たちとタイラーゲート家に密接な関係があることを当たり前のように知っている。


 つまり、もしここで脱走しようものならばタイラーゲート家は国から賊のレッテルを貼られ、ケースリットの存続は言うまでもなく、タイラーゲート家の存続すら危ういものになりかねない。


 したがって、ニンガルはこの状況を受け入れ、真正面から向き合わなければならない。だが、現実はそう甘くなかった。


 ニンガルは部屋に入れられると、早々に木の板の上に横になることを強要された。当然これに従うと、その瞬間板の裏から伸びてきた縄、というよりもむしろ紐と表現した方が的確であるようなものに縛られた。


 自分を取り囲む四人の男たちの恐ろしげな笑みと、縛られているこの状況。常ならばとうに抜け出している状況に初めて直面し、ニンガルは果てしない不安感と恐怖に襲われた。


 しかし、そこからニンガルを襲ったものは、もっと実際的な恐ろしさだった。


「なぜ私の大切な騎士団員を殺した」


 あの銀髪の壮年の男が、ニンガルの手のひらに杭を打ちつけながらそう問いかける。


「ーーーーッッ!」


 当然ニンガルはそんな状況でまともに返答できるはずもなく、狭い部屋を彼女の絶叫が満たした。




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作者はこの展開がただただ悲しいです(どの口が言っているんだ)

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