20.ジンカンバンジサイオウガウマ
「ニンガルさん! ルーツェも!」
快は藤色の光を恍惚として眺めていたが、ふと我にかえり仲間を呼ぶ。すると一刹那の間に、先ほどからそこにいたかのような様子で二人が快の隣に立つ。この瞬間、快は言葉に表し難い幸福感を感じた。
「快君! よく見つけてくれました!」
ニンガルが今にも快の頭を撫で始めてしまうのではないかと思われるほどのテンションで喜ぶ。隣のルーツェからも何やら嬉しそうな雰囲気が漂ってくる。仮面をつけているのに、実に不思議だ。
それはさておき、宙に浮かぶそれは相変わらず淡い光を放っている。しかしこれをいつまでもこうしておくわけにはいかない。
神子三人は安っぽい映像作品のように揃えてプレートに向けて手を伸ばす。指先が光に包まれ、それがどんどんと肘に伸びてくる。そして指先が光源に触れる。
その瞬間感じた質量をそれぞれは引き寄せる。そうしてわずかにプレートがこちら側に寄ってきた瞬間。唐突に荒っぽい場面変換が起きた。
そこはルーツェ宅兼神子拠点だ。そこの地下空間はプレートの保管を目的に作られている。したがって回収したプレートはここに片付けるのがベストだ。生贄は必要だが、見るからにシン都は人に溢れているのでちょうど良い間引きと思えば気が楽である。
むしろケースリットにあるプレートは果たしてどうするべきだろうかという問題がついて回っているのだが。
それはさておき、三人はお互いの功績を褒め称え、疲れを拭い合うため再びルーツェ茶、否、ランドール茶という方がニュアンス的に正しいか、を飲む。
それは快の地に塗れた消化管を美しい元の姿に戻していく。快には当然その様子を見ることはできないのだが、それでも文字通り体の芯からそれを感じ取ることができる。
快にとって血液とはエネルギー源であるが、それと同時に四重である自らより下等な存在の一部を直接的に摂取することでもあるのだ。それは明らかに自分の純度を下げることだ。
「今日は快君の大活躍でしたね!」
しかし笑顔のニンガル。快としても師であるニンガルにこうして褒められることは実に嬉しいものだ。
「……ああ、要点要点で全てお前が仕事をしてくれたな」
このルーツェの言葉は感謝の言葉として受け取って良いのだろうか。快自身別にルーツェと喧嘩をしたいわけではないのでこういうものは嬉しいのだが。
そんなこんなを、三人は特殊なお茶を啜りながらまったりして過ごす。勝利の余韻に浸りながら。
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「…………なんだ?」
快は目の前に広がる景色に呆然とする。
「オイッ! 我ら聖光騎士団の一人の騎士が、ここケースリット大学にて死亡したという情報が入った! 一体どういうことだァッ!」
快は瞬間的に冷や汗が吹き出すのを感じる。いざとなったら彼らを皆殺しにするなど容易なことだ。しかし、そういう問題ではない。彼らをここで殺すことは、賊の行動だ。断じて自分がしてよいものではない。
「申し訳ありませんが、一体何の話だかさっぱりわからないのですが」
ニンガルは本当に頼りになる。快と五つほどしか変わらないのに。
「とぼけるなァ! これを見ろ! こっちには証拠が残ってんだわ!」
快とニンガルに詰め寄ってくる騎士が、その手に握られた紙切れと、背後にあるあの槍兵の無残な死体を指差している。
その紙切れにはこう記されていた。
『グレイ=ジャーン、ケースリット大学敷地内にて死亡』
となると、あの槍兵の名はグレイ=ジャーンだったというわけか。別段それが重要な情報であるというわけではないのだが。
しかしここには快とルーツェがグレイを殺したという証拠が一切ない。さらに言うと、彼の首をはねた長剣はルーツェが持っている。四次元チューブの中を探られたとしても快たちにとって不利なことは何一つない。
「……それだけ見せられても……」
ニンガルが上手く困惑したフリをする。実際身に覚えがなかったとしたら、おそらくこのようなリアクションをとるであろう。
向こうとしてもすぐに捕まえるわけにはいかないはずだ。そうたかを括っていると。
「ええい! そんなことより! 貴様の衣服は血に濡れているではないか! 連れて行けェ!」
物事はそう上手くは運ばないらしい。たしかに、快のローブは今日の数々の激戦で血に塗れている。そしてそれは十分ではなかったため、ローブが元からこの色だと主張することは無理だった。快たちの相手をしていた騎士がそう言うと、周りの騎士たちが二人を取り囲み連れて行こうとした。
快は抵抗しようとするが、ふと目に入ったニンガルの顔を見て動きを止めた。
二人はされるがままに歩かされ、そして閣塔近くの厳かな、しかし決して大規模だと言うわけではない建物に入れられた。
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快とニンガルは椅子に縛り付けられている。
快は何度、目の前の奴らの身体を木っ端微塵にしてやろうかと思っただろうか。しかしそのたびにそれをやめてほしいというニンガルの思いが、何らかの形で快に伝わってくる。
それは例えば彼女の咳き込みである。それは例えば彼女の不意な躓きである。
それがなんであれ、快は自分の気持ちに何重にも蓋をしてなんとかそれを押さえ込んだ。その結果がこの有様だ。
人としての尊厳を半ば奪い、証拠もないのに犯罪者だと決めつけ、そしておそらくこの後も想像もつかないことをしてくるのだろう。
もはやいつ快の糸が切れるか、それは誰にもわからないということが明らかだった。
「…………私の部下である優秀な騎士が、死んだ」
二人の前、やや高くなったところから見下ろしてくる白銀の髪をかたくセットした壮年の男が、そう口を開いた。
「…………」
それには快のみならずニンガルも沈黙する。それほどの圧迫感を与えるものがあった。しばしの沈黙が三人の間に流れ、二人を途方もない重圧が襲う。
快は自分が正義であったならばと本気で思う。今快が彼の前でこのような思いをしているのは、全く全て彼が正義で自分がそれに咎められている存在だからだ。
もし立場が逆転していれば、今この瞬間彼の命を奪い去ってやるのにと、本気でそう思う。
「話は変わるが、君たちはここ最近の神獣の復活の噂を知っているか?」
冷たく小さい声が、しかしやけに異様に空間に響く。
「私はこれと、わがウル神国に存在するとある守護聖霊とに関係性があるのではないかと疑っているのだよ」
再び沈黙が二人を押し潰さんと襲ってくる。快は目眩を感じる。
「……まだ答えぬか。……彼らは、ウル・ディーメアという」
「……え、ええ。それくらい皆知っているようなことではありませんか?」
これ以上の沈黙はどんな手を使ってでも避ける必要がある。本能的に悟った快は自ら口を開く。
「ほう、というと?」
「というとも何も、ウル・ディーメアって奴らがいることは常識だし、神獣云々もある程度の学のある人なら皆知っているんじゃないかと思うんですけど……?」
快は当たり障りのない程度だと思われる言葉を並べる。実際口を動かしたので、ほんの少しだけめまいも落ち着いた。
しかし、それに対する目の前の男の言葉は、あまりにも突然のものだった。
「ところで、君のローブについている血は私の配下のものかな、それともウル・ディーメアのもかな」
仮に先ほどの騎士の相手をしていたならば、彼はこの血をあの槍兵のものだと決めつけてかかっただろう。そうだったならば、快の勝ちだった。
なぜならこの血は八岐大蛇と誘拐された人たち、そしてウル・ディーメアのものだからだ。しかし、それはつまりこの男を相手にしたときの負けを意味する。
この世界ではDNAが重視されているどころか生活の根底に流れるものとなっている。となれば元の世界のDNA鑑定と同様のことなど容易に行うことができるだろう。
「知っているか? ウル・ディーメアのDNAは伝説の四重らせんであるということを」
案の定だ。一体どうすればいいのだろうか。
男が声をかけると、なにやら洗濯機のようなものが運ばれてきた。それと同時に縄を解かれる快。そして縄と一緒にローブまで奪われ、そして快自身は再び椅子に縛り付けられてしまった。
ローブは男のもとまで運ばれてしまう。
「これは、リベロー草のエキスを希釈したものだ。これに君の服をつければ、全てがわかるだろう」
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勝った。
快は男があの液体の正体がリベロー草のエキスの希釈液体だと聞いた瞬間、そう確信した。
彼にウル・ディーメアの血液が灰色だということなど分かるはずもないうえ、そもそもその灰色自体朱にそまって目視することができない。さらにあれについた血液は一重二重三重四重、全てが含まれている。リベロー草が上手く反応するかも分からない。
そして何より、快の血液もまた四重なのだ。
負けるはずがない。文字通り神が味方している快が、このような下臈に負けるはずがない。
男がローブを液体につけた。次の瞬間、液体の中で黒い靄が暴れ始めた。それは絶え間なく動き、しかしどこか秩序を感じられた。
快にはさっぱりわからないので、その隣に立っている男の様子を窺ってなにが起きているのか判断しようとする。
しかしそれは叶わなかった。なぜなら、彼はローブと液体ではなく、快のことを凝視していたからだ。
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