19.ゴミ処理
神子三人に与えられた次の試練。それは、ゴミの処理だ。
ウル・ディーメアの身体は長田快がその異能でもって完全に破壊した。再生能力を持っていたあのウル・ディーメアでもさすがに無に等しいほどのかけらから完全以上の姿に戻ることは不可能だ。
しかし、彼らの目的はウル・ディーメアの討伐ではない。プレートの回収だ。神獣の問題や他に情報が漏れている可能性が否定することができない現在、プレートの回収はなによりも優先すべき事項だ。
「……こいつらの死は、何によって定義される?」
まだ先ほどの反動が残っている快は、頭を抱えて二人にそう尋ねる。
今三人が知らなければならないことは、今快が質問したことそのものだ。ウル・ディーメアの死の定義。これがはっきりしなければ今回ばかりではなく次回以降のプレートの回収にも影響を与えかねない。
しかし三人それぞれの記憶に残っているウル・ディーメアの死は、人間のそれとそっくりそのまま同じものだった。したがって今目の前のウル・ディーメアに死亡判定が出ていないことに驚いている。
そしてその認識を全員は共有する。しかし当然ながらそれはなんの役にも立たない。否、今回のウル・ディーメアが特殊であるという可能性を作った分無意味というわけではないか。
「ならばそうだな、これが特殊だと仮定して話を進めてみよう」
快の提案。二人も首肯し、話し合いは始まった。
「まずそもそものウル・ディーメアについてだ。俺はエンリルだったかな、にこいつらはエンキに造られた守護精霊だと教わったが」
何かに関係することについて推測を進めていくには、まず足元を見てその『何か』が何なのかをはっきりさせておく必要がある。
「ええ、私もです」
「……俺は、そんなこと聞いたことないぞ」
ニンガルは快と同じ認識だったらしいが、ルーツェはそもそもそんな話を聞いたことがなかったらしい。エンリルがなぜルーツェにだけ伝えなかったのかは疑問だが今は関係ない。
「俺はまだ精霊ってものに詳しくない。一般の精霊の死はどうやって定義されるんだ?」
次に類似した他の現象から探りを入れる。特別なことでもないのだが。
「精霊の死は、そうですね。人間と似ていますかね。ですが、ウル・ディーメアの方がむしろ一般の精霊よりも有機体に近しいような印象を持っていました」
つまり、今ウル・ディーメアが死んでいないということが不思議で堪らない。それが彼女の言いたいことか。したがって、今回のウル・ディーメアはウル・ディーメアとして特殊なだけでなく、精霊としても特殊な存在なのだ。
「ならば、彼が今死んでいないことと彼の驚くべき再生能力に関係性があるとしていいか?」
となると、本格的にこのような話の流れになってきてしまう。
考えられる可能性は今のところ二つだ。一つは、彼の生を支えるものは彼の体の外にあるということ。もう一つは、彼の死は別の定義、例えば魂の消失など、そういったものによるものだということ。
前者の場合この屋敷の中をかけまわらなくてはならなくなる。そしてさらにそれでも目的を達成することができない可能性すらある。後者の場合、快には解決策が全く想像つかない。仮にそうだとすればこのプレートは手に入れることはできないだろう。
否、その可能性はない。なぜなら、エンキの『ゲーム』においてプレートが回収できないなどとなればそれは単なる設計ミスだからだ。したがってその可能性は有り得ない。
つまり、この屋敷のどこかにあると思われる彼の命を保つ物の発見と破壊。それがこのゴミ処理の方針だ。
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三人はそれぞれ単独行動をすることにした。快にしろルーツェにしろ、ニンガルの名を呼べば彼女は飛んでくる。ということでニンガルは三階、ルーツェは二階、快は一階を捜索することになった。
ニンガルが現在探し回っている三階はどの部屋も立派なものばかりなので、最上階だということも合わさってそれが隠されている可能性が非常に高い。
ニンガルは奥の部屋、といってもウル・ディーメアと戦った部屋から探すことにした。ここは常から彼が様々な作業をしていた空間と思われる。
机の上には資料がある。ニンガルはそれを手に取り紙を繰る。そこにはこの洋館にいた人々の顔が描かれ、特徴や性格が事細かに記されていた。
『ミル フォールカから誘拐
獣人、召喚魔法を可能とするーーーーーー』
ニンガルはこの屋敷にいたあの雑兵や大蛇を召喚した獣人は有志かまたは徴兵的な方法によって集められていたものと思っていた。だが現実は違っていたらしい。
さらにページをめくっていくとさらに興味深い資料も見つかった。
『ケン 父ミル母チョク
獣人、一重ーーーーーー」
似顔絵を見るにちょうどさきほどのミルの息子ほどの年齢だ。となると彼はこの不衛生な空間で誘拐してきた人たちに生殖を強制したということになる。
ニンガルは嫌悪感と寒気を覚え資料を机に戻す。その後は棚に目を通す。棚の中には武器やら衣服やら、おおよそあの雑兵たちのためのものと思われるものが数多くしまわれていた。
棚の中を全て一から取り出して確認するものの何か不思議なものやオーラを感じるようなものは見つかっていない。結局この部屋にはなかったので別の部屋を探すことにした。
廊下に出てサイドにある部屋のドアノブをひねる。きいきいという音とともにゆっくりと開く扉。その中にはなんと、生活感のあふれる光景が広がっていた。
布団の少しだけ乱れたベッド、ペンの置かれた机、服のはみ出たタンス。
もしかすると誘拐された者たちはこのような部屋に住んでいたのかもしれない。ニンガルはさきほどの大量虐殺のシーンを思い出した。申し訳のないことをしてしまったような気がする。
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二階。ここはルーツェ=ランドールが捜索している。二階は半分が先ほどの戦闘の影響で死体に溢れ、体液に塗れている。したがって、仮にこの階にウル・ディーメアの命を支える何かがあるとして、それがその死の残骸にどんどん汚されるのを防ぐため、ルーツェは二階と三階をつなぐ階段の周辺からの捜索を始めた。
地面に転がる死体を跨ぎ、地面に広がる体液は靴の裏に纏わり付くこと覚悟で踏んでいく。そうこうしてついた扉、それを開くのにもつっかえる死体をどかす作業が必要になってくる。
ようやく開いた扉のその先に広がるのは、ニンガルが目のしたものと同じものだった。そこには余りあるほどの生活感が漂っていた。
また別の部屋を覗いてみるも、ここも同様私室のようだ。あり得ないとは思いながらもルーツェは棚の中身をひっくり返していく。空き巣のように。
しかしどの部屋に行ってみても出てくるのは衣服ばかり。たまに物珍しいものが出てくる時もあるが、それは大抵が武器だったりするから救えない。
ルーツェは二階の床と一階の天井との間に隠しスペースがあるかもしれないと考え、漆黒の長剣の入った鞘でもって床を叩きながら部屋を巡る。
わずかな音の変化も聞き逃さない。その思いで全神経を聴覚へと傾ける。だがしかし、彼の耳に入ってくる音は常に一定だ。一定というのはつまり、家具などの影響も考慮して一定だということだ。
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一階。ここは長田快が捜索している。一階は半分弱の空間をエントランスと上り階段に費やしているので
探すべき部屋も半分ほどだ。
快は陽魔法で安全に二階から着地し、八岐大蛇の死骸には見向きもせず左側にある部屋に向かう。当然部屋にはドアノブがあるのだが、しかし一つの部屋のドアノブだけ無くなっている。
明らかに怪しい。中を開かないでくれというあまりにも強い念はむしろ中を開いてくれといっていた。
快は扉の要望に応えてそのドアに近寄る。一歩ずつ着実に近づく景色。目の前にまで近づいた、ノブが外れて開かなくなった扉。快はそれから一メートル程度離れ、そして鎖分銅で全力で穴を開ける。中に何があるのかわからないので火球や風の魔法陣を使うことはできない。
それはそれとして、快は鎖分銅による攻撃を続ける。扉に開いた穴は確実に広がっていく。そして横方向に大きく広がったそれは扉を二分し、そして落ちた。
「ぅッッ!」
そしてその瞬間、快の鼻を過剰に熟成された死の香りが刺激した。中を覗くと、そこには腐ったり白骨化したりした死体の山がそこにあった。
それは実に醜かった。胸糞が悪くなるほど。快の美意識において、死の美しさとは加速度的に劣化していくものだ。有限なる生から生まれる美はまた有限であるべきだ。それだけの話。
快は躊躇せずそこに向けて火球を放つ。それも何発も。脅迫されているかのごとく、自暴自棄になりながら劣化した死を消滅させるべく。
快は害された気分をなんとか晴らすべく、新鮮な死のもとに歩く。
頭部であっただろう肉と骨の塊に顔を埋めてその血液を飲む。それだけに飽き足らず胴体の血液が溜まっているところにも行きさらなる血液を摂取しようとしたとき。
「…………?」
ちょうど蛇の生殖器がひっついていそうな場所に、淡く白濁した光を発する玉が快の目に入った。快は反射的に爆散の異能を発動する。生き物以外にこれを使ったことはないが、とりあえずこれは爆散した。
その瞬間、快は再びあの光に包まれた。
優しい藤色の光は、快の精神をまるごと全て覆い包んだ。
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