17.突然の防衛戦
「お二人はここで敵襲に備えていてください! 私はイアンナ様を正規軍本部まで避難させます!」
ニンガルはそう言うと再び影に消えた。そういえば本物の転移『魔法』はニンガルのこれと若干様子が違かった。快はこちらの方が好みだが。
相手は転移魔法を扱うことができるのだ。それがケースリットの内部にまで可能であるのなら、こうして中庭で待っていると言うのは実に合理的ではないのだが、ニンガルとルーツェは普通の顔をしていたのでこれで良いのだろう。
もしかしたら彼らは『正義』を振りかざして正面から割っていかなければならないのかもしれない。実際のところはわからないが。いや、ケースリットに来たことがないのかもしれない。転移魔法と転移の異能は異なるものだから。
快が一人であれこれと考え、ルーツェが黒剣を何度も握り直していると、小さな人影が正門の方から近づいてきているのがわかった。
「一人か……」
ルーツェがそう溢す。そう、相手はあの槍兵たった一人だ。先ほどのやり取りで既に彼がただの槍兵の域を遥かに越えていることは分かっている。しかし相手が一人でこちらが二人だと言うだけでなかなか心強いというのもまた事実だ。
「わざわざ出迎えてくれたのか。結構」
彼はこちらとの距離が詰まってくると声をかけてきた。先ほどまでとは若干雰囲気が違う。簡単に言うと、殺意を隠していない。殺さないと言っていた気がするが。
「どうして子分を引き連れてないんだ?」
一応疑問に思ったことを聞いてみる。何事においても知ろうとすることは大切だ。特にこれを聞けばその他の情報までーー
「どうしてって、事後報告の方がカッコいいだろ?」
事後報告の方がカッコいい。そうなのだろうか。だがそんなことよりも一つ重要な情報を彼は漏らした。彼は本当に聖光騎士団の二強なのだろうか、自分がまだ本部に連絡していないと漏らすなど。殺してくれと言っているようなものだ。
しかし彼の転移は実に厄介だ。転移可能な範囲が広がらない内に異能をくらわさなければならない。だがそれが難しいことだというのは既にわかっている。あるいは自分にもルーツェと同じ索敵の異能があれば。快はいつかの神子専用ジムでのことを思い出す。
「いや、なんでも一人でやろうとするのがいけないんだ。索敵のできるルーツェを頼りにすればついでにあいつも父親の仇を……!」
すでに間合いは槍からしてあと一歩のところまで来ている。ルーツェは黒剣を固く握り直し、騎士はそんなルーツェを見て笑う。
「我がエンキ神の代理人として賊を討ち殺す!」
「ん? ウル・ディーメアに怒られねぇか?」
快は首を傾げる。先ほど言っていたこととは異なることに驚きと疑問を隠せない。
「あの方から既に許可は下りている。あの方は人を殺すことだけでなくその死体にまで興味をお持ちになっているのだ。したがって貴様らが生きていようが死んでいようが、それは大した問題ではない」
「おおなんと! 俺と一緒じゃなーー」
快はそう言いながら異能を発動して爆散させようとする。しかしそれは彼の一メートル程度の転移にかわされる。快は舌打ちし騎士は槍をまわす。
「真っ黒なお前から殺してやる」
卑怯な手を使った快のことは咎めず、騎士がルーツェに槍先をむけた瞬間。ニンガルが快の隣に転移してきた。それがこの状況を変えたわけではないが。
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屋外でより自由に体を動かすことができるようになった二人の戦闘は実に激しい。転移魔法と訓練の成果から生まれる、一対一の戦闘において最高のパフォーマンスを見せる騎士。エンリルから授かった、索敵と剣筋や体捌きの補助の異能を駆使して『人を殺す』ためだけに剣を振るルーツェ=ランドール。
一秒の間に幾度となく金属がぶつかり合う音が聞こえるが決して血潮は吹き出していない。それだけの対等な戦いが目の前で繰り広げられていた。
「イアンナは?」
そんな中でも快はやはり彼女のことが気になる。
「……あそこならよくしてもらえますよ」
しかしニンガルはそれしか答えない。やはり今まで自分が守ってきた『城』で戦闘が起きていると言うのはなんとも言えない辛さがあるのだろうか。
快は目の前の戦いに助太刀したいのだが、ルーツェの敵討ちという意味合いも考えるとそうしゃしゃり出るのも良くないように思われる。
それはどうやらニンガルも共通の認識らしく、二人は動けないでいる。当然、だからと言って二人だけでウル・ディーメアに挑むというのも不安になってくるものだ。
騎士は他のメンバーを呼んでいないということであり、したがって目の前の敵は彼以外増えることはない。すっかり手持ち無沙汰になってしまった。
快が意識を飛ばして思考の海を漂っている間、戦況は変化していたらしい。
槍兵の武器が双剣になっているのだ。外見的特徴を考慮するに、あれはあの槍を分解したものだ。それはむしろ槍以上に彼の戦闘スタイルに合っている。
転移魔法と持ち前の肉体でもってルーツェの防御の隙間を縫うように剣撃を浴びせている。ルーツェは紙一重のところで避けたり防いだりしている。しかしそれも全てには追いつくことができず、仮面に傷がつき衣は少しずつ断たれている。
はっきり言おう。彼はニンガル以上に強い。
転移の扱いこそニンガルの方が上であるが、体捌きや剣捌き、そしてそもそもの武器の攻撃力においてあの騎士の方が勝っている。
ルーツェの身体にも限界が来ていそうだ。腕の上がりも遅くなり、肩で息をしている。索敵こそ異能で出来ているがそれに対する適切な反応を取ることができていない。このままでは絶対に負ける。
快がそう思うと、ニンガルが目の前の戦闘に割って入った。転移することができるもの同士の戦いは、決して視覚では正常に認識することができない。
雷と雷がぶつかっているようだ。一瞬の隙も存在しないそれは快から参戦の機会を奪った。騎士がニンガルとの戦闘から離れない。それは先ほどルーツェを真っ先に討ち倒すと言っていたことを考慮するとニンガルはよくやってくれているということだ。
だがしかし、いつ何が起こるか全く分からない。快はルーツェのもとに駆け寄った。
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快は棒立ちで息を整えているルーツェに近づくと、まず全身の様子を確認した。
ところどころ肉が裂かれており、血液もそれなりに流れている。彼のシルエットをぼやけさせていた影のような衣もなかなかみすぼらしいものになっていた。
「……ルーツェ、お前はあいつを殺したいのか?」
快はルーツェの見えない瞳を透視するかのように覗き込みそう尋ねる。視界の端で火花が散り金属がぶつかり合う音が聞こえる。
「…………ああ」
間を置きながらも力強い返事が返ってくるが、むしろこれは面倒なような気がする。
「それは、万全な状態のじゃなきゃ満足できないか?」
ルーツェが黙る。葛藤しているのだろう。彼を殺すことを優先するか、キチンと父親の仇を討つために全て自分でやり切るか。
「お前も分かったろうが、あれは相当強い。だから俺があいつをちょっと痛めつけて、その間にお前が殺すんだ」
快のすすめ。ぶっちゃけルーツェにもこれはかなり魅力的だ。しかし彼にも誇りやらなんやらはあるわけで、すぐによろしくとは言えないのだ。そうこうしているとーー
「拒否してないからやるぞ」
快はそれだけ言うとルーツェの傷口に舌を差し込む。
「ッッーーーー!!」
ルーツェが仮面の下で苦痛の声を上げる。それと同時に快の口の中に広がる甘くて深い生の香り。それは全身へと広がっていき、とてつもないエネルギーを与えてくれる。
そしてそれは、今までにない不思議な感覚をもたらした。視界に収まっていなくても、どこに敵がいるのかはっきりと分かる。それと同時に、この状態を維持することができるのは実に短時間であるということもはっきりと分かった。
そうと決まればすることは一つ。
快は目を瞑り、脳に直接注がれる騎士の存在に集中する。それは様々なところを転々としながら、しかしある程度の規則性をもって全身を回転させている。
「ハッ! やっぱこりゃ人の技じゃねぇな!」
口元を歪めてそう呟く快は、意識の中で少しずつ騎士にズームアップしていく。画面も追いつくようになり、彼の肩は常に快の注意の中だ。
まだあと少し。まだ。まだまだ。ーーーーーーここ!
「ガハッッーー!!」
突然両肩を失った騎士が地面に転がる。
肉片は遠くに吹っ飛んでおり、そこにあるのは一瞬で意識が無くなりそうな状態になってしまった、死にかけの騎士の身体。
「ほらよルーツェ、殺しちまいな」
快は振り返ってルーツェを見る。快に彼の表情は全く見えない。だがそれでも常は彼の感情くらいは察知することができたのだが。今回はそうもいかなかった。
すでに疲労度は若干回復している彼は死にかけの騎士にゆらゆらと近寄る。
騎士は死ぬ直前特有の、喉の筋肉に力が入らなくなるが故のいびきのような音を出している。ギリギリ繋いだ意識をなんとか紡ぎ、歩み寄るルーツェを焦点の合っていない瞳で見つめる。
「…………ランドールの男は、親子……揃って……こーーーーーー」
騎士のだらしない顔面の首が、宙を舞った。
この世界のどこかの資料に新たな文が魔法で追加された。
『グレイ=ジャーン、ケースリット大学敷地内にて死亡』
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