16.想定外
遅れてしまい申し訳ありません!
三人の周囲をぐるりと囲むように、人間や獣人が武器を構えている。中年か青年の二つの年齢層しかいないあたり彼らも……
実際問題そのようなことはどうでもよいのだが、それでもやはりこのような方法を取ったり前世代の神子の死体を吊り下げたりするあたり、今回のウル・ディーメアはたちが悪い気がする。
「おい、お前ら。お前らは俺らとこうして向き合うことをどう思っている」
快は剣やら棒やらを構えている敵に向かってそう言い放つ。しかし彼らは全く何もリアクションを取らない。ただ感情のない瞳で快の顔を見つめるだけ。
「ああ、別に俺はお前らの答えによっては助けてやろうだなんて、そんな聖人君子のようなことを言うつもりはない。ただこうして誘拐してきた一般人を使役するウル・ディーメアはその駒にどう思われているのか、それを知ることは今後の俺に関わる可能性もあるという話だ」
快の冷たい言葉が廊下に響く。
すると目の前の集団の中でもとくに白髪やシワの多い、年齢を考慮すると相当のストレスにさらされているのだろうとすぐに分かる男が口を開いた。
「…………面白くは、ありませんね」
「そうか」
次の瞬間、その口を開いた男の上半身が爆散した。四方八方に飛び散る血肉と、その破裂音が戦闘開始の合図だった。
快が死人花を咲かせるように命を奪い去っていく。ニンガルが蜂のように素早く確実に、そして蝶のように優雅に命を貫いていく。ルーツェが死の化身のようにその剣を振るうたびに命を斬り捨てていく。
神子三人此処にあり。
彼らの異能はまさにこのため、選ばれし少数でもってその道を阻む他者を蹂躙していくためにある。
床はもはや普通に歩くことができなくなるほどに死体が転がっている。歩くたびにこぼれ落ちている体液が靴に絡まり、ぬちゃぬちゃと気味の悪い音を立てている。
圧倒的な戦闘力の差で、人数の差はもはや無視できるほどのものになっていた。残った五人は命乞いをするでもなく、無表情の裏に隠し切れない激情をたたえながら三人に斬りかかる。
それをルーツェが一太刀で切り崩し、あっという間に戦闘は終わってしまった。
「ゔげぇ、まさかコイツらほとんど一重かよ。一重のなんか舐めたことなかったけどこりゃあひでぇな」
快はお決まりのように床に溢れている血液をゆびで絡めとり舐める。その味はとてつもなく酷かったらしく、快は口角を限界まで下げて口の中身を吐き出す。
口直しにと袖をまくり、四重の血液をいただこうと思ったところ、快はあることに気がついた。
「ローブきったねぇ!?」
白いローブが返り血やらその他の体液やらでかなり汚れてしまっているのだ。これを街中で着ていようものなら、むしろ自分は怪しいものですと言っているようなものだ。
「快君、膝のあたりなんかもっと酷いですよ?」
ニンガルにそう言われて確認してみると、確かにこれはさらに酷かった。おそらくあの対八岐大蛇戦が終わった時に血溜まりに膝をついた時だ。膝のあたりとなるローブの端が丸く赤くなっているのだ。
「もういいわ、なんなら真っ赤に染め上げてくれるわって感じで」
快は自分にそう言い聞かせて階段に足をかける。先ほどは階段を上るという作業を途中で中断させられてしまったので、こうして最初から最後まで上がることができることを純粋に嬉しく思う。なんでも安全が一番だ。
外から見た感覚ではこの建物は三階建て構造のはずなので、この階にウル・ディーメアがいるはずだ。索敵することのできるルーツェを先頭に三人は歩く。
「……この先に一人立っている者がいるぞ」
ルーツェが後続の二人にそう伝える。やや前方に見えるのは木製の扉。この先にウル・ディーメアがいるのだろう。快は二度目となるプレート回収に向けて心を入れ替える。ウル・ディーメアとの戦闘は、全く快楽とは無縁の本気の殺し合いだ。
「よし、俺が扉を開けたら皆で入るぞ」
ルーツェが二人を振り返る。指で五からカウントしていく。あと四。今回のウル・ディーメアは一体どのような相手なのだろうか。あと三。前回の相手はなかなかクセの強い相手だった。あと二。しかし神子三人で挑む今回は負ける気がしない。あと一。いずれにせよ快は自分の全力を出し切ればいいだけだ。ゼロ。
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「うん? お前あいつか? なんでこんなとこにいるんだ?」
快は中に立っている人物を見るなり拍子抜けした声を出した。そんな快を見て、目の前の人物も驚く。理由は異なるものだったが。
「まさか本当にここまで進んでくるとは……さすがの俺も驚いたな」
快たちの目の前にいたのは、ウル・ディーメアではなく聖光騎士団の騎士だった。それも閣塔で門番をしていた二人のうち、快があまり話さなかった方だが。
「聖光騎士団とエンキは繋がっていても、ウル・ディーメアとはつながっていて欲しくなかったんだがな」
聖光騎士団もウル・ディーメアも、エンキのために作られたものと思えばこれを覚悟することなど容易いはずだったのだが、彼とはそれなりの顔馴染みであるのでそれは予測にとどめておいたのだが。現実はそう甘くないらしい。
ニンガルとルーツェも目の前に聖光騎士団の一人がいることに驚いている。特にルーツェは。否、彼は驚いているのではない。
ルーツェはギリギリと歯軋りをして目の前の男を睨んでいる。
「なんだ貴様、俺のことを睨んでどうかしたのか」
そんなルーツェの様子に気がついて、目の前の騎士がルーツェに声をかける。ルーツェはそれに対して吠えた。
「俺はルーツェ=ランドールだ! 父上の仇、討たせてもらうぞ!」
そう言いながらすでに鞘から抜けている黒剣を構えて走るルーツェ。彼の父親は正規軍の騎士だったか。事情はさっぱりわからないが、まあそういうことだろう。
騎士はいつも手にしていた槍を構えてルーツェを返り討ちにしようとする。ルーツェは肩のあたりに伸びてきた穂先をゆらりとかわし、相手の懐に入る。この距離まで入れば槍はどうすることもできないはずだ。
「死ねェェッ!」
ルーツェの絶叫とともに振り下ろされた剣は、しかし空を切った。
「なッッ!!」
ルーツェが横を見る。快たちもそちらに視線を向けると、そこにはあの騎士がいた。
「……転移魔法か」
快がボソリと呟くと、騎士は反応した。
「その通りだ。俺はこれで聖光騎士団二強の座についた。これで貴様らを刺殺してやってもいいんだが今回はそうもいかない」
騎士はそういうのだがルーツェは聞く耳を持たず、再び剣を構え直して騎士に向かっていく。だがそんな攻撃が当たるはずもなく、騎士は自由自在に転移してはルーツェを鼻で笑う。
「ルーツェ、やかましいぞ」
快は子供のように暴れ回るルーツェに嫌気がさし、騎士が転移した一瞬の隙に殺意を溢れさせる。快に瞬殺されたことのあるルーツェはその本気の殺意を感じ、ギョッとした顔で快のほうを振り向き、そしてようやく黙り込む。
「どういうことだ、説明しろ」
快はやっとの思いで彼との会話にありつくことができる。と思いきや、ルーツェはその口を開かない。ただギュッと口を結んで騎士を睨んでいる。
「俺は貴様らに確認しなくてはならないことがある。それから神子はあの方のために生かしておかないといけない」
騎士はその会話の間に言葉を滑り込ませる。なるほど神子である快たちを殺さずにウル・ディーメアに献上しようというのは、前回のウル・ディーメアの様子を思い出すに納得できる。
「……確認したいこと?」
だがしかし、確認したいこととは一体なんであるか。快たちはさっぱり見当もつかない。
「ああ、確認したいことだ。…………お前とお前はタイラーゲート家の者ともプレートを強奪したろう」
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「なるほど、やはりそうか。ならば彼らにも至急裁きを加えなければならぬな」
快は目の前の騎士の発言に目を丸くする。神子一行は、先ほどの彼の質問に対して否定の言葉を述べた。それなのに彼は不敵な笑みを浮かべ快とニンガルの顔を覗き込んでくる。
もしかしたら彼も相手の考えを読むことができるのかもしれない。実際、転移魔法を扱え、かつ相手の考えを読むこともできるのならば、彼が聖光騎士団トップツーだということも納得できる。むしろ彼よりも強い人間など存在しうるのか疑問になる。
「……二強と言っておきながら一番強いなんて無いよな……いや、二強って表現ならそれはあり得るか? いやでもそれなら最強と言えば……」
快は一番最初に誘拐した主婦を思い出してそう思案する。あの頃はカッコつけていながらも、やはり誘拐という行為は精神を削った。
違う、今はそんなことはどうでもいい。今こいつを始末しなければタイラーゲート家は国から追われる身になってしまうかもしれない。
そう考えながら騎士の身体を木っ端微塵に吹き飛ばすことに意識を向ける。そして次の瞬間。
「せいぜい頑張るんだな」
騎士はそれだけ残すと歪んだ空間に吸い込まれた。
「オイ! ヤバイぞ!」
ルーツェは騎士が消えた瞬間にそう叫ぶ。先ほどから取り乱してばかりのルーツェだが、これは先ほどまで以上に取り乱している。
「あいつらは平気で市民を殺す! お前らの本拠地に行かないと、取り返しがつかないことになるぞ!」
なんと。今ケースリットにはイアンナしかいない。時間帯的にも寝ている隙を取られる可能性が高い。
「いや大丈夫だろ。魔法陣で敵意を持った奴の侵入は防げるんだろ?」
だが快は冷静だった。ケースリットの特徴だ。だがそんな事実じみた期待はあえなく砕かれた。
「違うんだ! 奴らは『神の騎士団』の名の下で活動している! それこそ正規軍本部レベルじゃない限り、どんな魔法陣も破られる!」
「そうです快君! 仮に安全だとしてもイアンナ様の安全はお守りしなければ!」
そうか、それもそうだな。念には念を、とよく言うものだ。
「確かに、そうだな。あれがタイラーゲート家とプレートの関係を知っちまったんだ。殺さないと神獣云々で国民からの反感とか買うかもしれないしな」
ニンガルとルーツェはあの頑固な快がこうすぐに意見を変えたことに笑顔で顔を見合わせ、そして三人は肩を組む。
次の瞬間、三人はケースリットの中庭にいた。
ところで、神子三人の発言優先度が本人たちの無自覚のうちに決定しつつあることが何によるものなのか、それは誰にも分からない。なぜなら本人たちが無意識であるのだから。
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