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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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11.フォールカの町へ

 



 快は朝食を済ませると、イアンナに行ってきますと言ってから部屋を出た。もしもの時のために四次元チューブの中身もチェックし終えている。野獣だろうが魔獣だろうが盗賊だろうが、襲ってきた奴らは返り討ちにすることができるはずだ。


 大理石でできた、必要以上に豪奢な階段を降りて行き、そのまま一棟を出て大学の正門に向かう。多くの学生が入ってくる門を一人黒髪の少年が出て行く光景は、誰が見ても違和感で溢れていた。


 快は大勢の視線を感じながら下を見て歩かざるをえない。快にはこの視線の中真っ直ぐ前を見て歩くことなどできない。こんな時ルーツェのように仮面があればどれだけ良いだろうかと一瞬考えたが、仮面を付けているとなるとさらに悪目立ちしそうなので、むしろ黒髪を隠すことができるフードの方が良いだろうという結論に至った。フードなら旅人が時折被っているのを見るから。いずれにせよ今は多くの視線に曝されているわけだが。


 快はイアンナとエレシュと共にマリナの街へと出掛けた時と同様に、門を出てから少し坂を下って行き馬車に乗り込む。


 この馬車もマリナの街へ行った時と同じものだ。貴族であることがバレると厄介な時使われる馬車で、全体的に茶色っぽいそれはキチンと整備されていない部分も残した状態を保っている。


「本日もお願いします」


「ええ、なんなりと」


 快は御者と一言かわすと、馬車は出発した。


 現在馬車はシン都の中を下層に向けて下っている。シン都は馬車よりも人間の移動を重視しているのでスピードを出すことができないが、朝早くなので比較的ストレスの無い速さだ。


 フォールカの町とは、すでに述べたとおり北国であるキール共和国との国境沿いにある小さな街だ。気温はシン都と比べてかなり下がるそうなので、防寒のしようが無かった快は少し不安に感じている。


 快は特にやることもないので、一日一回限定の神子専用ジムへと行くことにした。今日は実験としてカウントが終了する直前にニンガルを爆散させてみようと考えている。その言い分が『ニンガルはこの戦闘が始まる前に自分の元に転移することを可能にしている』だ。


 つまり、相手はこの戦いが始まる前から手をうっているのだからこちらもカウント終了前に手を出したって文句言えないだろ、と言いたいのだ。


「さぁて、どうなりますかねー」


 次の瞬間、目を閉じた快の意識は別の世界へと引っ張られた。



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「貴様も変態だな。毎日殺されにやって来るとは、この俺の神子の中でも珍しい」


 エンリルは快の目を覗き込んでそう言った。彼にこのようにされると、自分のフライング作戦が見抜かれてしまうのではないかと不安になって来る。むしろその不安そうな様子の方が多くを語るということに気づかずに。


「まあよい、では今日もニンガルに殺されるがよい」


 彼がそういうと、十メートルほど離れたところにニンガルが現れる。これだけ離れていれば返り血を浴びずに済みそうだ。


「サン! ニ! イチ! ゼーー!」


 作戦通りカウントが終了する直前に快は異能を発動する。血液が少し持っていかれるような感覚。血圧の低下による軽い目眩がほんの一瞬快を襲うが、むしろそれは支障をきたさない程度なので快感すら覚える。


 そして、目の前ではニンガルだった肉が腰のあたりに花を咲かせたように上半身を爆散させていた。倒れたその肉塊には鮮やかなピンクの花びらと純白のしべがある。そしてその周辺には花びらよりやや濃く暗い色の蜜がたまっている。肉片はもはや原型を失っており、この真っ白な世界に点描で背景を付け足そうとしたかのようにすら見える。


 快はその蜜がとびきり美味しいことを知っている。十メートルの距離をダッシュで抜けて、その蜜にありつく。


 舌が触れた瞬間口の中に広がるのは豊潤な生の香り。この世界でもごくごく限られた存在にしか再現することができないこの液体は、快にその生の力を与えてくれるようだ。


 しかし快がそれを堪能していると、その蜜は花とともに消えてしまった。代わりに新たな『蕾』が現れることもなく、快はがっかりとしてエンリルの方を見る。抗議の思いで。


 その瞬間快の脳は正常に活動する。この瞬間まで何が起きていたのか。そして、自分が先ほど何をしたのか。エンリルに何か罰を与えられるのではないか。そんな不安が彼の頭の中を駆け巡り始めた瞬間。


「ハハハハッ、やればできるではないか。流石最強の神子だ」


「え?」


 エンリルは今の快の選択に文句がないどころか感心したらしい。満足気に笑うその様子は、まさに自分の息子の成長を喜ぶ父親のもののようだった。


「あの……僕が聞くのもおかしな話なんですけど、今のってズルじゃないんですか?」


「殺し合いにズルも何もない。それこそ俺が貴様ら神子同士で戦わせた時に言っていたではないか、一瞬でも隙があればそこをつかなければならぬと」


 あれは戦闘中の話で戦闘前までは適用されないつもりだったのだが。しかし彼がそう言うのならばそれでよいのだろう。


「快、戦闘は顔を合わせる前から始まっているのだ。どれだけ先に仕掛けられるか、どれだけ気付かれずに先手を打てるか、どれだけ相手の隙を見つけられるか、どれだけその隙につけ込めるか。これをせずに律儀に闘う馬鹿どもが騎士だ。だが貴様は騎士ではない、俺の神子だ」


 そうか、その通りだ。殺し合いとはつまり、他流試合以上に例外的であるはずなのだ。他流試合でも試合環境は平等になり得ない。それ以上に平等になり得ない殺し合いで真っ向から向かって行くなど愚の骨頂だ。


「あれ? でもなら何故ルーツェはあんな戦い方を?」


「彼は正規軍の中でも優秀な騎士だった、今は亡き父の背中を追いかけているのだよ」


 ルーツェの父親が優秀な騎士。たしかに戦い方にはそれらしきものが見える時もあるが、あの雰囲気が騎士の背中を追いかけている者のものだとは思えない。いや、軍の騎士ならあれが普通なのかもしれない。ファンタジーの読み過ぎによる先入観か。


「でもそれじゃああんたは不満じゃないの?」


「いいや、彼はそれでも強い。だから異能も選んで与えたのだ」


 確かにルーツェは強い。ニンガルの転移も全てあの長剣で防いでいた。あれが彼自身のセンスと二つの異能から来るものだと言われたら、確かに納得だ。


「彼の話はどうでもよい。今日の練習はかなりためになったろう。今後も念頭において日々生活するんだ」


 快はこの日初めて、エンリルのことを認め尊敬したように感じた。




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「……さむっ!」


 目を覚ました快は、その気温の低さに驚いた。当然北上するのだから気温が下がるのは当然なのだが、体感だと雪が降ってもおかしくないような寒さだった。原理はよく分からないが、元の世界とは少し事情が違うらしい。それからついでに言うと何時間も座っていたらしいので腰が痛い。


「長田殿。あと少しで着きますが、備品のローブをお召しになりますか?」


「え? ええと、大丈夫です。向こうに着いたら買ってしまおうかと」


「左様ですか、出しゃばった真似をお許しください」


 御者が前方から寒さを心配して声をかけてくれた。さすが貴族の専属御者となると違うものなのだろうか。快がもじもじしそうになってしまうほどの丁寧さだ。


 御者によるともう少しで着くらしい。快は窓の外を眺めながら揺れている。窓の外にはその寒さによく似合った針葉樹林が広がっている。


 なにか動物もいないかと目を凝らしてみても特に見つからない。そういえばフォールカで神獣と出会うなんてことはないだろうか。ここにはまだプレートが残っているので問題はないとは思うのだが。


 だがしかし、そうなると観光地であるマリナには神獣が出てくる可能性があると言うことになるのか。快は先ほどまで感じていたのとは違う寒気を感じ、プレート回収に対するモチベーションをさらに高めた。



 そうこう考えていると、馬車が減速し始めた。到着したのかと思い窓の外を見たが、そこはまだ針葉樹林の中だった。


「どうかしましたか? まさか獣?」


「いえ、町の入り口に到着したところです。おそらく馬車でこれ以上は進むことができない可能性がございます。見張りにそういったサインを送られているので」


 なるほど、乗り入れ禁止か。帰りはニンガルに一緒に転移してもらえば済む話だ。ここで御者に帰ってもらっても全く問題ない。


「そうですか、なら僕はここでおりますね。御者さんは先に帰ってもらって構いません、というか、帰ってください。何時間もありがとうございました」


「いいえ、それが私の職務ですから」


 ということで、快はここで馬車と別れた。




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 快は寒い森林の間に作られた道を歩きながら、前方にある木製の門とその左右にいる見張りの様子を見る。彼らは先ほどからずっと快達の様子を見ていたのでようやくかといった様子だ。


「お前は何のためにフォールカに来た」


 門の前に着いた快に放たれた彼らの第一声なのだが、なんとも威圧的だ。客人に対する態度ってものを知らないのだろうか。これだから田舎者は。


「僕の祖父がここの出身でして、フォールカの町をべた褒めしていたので一度来てみたかったんですよ」


「なるほど、ならば歓迎する。入れ」


 子供でもわかるような適当な嘘をついたのだが、何故か通してくれた。もしかしたら何かNGワードを設定してそれさえ言わなければ通ることができるのだろうか。


 大きな木製の門をくぐると、そこには門と同じように木で作られた家々が立ち並ぶ、人間と獣人が共存する素晴らしい町が広がっていた。




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