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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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10,罰と償いと抹消

 



 快は目を覚ますとそそくさと朝食を済ませてケースリットを出た。今日も生贄を捧げなければならないのだ。生贄を誘拐することも回数を重ねて慣れてきたところだ。今では罪悪感など微塵も感じない。やはり慣れとは恐ろしいものだ。


 しかしあの日、神獣とプレートの関係性を知った日から快の頭の中では神獣の増加のことがぐるぐると回っている。ニンガルはクローヴィスの指示を待つと言った。たしかにクローヴィスがこの件に対して何も策を講じていなかったとは考えにくい。


 快もそれ、つまりクローヴィスの指示通りにするということには賛成だろう、もしクローヴィスの指示を今すぐ仰ぐことができるのならば。しかし現状は違う。クローヴィスはエレシュとともにこの間の戦闘で受けた負傷の治療であと約一ヶ月間の入院を要する。


 噂というものは一瞬で、恐ろしいほど一瞬で広まるものだ。それは快が実際に身をもって知っている。噂が広まれば当然それなりの力を持った集団、例えば二つの軍に情報が渡り、彼らもプレートが盗まれることを警戒するようになるはずだ。そして結局プレート回収が困難になる、なんてことも十分に考えられる。


 つまり、快は今早急で正確な初手が必要だと考えているのだ。それによって今後の展開が大きく変わってくる予感。しかしどうしようもないというのも現状であり、快はとりあえず目の前にある生贄の誘拐という仕事に取り掛からなければならない。




 快はすっかり慣れた様子で路地裏にある人通りの少ないところでヤンキー座りをして獲物を探す。すると果たして二人組の若い男がやってきた。


 彼らはオラついた様子で歩いており、その歩き方に虚栄の余裕がありありと見える。そして大抵そういう奴らは実力が伴っていない。ここで二人とも捕まえておけば明後日はわざわざ街に繰り出す必要がなくなる。行くしかない。


 快は二人が自分の前を通って行った瞬間、プリセッターを使用してクローヴィスからもらったあの戦闘服に着替える。大抵はこのプリセッターの音でターゲットは振り返るのだが、今回の二人は振り返らずオラオラと歩いている。


 これは大チャンスだ。快は速攻で二人の首を二本のナイフの鞘で思い切り叩く。瞬間的な衝撃を急所に受け、二人はなすすべもなくその場で崩れ落ちようとする。


 それを腕で受け止めすぐさま肩に担ぐと、快は闇の中へと駆けて行った。その一部始終を見ていた人間は誰一人いなかった。




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 拠点に着くと、中にはルーツェがいた。彼は二人担いできた快を見てわずかに驚いたような顔をした、ような気がするが、それも仮面で見ることができない。快の意を察したのであろう、何か言葉をかけるでもなく彼は手元の作業に没頭し始めた。


 快は地下に行くと、手慣れた様子で一人を紋様の上に寝転がせた。生贄は意識がある状態でなければいけないというわけではないらしい。生贄はみるみるうちに石となり、塵となり、煙となり、そして消える。


 もはやこの作業にも何も感じない。淡々と途中でくすねてきた麻紐でもう一人の生贄を縛り部屋の隅に放り投げると、快は上の地上階へと上がっていく。今日はルーツェにも用があるのだ。


「おい、シン都で噂になっている神獣の同時複数体発生のこと知っているか?」


「ああ知っている。だがそれがどうしたんだ?」


 ルーツェはどうやら神獣とプレートの関係性を知らないらしい。ニンガルの口調だと一般常識のような印象も受けていたのだが、果物屋の店員も知らないようだったのできちんと教育を受けた人間しか知らないのかもしれない。


「それがプレートの現象、つまり俺たちの回収と関係があるらしい」


「そうか、なら早く十三枚集めなければいけないな」


「は?」


「だから早く集めなければいけないと言っているのだ。プレートの所有者が分散すると世界が不安定になるのだろう? エンリル神を復活させれば、この世界には真の平和と安定がもたらされるのだ。つまり、早急にプレートを揃えれば問題は解決される」


「そうか! それがあったか!」


 迷ったら行動しろ。昔からよく言われている言葉だが、快はこの言葉をここまで偉大だと思ったことはなかった。精神論の馬鹿共が使う、なんとかなるさ論だと思っていた。まさか行動すること自体がその問題の解決になるとは。


 快は本当はルーツェにどうしようか相談しようと考えていたのだが、彼の一言でその問題は解決されてしまった。


 しかし、クローヴィスとエレシュが離脱している今、プレートを回収するには神子三人での行動が必須となる。そのためにはルーツェとニンガルを説得しなければならないのだが。


「お前らのところのリーダーは今動けないんだろう? ならば俺ら神子三人で行くしかないだろう」


「ーールーツェぇ! よっしゃ! 行こうぜ!」


 快はここ数日間ずっと悩んでいた問題をルーツェに協力してもらえることになり一気に安心する。嘘をついているのがバレそうになったときに事故が起きたくらいの安心感。


 思わず顔が綻びる快を見てルーツェも悪い気はしていないようだ。肩を叩く快の手を払うこともなく、されるがままだ。


「よし、ニンガルさんは俺が説得するから、その時またここで話し合おう!」


 弾む快。プレートを回収すること自体はクローヴィスの意にも反しない上に、彼女も最終的にどちらに着くかは決めかねているらしいので、とりあえず集める、という行動も彼女の意に反していない。


「なんです?」


「ぎゃっ!」


 突然ニンガル本人の声が聞こえたので、快はその場で飛び上がる。彼女は快が名前を口にしたら自動で転移するようにでもなっているのだろうか。明らかに異能の範囲を超えている。


「もしかして聞いてましたか?」


「何をです?」


 聞いていなかったらしい。となると本当に快が名前を口に出してから現れたということになる。盗聴器でも仕掛けられているのだろうかと不安にさえなる。


「ええと、プレートを全て集めれば神獣増加の問題もなんとかなるはずなので、神獣の増加がさらに目立つ前にさっさと集め切ろうという話です」


 思考するニンガル。おそらく彼女の頭の中には集め切った後のことが回っている。選択肢は二つだ。


 一つはエンリルの復活。代表の中でも最高の力を有していた彼が復活すれば『神獣の横暴』は止めようとしなかった彼でも『国の危険』を排除するためなら力を貸してくれるはずだ。


 二つ目は代表の復活だ。これは神子としてではなくケースリット陣営としての選択だ。プレートの力の主である代表が復活すれば、エンリル同様に国の危険は排除してくれるはずだ。


「ええ、いいですね」


 ニンガルは快諾してくれた。となると予定を立てなければならない。いつどこへ行くか。


「それでは、第一回神子之石板回収会議を開始する!」




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 快はいつも通り机の椅子に腰掛けている。元の世界でも快は常に自分の机についていた。勉強はもちろん、ゲームやスマホを触るのも自分の机で行なっていた。


 快は今日拠点で話し合った今度のプレート回収についてを紙に書き留めていた。


 このプレートを回収することで、各保有プレート数は神子陣営三、ケースリット陣営三、ウル・ディーメア陣営七となる。


 実行は一週間後、つまり十三日後の午前零時から。ウル神国北部のキール共和国との国境近くにあるフォールカという小さな町の外れにある、古い屋敷に行くことになっている。


 それに際して、快は明日フォールカまで下見に行き、そこでニンガルを転移で呼ぶことで、フォールカまでの転移を可能にする必要がある。


 快は神獣の増加から国を守るという名目で早急な行動を取れるようになった。彼の中の罪悪感も一切消え、むしろ自由になったほどだ。


 そのためには明日の馬車を手配してもらえるよう、イアンナに頼み込まなければならない。快は部屋を出てイアンナの部屋へと向かう。そういえば彼女の部屋にお邪魔したことは今までなかった。


 ノックすると中から静かな、しかしよく通る声でどうぞと言われた。快は若干どきどきしながらドアノブをひねる。


 中は驚くほどシンプルだった。女の子の部屋というよりむしろ自分の部屋に来たような感覚。そんな中で先ほどまでの自分と同じように机に向かっていた彼女を見ると、何となく嬉しい。


「ごめん、邪魔したくないから手短に済ませるんだけど。明日目立たない馬車を手配してくれないかな? 少しだけだから」


 イアンナは当然な反応ではあるが怪訝な顔をする。


「どうしてです?」


「その、今この状況でもプレート回収のためにやれることはあるんじゃないかなって思ったんだ。クローヴィスさんとエレシュはいないし、街では神獣云々が噂になってる。イアンナも気付いてると思うんだけど、今は前に進み続けることが最善策なんだよ」


「そう……そうよね。今更どうしようもないんですから。前に進むことこそが解決につながるはず、ですよね。わかりました。快君、お願いしますよ?」


 彼女の口調から推測するに、彼女も神獣の増加について心配していたらしい。おそらく快とは違う点だろうが。


「ああ、お願いされたよ」


 快はイアンナの邪魔にならないようにさっさと部屋を出る。これで足も手に入れた。神子三人が集まればウル・ディーメアなど敵ではない。エンリルの力三つがエンキの力ひとつに負けるわけがない。


 快が口の端を歪ませて嗤うその真意は、快自身にしか理解し得ないものであった。




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