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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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9.罪と罰

 



 夕飯には結局ニンガルが顔を出すことはなく、快はイアンナと二人きりで食べていた。二人とも積極的に会話をする性格ではないので、静かな空気に少し言葉が交じる程度だった。


 しかしそれでも快にとっては一つ至福の時間だったわけだが、会話がないので食べ終えるのも早くなるわけで、あっという間に二人の皿は綺麗になっていた。


 そのまま二人は入浴し、それぞれの部屋に戻って行った。せっかく二人なのにそれではもったいないと言えばもったいないが、イアンナにとって最も大きい存在である二人が失われたとなると、彼女の纏う雰囲気もそっとしておいた方が良いと思われるものになってくるのだ。


 ということで快は自室に戻るとまず水の魔法陣の本を開いた。ペラペラとページをめくっていくが目新しいものは特に見当たらない。火の魔法陣は円形をベースとしているのに対して水の魔法陣は三角形をベースとしているということくらいしか違いが見当たらない。


 それでも今日の分の範囲を見終えたら一枚試作品を作ってみる。なかなか良い出来栄えなので浴場に行って使ってみると夏場のミストのようなものが吹き出した。


「便利グッズゲットじゃん」


 これから暑くなりそうな様子を見せるウル神国で役に立ちそうなものが手に入った。快は想定外な結果に満足し、その後何かをする気にもならないのでベッドに入った。


 ベッドに入ると、夕方ごろの神子専用ジムでの一戦を思い出した。そもそもあれを戦闘と呼んでいいのかすら怪しいが、快はぶっちゃけあの状況の打開策を考案することができる気がしない。


 カウントが終わった瞬間に喉元を貫かれたのだ。自分も転移の能力を持っていたとしても避けられない可能性があるのだ。それを転移することができない自分がどうにかしようなど無理な話だ。


「…………勝つとしたらカウントが終わる前に、しかないか」


 そんなズルでしか勝つことができない気がしてならない。しかしさすがにそれをやるのは憚られる、というよりそもそもそれでは戦闘センスを磨くというあの場での目標をいつまでも達成することができない。


「はぁ……どうしたものかなぁ」


 いつまでも解決しそうにない問題を頭の中に巣食わせて空気を見つめていると、気がついたときには眠りに落ちていた。




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 次の日、快は朝食を食べるとすぐに街に出た。この日の生贄担当はルーツェなので、純粋に散歩だ。プレート回収の一週間前からなんだかんだで気を抜くことができていなかった快。


 なのでこの日は初夏の日光を浴びながら、活気に満ちたシン都の様子を見てリフレッシュするのだ。次の生贄候補、もとい善良な市民たちが歩き回るシン都はまさに平和の象徴だ。


 快は一、二ヶ月前にニンガルを監禁したコールを嬲り殺しにしたとき一つの鍵となった、あの広場にやってきた。ここはシン都下層の中でも特に活気のある場所で、各種小売店の中でも人気のある店が出店を許されている。


 女性を中心に多くの人間が集まるそこには、獣人も若干混じっている。この世界では獣人はかなりのマイノリティではあるものの一定数は存在している。エレシュによると一部は召喚魔法なるものを扱うらしいが。


 それはともかく、快は果物屋に行きリンゴを買った。ケースリットの食事で出てくるフルーツは大抵がシロップ漬けなので、ふと未処理のフルーツを食べたくなったのだ。


「おう兄ちゃん、あんた黒髪じゃねえか!」


 するといきなり店員に話しかけられた。やはり黒髪は悪目立ちするのだろう。そういえば街を歩いている時も相変わらずジロジロ見られていた気がする。最近は気になっていなかったのだが。


「ああ、まあ噂のヒーローではありませんけどね」


 そう言えばシン都でヒーロー扱いされているルーツェが市民を誘拐など、彼の信条に合わないのではないかと疑問だ。それすらもエンリルの命令の前では何でもないのだろうか。それなら彼はエンリルに死ねと言われたら死ぬのだろうか。


「そうかあ残念だな! そういや兄ちゃん、最近シン都にはまた別の噂が流れてるんだぜ」


「な、なんですか?」


 噂。まさか昨日の誘拐のことがバレたのだろうか。キチンと他に人のいないタイミングを狙ったのだが。快は不安になる。


「各地で七百年レベルの神獣様が現れてるらしいってな」


 神獣、ニンガルによると三重らせんの獣だった気がする。人間の三重とは違い存在比率が一パーセントしかないとも言っていたか。


「ほう」


「ほうって! 七百年レベルだぜ! 各地で一斉にだぜ! 絶対何か起きてるってみんな冷や冷やしてるんだぜ!」


 広い国内では獣の内の一パーセントが発見されることくらいどうってことないと思うのだが、そうでもないらしい。神獣は寿命千年とも聞く。全くどこに話題性があるのか分からない。


「……面白そうですね、ちょっと僕も調べてみたくなりました」


 面白くはないが調べる価値はあると判断し、とりあえずそう返答しておく。


「おう! 何か面白いこと見つかったら俺にも教えてくれよな!」


 快は店員の陽気さに自然と顔を綻ばせて店を後にした。そして急遽、今日は行くつもりのなかったNinQluraに行くことにした。




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「マスター、ここ最近の神獣の噂って聞いたことあります?」


「ええ、もちろん。なんだって成熟した神獣が様々なところで姿を現したそうですからね」


 マスターを同じことを知っていた。しかしそうか、果物屋の店員が七百歳を強調していたのは、それがつまり神獣の成熟を表しているからか。


「でもそれって何が凄いことなんですか?」


「ええ、話すと少々長くなりますがよろしいですか?」


「よろしくお願いします!」 


 快が目を輝かせている。一種の知識欲だろう。


「まず、神獣とは三重らせんの獣たちのことです。彼らは自分が住む地域において、人間と獣の双方から畏れられています」


 それは以前エレシュから聞いている。


「その理由は、彼らの持つ膨大な魔力です。彼らが願えば雨が降り、彼らが怒れば雷が降る。人間でもそうそうなし得ない、人智を超えた現象を起こすことができる。獣どもが自らより強いものにひれ伏すのは当然の如く、また人間でさえも大昔は神獣のご機嫌取りに躍起になりました」


「しかし神獣とて私欲を持つ。彼らは人間の女子供を好んで食っていたのです。それも人間に自ら捧げさせて。そんな中でも、多くの民は仕方の無い代償だと割り切り生活していました」


 それはひどいな。でもそれならなぜ先ほどの店員は神獣に様など付けていたのだろうか。


「しかし当然それに反対する者も出てきました。彼らはしかも自分ではどうしようもないことを知っていました。そこで彼らは、国の代表に訴えたのです。当時はまだ十三人揃っていたらしく、代表は話し合いを行いました」


 あ。


「ところがエンリル神を中心にした『それこそ自然の摂理である』とする側とエンキ神を中心にした『人々の神ならば我々こそ獣の神に罰を与えるべきだ』とする側に分裂してしまいます。話し合いは全く進まず、なんだかんだでその議題自体どこかに忘れ去られてしまいました」


 なんだかエンリルのそう言った一面はどこかで読んだような気がする。


「それからしばらくして、代表同士の争いが勃発。エンキ神の奮闘による代表たちの肉体と魂の分離が起きます。そこでエンキ神は、彼らの『魂』を国内各地に分散させ神獣の発生を抑制したのです」


 うん? 彼らって、代表? 魂って? プレート?


「それにより国内の神獣は獣たちの暴走を抑える最小限の数にまで減り、残った神獣も人間に危害を加えないとエンキ神が判断したものだけ残りました」


「そしてエンキ神の施した抑制が封印であるならば七百年レベルの個体という点と年数が合致します」


「つまりです、神獣の増加は代表の『魂』を盗む賊共の出現を示唆するのです」








「…………な、なるほど、です」




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 快はベッドに腰かけると、四次元チューブから灯りになる程度の強さの火の魔法陣を取り出し、棚の裏の入り口から隣のニンガル用の隠し部屋に入った。今日も神子専用ジムで瞬殺されたニンガルに会いに行くのは少し嫌な感じがするのだが、このニンガルはあのニンガルではないので、割り切るしかない。


「ニンガルさん、ちょっとお話が」


「はい、何でしょう」


 一瞬で目の前に現れたニンガル。炎に照らされた彼女の美しい顔を悲痛な瞳がとらえる。


「僕たちのプレート回収が噂となって広がってしまうかもしれません……ね」


 ニンガルは快のこの言葉を予想していたのか、自分でも全く同じことを考えていたのか、特に驚く様子はなかった。


「ええ、そうですね。ある程度の学がある人ならば神獣の発生とプレートの消失を結びつけることはむしろ当然です。クローヴィス様ももしかしたらとおっしゃっておりましたので、予想通りですよ」


「どうするんですか? まさか神獣も狩りにいかなければならなくなるんですか?」


 ニンガルが顔を曇らせる。


「…………クローヴィス様は、その必要はないとおっしゃっていました」


「でも! エンキが何を考えているかなんてエンリルが言ったことだけじゃ判断できない! これで僕たち全員の身に何かあったら元も子もないじゃないですか!」


「…………判断は全て、一ヶ月後にクローヴィス様にしていただきましょう」


 ニンガルはそれきり、闇の中に消えてしまった。




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 快は久しぶりに彼岸花畑にやってきた。自分以外の誰も存在しないここでは快の存在すらはっきりとしないものになる。


 自己は他者の他者。他者がいなければ自己の存在すら疑わしい。


 靄のかかった世界で、快は空気となり水となり土となりこの世界を唯一彩る花々の間をすり抜けるように遊ぶ。


 そんな静謐で神秘である空間に、突如として異物が混じる。


「あなた一体何をやっているんですかねえ、馬鹿なんじゃないですか?」


 コールだ。久しぶりに見たような気がする。しかし、どれだけ脆弱な存在である彼でも、存在することによって快の存在を決定づける。


 そしてそれは快にとって非常に不快なことである。快は瞬間的にコールの身体を爆散させる。とてつもない快感が快の身体を駆け抜ける。


 そしてまた空気に溶けようとする快の目の前に、今度はあの大男が現れた。コール戦の直前に殺した、快が初めて殺した人間。しかし彼も快にとっては何でもない存在であり、快は再び爆散させる。


 本能的に飛び散った血を吸いに行く。しかし快は目の前に黒く、てらてらと輝く手があるのを認める。それは、ウル・ディーメアのものだった。顔を上げた快の三センチ先に、狂気的な口のみをくっつけた顔面がある。


 快は思わず後ろにひっくり返る。ウル・ディーメアはそんな様子の快を見て楽しむように嗤う。カチカチと牙のような歯が接触する音が響く。


「自分しか守れぬお前は、弱い」


 直後、灰色のドロドロとした液体が大量に快の顔面にへばりついた




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