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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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8.特権

 



 快は最初の生贄を捧げたのち、何事もなかったかのように拠点から出た。外には相変わらず掃除をする子供たちがいる。頭を下げて挨拶をする彼らに対して適当に会釈を返し、快はスラム街を闊歩する。


 快はケースリットに帰ってやるべきことが二つあるのだ。一つは、水の魔法陣に取り組むこと。そしてもう一つは、この世界の生き物に関する知識を得ることだ。


 魔法陣を学ぶことが今後様々な場面で役立つことは想像に難くない。しかし生きものに関する知識を得ることはそこまで重要ではないような印象も受ける。だがそうではない。実際快はまだ野獣と魔獣の区別があまりつかない。そしてこれは今後快の生死に関わる可能性すらあるのだ。


 そしてなによりも、その死体から得られる戦利品の中で何が有効活用することが可能で、何が活用することが出来ないかを知っているか知らないかは、非常に大きな差だ。


 と言うことで、ケースリットに帰ってきた快は自室に上がる前に三棟の図書室へ行った。そういえば図書室に来るのも久しぶりだ。最初の頃はここでエレシュにウル語を教わっていた。やはり何か感ずるところがあるわけで。


 案内板に目を通し、生物関連の本棚があるエリアへと向かう。そこで快は新しい世界の扉を開くかのごとく本を開く。しかし、


「な、なにごをはなしてるんだ!」


 快は自分の知能指数が下がったのではないかと錯覚するほど、全くなにも理解することができない。目が文字を追うだけで脳が理解してくれない。それもそうだ。そもそも動物や草花に関する知識は言葉を話す前から絵本や童話などで土台を固めるものだ。


 それを大学レベルから学び始めるなど、いくら快でも無理な話だ。生物に関してはイアンナやニンガルに聞いて少しずつ知識を定着させていく方針にするべきだろう。


 ということで快は図書室を後にして一棟の自室に戻る。そこの机の棚には図書室からすでに一式借りてきている魔法陣の本がある。その次巻である水の魔法陣、これに用がある。


 ということなのだが、一つ新しい問題が発生した。当然のことではあるのだが、すでに体系化された魔法陣は最初の火の魔法をマスターすれば同じ容量で他の魔法の魔法陣も作成することができるのだ。


 つまり、快はこの後の魔法はパラパラとページをめくっていき自分の中に定着していないものを確認していくだけでいいのだ。火の魔法陣を習得するときに真面目に一から百二十までやり尽くしたおかげだ。


 しかし、これでは快は本格的にニートになってしまう。


 全くどうしたものだろうかと悩みに悩んだ快だが、彼自身の性格も影響し、結局毎日読み進め試作品を作り一週間を一つのまとまりとしていくという今までの方針。これを継続していくことに決定した。


 それでもやはり、これはつまり一日の机に向かう時間を短縮するということであり、また同時に快が暇になるということでもあった。できることならリベロー草を手に入れたいところなのだがおそらく無理だ。したがって、今の快にできることは戦闘練習くらいだ。


 そこで快はふと思い出した。


 ニンガルがどこであの戦闘センスを磨いたかを。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 快は今、真っ白な空間にいる。


 ここは精神空間だ。


 だがしかし、快がここに来るのは初めてだ。これで快の中の精神空間が三つとなった。


 一つは快が幼い頃から逃げ込んでいる彼岸花畑だ。あそこはゼロであり無限でもある、快にとっての『全て』の世界だ。

 もう一つはエンリルの世界。石造りの地下神殿のような場所で、エンリルが神子に対して様々な指示を与えるための場所である。


 そして今回のこの空虚な空間を、快は神子専用ジムと呼ぶことにしている。快はニンガルが精神世界で戦闘の訓練をしていたと言っていたのを思い出し、エンリルに頼んで連れてきてもらったのだ。


 快はてっきりあの地下神殿で訓練していたものだと思っていたがそうではなかったらしい。エンリルとしてもあそこで闘われるのは困るのだろう。それではなぜ前回神子同士で殺し合いをしたときはあそこでやったのか疑問になるが。


 それは頭の端っこにどかしておいて、快はエンリルにここのシステムを尋ねる。


「この空間は現実世界と同じ作りでできているのだ。精神世界であるゆえ怪我が現実に反映されないことは変わらんが、俺の貴様らに対する精神的な影響が無い。今まで貴様を連れてきていた世界では俺が貴様らに本音を吐露させるように影響を与えている。だがここは違う。したがって、貴様らは目の前の敵に集中できるのだ」


「なるほど、それで敵とはどこから現れるんですか?」


 当然の疑問ではあるがその通りだ。この空間のどこかに誰かが隠れることができるとは到底思えない。したがってエンリルか自分自身が想像して生み出すくらいしか思い浮かばないのだが。


「実在する人物でも、戦闘スタイルでも、貴様が希望した相手を俺が用意する」


 なるほど。つまり普通だな。快はここで、このシステムを最大限に活用する方法を思いついた。


「そうですか、それなら聖光騎士団最強で国内最強の騎士さんを出してくれますか?」


「…………それはできかねる」


「なぜです? その様子だと実在してますよね? 自分の駒が強くなりたいと思っているんですよ? 『主』なら協力してくれないと」


「…………いや、貴様のためだ」


 常でもエンリルは頑固ではあるが、今のエンリルはそれ以上に頑固な印象を受ける。何を言ってもその言葉を変えてくれないような印象。


「………………」


 快はエンリルのこの表情を見たことがなかった。心から自分の側の人間を心配する表情。彼にこんな人間らしい感情があるとは思ってもみなかったがどうしたものだろう、ここを押し切る気にはならない。


「分かりましたよ。それなら僕の爆散の異能が通用しない相手を出してください。それ以外は意味がありませんから」


「分かったぞ、それなら案外いるものだ」


 エンリルはそういうと快の前方十メートルにニンガルを生み出した。


「え? この間勝ったじゃないですか」


「いや、あのニンガルは『仲間と戦う』ニンガルだ。こいつは『敵と戦う』ニンガルだ。あの時と違って一瞬の隙もないぞ」


 そうくるか。実際快もあのときのニンガルが手を抜いていたとは言わないが全力で殺しにかかってきていたとは思わない。だからまずそれを乗り越えろと、そう言われているのか。


 エンリルがカウントを開始する。着実に正しく時を刻み、それが切れた瞬間。快は自分の喉仏を何かが貫くのを感じた。同様に頭部と胸も貫かれ、異能による再生が追いつかずそのまま意識を失った。




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「ハッ!」


 快が目を覚ますと、そこはケースリットの快の自室だった。つまりあそこから追い出されたのだ。命を失って現実世界から追い出されるかのように。


 快は再び目を瞑り、ニンガルとの再戦をしようとする。しかしいつまで経っても意識は落ちず、地下神殿にも行くことができない。本当に追い出されたらしい。一日一回きりなのだろうか。


 快は諦めて起き上がりふと窓を見た。するとすっかり夕暮れ時となっていた。夕飯の時間も近い。


 そう思い若干の時間を削るために快はナイフを取り出す。ナイフは白銀の煌めきを纏っており、ほかの神子のような艶消しの漆黒ではない。


 しかし快としてはこちらの方を気に入っている。と言うのも、快は自分と他二人の神子は似て非なると考えているのだ。ケースリットの面々と自分が違うことは言うまでもなく、快はエンリルに対して二人のような尊敬の念のようなものは抱いていない。


 生まれた世界が違えば彼にしてもらったことの数も違う。もちろん異能を与えてくれたこと自体は感謝している。しかしこの世界に引き摺り込んで突然大きな仕事を与えてくる神を、快は心の底から尊敬することなどできない。


 そういった意味で、快は自分の独立していることを示すのに、この白銀のナイフをまた自分を養ってくれているタイラーゲートに対する感謝の意も含めて気に入っているのだ。


 それぞれ三十センチと二十センチの刃を備えていて、どれだけ使っても刃こぼれ一つせず、脂も弾く。元の世界では考えられない最強のナイフだと思う。


 舐めるように眺めているとドアがノックされた。夕飯の時間だ。快はナイフを四次元チューブに仕舞い込み部屋を出る。


 ちょうど階段を上がってきたイアンナと一緒に食事室に向かう。部屋に入り席に着くと、イアンナがニンガルを呼んだ。あの日からこうだ。


 クローヴィスとエレシュが治療を受けることになってから、二人しかいない空間の寂しさを紛らわすためにニンガルも共に食事を取ることにしている。昼食は快一人だが。


 しかし、そうなると大学ではイアンナはひとりなのだろうか。優秀で美人ともなると近寄りがたい雰囲気を感じて避ける人が多そうな気がする。そんなことを考えているが、なぜだかニンガルが来ない。


「あら、どうしたのでしょう」


「さあ? 忙しいんじゃないかな、先に食べ始めていいんじゃないかな」


 快がそういうと二人でいただきますを言ってからナイフとフォークを動かす。


 しかし最近は忙しくてそれどころではなかったのだがイアンナは本当に美人だ。一つの芸術作品を眺めているような気分になる。


 素晴らしい造形美と配色美。ハッキリとしたラインを描きながらも柔らかさのある造形に、純白と鮮紅のコントラスト。これに加えて学力魔法共に国内トップレベルというのだから完璧だ。


 特別貴族のご令嬢というだけはある。


 快がそう思いつつイアンナを見つめていると、彼女はそれに気がつき頬を赤らめる。


「な、なんですか?」


「うん? いや、何でもない」


 やはりこう、寂しさの中に一つ美しいものがあると映えるものだ。このシーンにすら快は芸術性を感じていた。




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