5.神子三人
「おお、長田快じゃないか。ちょうど用事があったんだ」
快は自分のことをフルネームで呼んだ神子の方を振り返らずに、隣の席の椅子を引く。全身を漆黒に包んだ神子、ルーツェ=ランドールは夥しい殺気と些かの懐かしみを発散させながら、快が引いたその席に躊躇なく座る。
手元のプリセッターをいじって、あの口元を覗かせた『軽い方』の服に着替えるルーツェ。マスターはルーツェに注文を聞かずに一杯作り始める。おそらくもうその枠は決まっているのだろう。その間快は若干の不快感を覚える。
自分で言えたことではないことは分かっているのだが、ルーツェはなんだか固い感じがする。自分も昔からよく言われるが。
口調といい雰囲気といい、快はルーツェの中に多くの『自分』を感じる。人は自分に似た存在に対して不快感を覚えるそうだが、おそらくこれもそれに当たる。
「エンリル神から何か言われなかったか?」
ルーツェは咳払いすら挟まずに早速本題に入ろうとする。快に似てセッカチだ。早死にするのではないかと心配にすらなってくる。
「ああ、少ししたら新しい指示を出すらしいな。どうやら俺だけ大変らしいけど」
不満を溢す快を無視して、ルーツェは口を開く。
「それでそれは三人の神子全員が対象で間違いないな?」
「うん? そうだと思うが」
なぜそのようなことを聞くのだろうか。全く流れを掴むことができない。快の頭の上に二、三個のクエスチョンマークが見えるようだ。
「だな。なんだ、ほら。俺はもう一人の神子と面識がないから双方と面識があるお前を仲介に、そのお言葉を賜るときは三人で俺の拠点に集まらないかと思ったんだ」
常の口調にエンリルが絡むところだけ敬語を挟むものだから理解にラグが発生しそうだ。しかし、つまるところ神子としての責務を全うするためには全員で顔合わせをした方が良いのではないかと、そういう話だ。
「ああ、いいじゃないか。で、その拠点ってのはどこだ?」
快はルーツェの拠点自体はすでに見ている。建設中ではあったが、だいぶ前ルーツェを探している間に。しかしそのときはそれをルーツェの拠点だとは認識していなかったため記憶に残っていない。したがってこう頼んだ訳だが。
「……連れて行ってやろう」
ルーツェの口調が初めてあった時のものと同じになったことに若干の違和感を感じつつも、二人は出されたカクテルを全て堪能してから店を後にした。
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快がスラム街にやってきたのはこれで二度目だ。相変わらず鼻が曲がりそうな悪臭が全力でお出迎えをしてくる。道を彷徨う今にも命がこぼれ落ちそうな男に女に子ども。やはりこういう所に来るのは慣れていないときついものがある。
「……うん?」
快はローブなのかマントなのか、とりあえず風になびく何かをはためかせるルーツェの後ろを歩いていると、見覚えのある通りに出てきた。
「ねーちゃぁん! 金ねぇんだよぉ、許してくれよぉ!」
「うるせぇ! 払うもん準備してから来やがれ雑巾ジジイ!」
ここはあそこだ。性風俗が立ち並ぶ、スラムの中でも最も汚い通り。若い女性たちが生活費を稼ぐために、店も出せずに誰かの部屋に集まってなんとかやっている。しかし場所が場所な訳だから当然金を持った人間が来るはずもなく。
快は目をつけられないように前だけを見てルーツェを追いかける。ルーツェは見慣れているのか元から興味がないのか、先ほどまでと機械的なまでに同じ様子で歩みを進める。
そのまましばらくすると、スラムの中にしては色々とましな空間に出た。
そこは建物の密集度合いが『過密』ではなく『密』程度で、悪臭も死にかけの人間も、そして塵一つ落ちていない。そしてその理由はすぐに分かった。
「ルーツェ様、おかえりなさいませ」
子どもだ。十歳ほどの子供たちが四人、そこ周辺の掃除をせっせとしている。
「俺が雇っている。あいつらが普通ならやらされるはずの仕事と比べればこっちの方が楽で賃金も高い」
ああそうだろう。子供たちの顔とルーツェに対する態度にその全てが如実に表れている。快は、ルーツェはもっと冷酷な殺人マシーンかと思っていたが、そうではなかったらしい。優しいどころではない。なんの自慢にもならないが快はこんなことはやらないと思う。
そして、ルーツェは子供たちが重点的に掃除をしているところにある場違いな木造の建物の前まで進む。
「……ここだ。お前には先に中を案内しておこう。それから俺が一人で集めたプレートも見せてやろう」
ルーツェが扉を開ける。快は促されるままに入る。中
はなんの変哲もない質素な部屋だ。テーブルにコンロにヤカンに皿。その他もろもろ生活用品が適当に置かれた棚。
「ここが生活スペースだ。そして上には寝室がある。……まあそれはどうでもいい。俺は神子で集まれるように地下室を作ったのだ!」
ルーツェが興奮している。おそらく神子同士でエンリルにどれだけ尽くせるか、その方策を練るという状況を何度も妄想したのだろう。実際そうなりそうな訳だが。
「ついて来い!」
しかしついて来いと言われても快はどうしようも無い。なぜならルーツェが動いていないのだから。否、右足を軽く床に叩きつけている。リズムを刻むようなそれはなんだか気持ち悪い響きがあったが何故だか快の魂に溶け込むようだった。
ルーツェが動きを止めると、床板の一部が浮いた。よくある仕掛けか。快はそう思いながらもルーツェをほめると、ルーツェは無視した。
とにかく、地下へと進んでいくルーツェを追いかけるとそこには想像以上に広いスペースが広がっていた。そこには十三の台座が円形に並べられ、中央には魔法陣、のような謎の紋様が描かれていた。
どうせエンリル復活の儀式用の空間だろう。快はなんだか興醒めして三白眼モードに入る。三白眼モードとは、説明するまでもないような気がするのだが『三白眼気味』の快の感情がマイナスの方向に向くと入るモードだ。完全な三白眼を実現させ、元の世界ではこれで何人ものクラスメートを殺してきた。
だが、その中で快の気を引いたのは二つの台座だ。そこにはすでにプレートが一枚ずつはめられており、薄いもやのようなものが少しずつ中央の紋様に吸われているようだ。
「……ここだ。すでに察したとは思うがここは全てエンリル神のための空間だ。いくら味方のお前でも、何か派手なことをすれば殺す」
「ははは、ストレートに言うもんだね。……まあ、そんなこと言ってると僕が先に殺っちゃうよ?」
快は道化を演じてルーツェの様子を見てみようと試みる。だがしかしルーツェはここでは反応しない。一体彼の反応するしないの基準はなんなのだろうか。もしやエレシュのようにテレパシーを悪用して他人の心の中を覗き込んでいるのか。
「そう言えば、ルーツェの異能って何?」
快は探りを入れようとする。
「……長剣アシストと索敵だ。以前言わなかったか?」
「あれ、そうだったか?」
長剣アシストと索敵。前者はなんだろう、あの艶消しがほどこされ漆黒の長剣を握れば身体が勝手に動きでもするのだろうか。後者は、センサーをイメージすればいいのだろうか。そうだと仮定すれば、快の先程の発言が相手にされなかったのもわかる。なぜなら快は本気で殺そうとは考えていなかったのだから。
「……ふーん。まあ、また今度」
快は、先ほど何の準備もなしにどんどん話を始められたことに対するやり返し的な意味で唐突に背中を向け、別れを切り出す。しかしルーツェは全く動じない。つまらない男だ。
「ああ、楽しみにしている」
快は彼の落ち着いた声を背中に受けながら階段を上っていた。
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数日後。場所はケースリット大学関係者専用食事処。朝食が済んでイアンナが大学に向けて、というより階下の研究室に向けて出て行った後、そこには神子が二人座っていた。
「ニンガルさん、ちゃんと夢は見ましたか?」
夢の前に『良い』が付いていれば自然な会話なのだが、そうではないので不自然だ。
「ええ。話があるから快君の言うことを聞けと」
ついにこの日だ。神子が三人全員集まる日。この日は間違いなくこの世界に多大な影響を与える日であり、決してそれは過言ではない。
「よかったです。それでは早速本題に。ニンガルさんがエンリルから聞いたところと被るところもあるかもしれませんが、僕たち神子に新たな使命が与えられるそうです。そしてそれを聞くにあたって神子全員の顔合わせを行わないかと言うことになりました」
ニンガルはすでに聞いていたのか、それともその柔軟な頭で想定済みだったのか、そこまで驚かずに快の瞳を見つめる。
「と言うことで、スラム街の入り口に転移できませんか?」
こう言った場面でも他人の力を躊躇なく利用しようとする快であった。
しばらくして。ルーツェの拠点、もとい神子の拠点の地下。快のおぼつかない足元が隠し扉を開いてようやく、神子三人が一堂に会した。
「自己紹介から始めましょうか。まずは司会である私から。私は長田快と申します。エンリルから頂いた異能は自動治癒と、何だかよくわからない敵を爆散させるやつです。これからもよろしくお願いしますね」
適当。
「ニンガルです。お初にお目にかかります。賜りました異能は、転移と身体能力の向上でございます」
快のものとは違い品の良さが表れている。突然だが快はこういうのが好きだ。
「……ルーツェ=ランドールだ。よろしく。異能は長剣アシストと索敵」
コメントは控えさせていただきたく存じます。
さて、軽い自己紹介ながらも自らの異能を発表するというかなり特殊なものを済ませると、ようやく本題だ。
「それでは皆さま。これから私たちは共にエンリルと精神世界で出会い、初の勅命を賜るのですよ!」
快のテンションがおかしな方向に飛んでいってしまったが、つまりはそういうことだ。プレート用の台座の中央の紋様のあたりで川の字で横になり、快が合図する。
「それでは参上まで三秒前! 二! 一!」
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なんですか快君のこのテンションは?




