3.リベロー草と魔法陣とDNA
快はニンガルの説明を聞き終えても、眉間にシワを寄せたまま表情を変えなかった。
第一に、それが『ウル史』に基づいたものだからだ。エンリルとエンキのどちらの方がいわゆる『悪』なのか、それは現状では判断できない。しかし、エンキの歴史の改竄はほぼ確定であるからして、エンキはあまり信用できない。
なんと言ってもエンキ派奪取陣営たるクローヴィスが『エンキは歴史を改竄した』といいつつエンキのゲームに取り込まれてプレート回収に躍起になっているのだ。そのことに気がつかずに。少なくともエンキの性格は悪い。
したがって、いま説明された『聖光騎士団こそ民の味方!』的ニュアンスが含まれる正規軍のあらましは、どのように咀嚼すればいいのか分からないのだ。
しかし、快が実際に見た正規軍の印象と照らし合わせると、とりあえず世界的にも有名かつ実力が高いということは信用できそうだ。それに師団制を取り入れているということはその規模と本部の指令センスのほどが窺われる。
「なんだか面白そうですね」
目の前にある皿から目を上げた快は、ニンガルの顔を覗き込むようにしてそう言った。
ニンガルは快の目の奥に時折見える衝立をこの時も見た。二人はそのまま残りの昼食を食べ、それぞれ自室と影へと帰っていった。
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自室に戻った快はなんとなしに机に向かう。今日は本当にろくでもない日になりそうだ。午前中は結局昼寝を一度挟んだ。そしてようやく迎えた昼食も一瞬で終わってしまった。
魔法陣は新しいところに手をつける気も起きないし、荷物整理も午前にやった。外に出るのも億劫だ。そういえば結局火の魔法陣は火球止まりだったな。
そう思って復習がてら魔法陣の書の第一巻を開いた。そういえば読み飛ばしていたコラムがいくつかあった気がする。ページを繰ると、面白そうなネタがいくつも転がっている。
高校の教科書や問題集も、大抵コラムの方が面白いものだ。快はコラムの中でも特に面白そうなものを発見した。
〜〜〜魔法の展開次元と魔法陣、及び生物のDNAらせん構造の関係性
魔法はそれの展開する次元を指定する必要性があることは既に述べたとおりだ。そしてそれは当然魔法陣においてある固有の紋様の表現を強制する。
一次元的、つまり直線的な魔法の展開。二次元的、つまり平面的な魔法の展開。三次元的、つまり空間的な魔法の展開。次元が増えるごとにその紋様は複雑となるが、ウル神国魔法陣研究会[註1]はその紋様とクルラ=ローズ博士が発見された、各らせん構造の生物の血液とリベロー草のエキスの反応によって確認することができる模様に関係性があることを発見した。
クルラ=ローズ博士の研究では、一重、二重、三重の生物の血液が多くの種の生物から集められた。そしてそれらはリベロー草[註2]のエキスと反応することが発見されたのだ。発現する模様に生物種は関係性を全く持たず、ただどのらせん構造を有するかのみが関係する。
反応したそれらは特有の模様を描くのだが、それが魔法陣における次元指定のパーツに酷似しているのだ。酷似というのは、魔法陣のパーツとする場合は中心部に発生する歪みを補正しなければならないのだ。
ここから、我々生物と魔法というものの関係性に新たな視点が生み出された[註3]。
註1:ウル神国魔法陣研究会とは、ケースリット大学魔法陣学部主催の研究会であり、これまで魔法陣の体系化に尽力してきた。余談ではあるが筆者もここに所属していた。
註2:リベロー草はその分布が未だはっきりしておらず、研究者を悩ませている。市場には出回っておらず手に入れるのは困難を極める。
註3:しかし、依然として人間と獣の三重らせんの比率が大きく違うことの理由は分からない。
〜〜〜
「クルラさんだ! 本当にすごい人だったんだなぁ」
快は途中で知っている名前が出てきたことに驚いたが、当然その内容にも驚いた。快が今まで何度も描いてきた模様にこのような裏話があったとは。しかし、確かに言われてみれば最初に何重らせんか知るために使ったあの機械が浮き立たせた紋様は魔法陣のあの部分に似ていた気がする。
リベロー草。快は今、猛烈にこれが欲しい。というのも、快は最近一つの仮説を立てているのだ。
それは、神子と精霊のウル・ディーメアが、あの伝説の四重らせん構造なのではないか、というものだ。精霊にDNAがあるのかと聞かれると何とも言えないが、エンキが作り出した神造人間と思えば違和感も若干軽減されるようなされないような。
それはさておき、快は二つ目の異能を使用した後、血液を飲まなければいけなくなってしまったのだ。あれだけの能力なのだから安いコストではあるが、血液を飲むことに嫌悪感すら覚えなくなった自分に嫌悪感を覚える。
そして、あのときウル・ディーメアの血液を啜ったわけだが、それがかなりの美味だった。ストレートミックスフルーツジュースのような、さっぱりとした甘味。それに加えて飲んでいると頭が冴え身体も温かくなる。
そして、ニンガルとイアンナがクローヴィスとエレシュを正規軍本部に送っている間、快はあの二人の血液も舐めたのだ。
結論から言うと、二人の血液はウル・ディーメアのそれよりも美味しくなかったのだ。まず、二人の血液は同じ味だった。こちらもフルーツジュースのようではあったのだが、濃縮還元で七十パーセントのような感。幼稚な比喩ではあるがこれがハマるのだ。旨味もなくしつこい感じ。ただただ甘いだけ。
さて、理系の快少年はその後どうしたか。
答えは想像に難くない。自分の腕をナイフで傷つけ漏れ出す血液を舐めたのだ。
するとどうだろう。感じたのだ。今でも忘れられないあの豊潤な香りを。快の口の中には、再び爽やかな果実の歓びが広がった。
まだ四人分しか調べていない。
だが、クローヴィスとエレシュが三重であることは間違いないことであり、また異能を使うことができる快とウル・ディーメアが四重であるということもまた、考察として全く不自然はない。
そしてだ、仮にそれでリベロー草を手に入れ、四重らせんの紋様を手に入れることができれば。快がかねてから理想としている『四次元魔法』の実現が可能になるかもしれない。
しかしその前にあの味の血液を持つ者が四次元なのか、そもそも快は自らの舌で何重らせんなのか識別することができるのか。それを確認しないといけないのだが、エンリルに聞くことが出来れば……
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「俺のところに来たか」
おおやった!
エンリルに会えて初めて嬉しいと思ったわ。まあ、とにかく、俺とか神子とかウル・ディーメアとかって四重らせんなのかね?
「貴様そう馴れ馴れしくするとどうなるか分かっているのか」
「すみませんね。でも俺の中でエンリルの印象が良くなったってことなんだから喜びなよ。俺に嫌われたらプレートぶっ壊されちゃうかもよ?」
なーんて。仲良くしましょうよ。
「それで、あんたの神子の俺が強くなるためには質問に答えてもらいたいんだけど」
「……全く。身の程知らずの奴だが俺も若い頃はそうであったな。ならば貴様に教えてやろう。…………貴様らは四重らせんだ」
ああやっぱりか。うーん、でもリベロー草も欲しいんだけどなー。どこで手に入れられるか教えて欲しいなー。
「図に乗りすぎだ! 俺は貴様を殺して別のやつを神子に立ててもいいのだぞ! 罰として近々貴様ら神子に与えるもう一つの役目はお前に比重をかけてやろう! 今度俺が指示するまで待っているんだな」
おい! なんだよそれ! 逃げるなァ!
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最近エンリルに対して好印象を抱いていた快だったが、若干それも冷めた。と言いたいところなのだが、実際はむしろ上がった。というのはずばり快の質問に答えてくれたからだ。ルーツェがエンリルに全てを捧げているのもよく分かる。
そういえばルーツェは何をやっているのだろうか。スラムの人々に好かれた彼のことだからスラムのパトロールでもしているのだろうか。
しかしこの三つ巴のプレート競争は複雑だ。
現在のプレート保有数は、エンリル派神子陣営が二枚。エンキ派奪取陣営が三枚。エンキ派防護陣営が八枚だ。
しかし、まず神子陣営も三人が力を合わせればいつでもプレートを手に入れられるだけの戦力を有している。次にエンキ派奪取陣営は二人が負傷で一カ月間行動できない。そしてなにより、ニンガルと快が最終的にその二つのどちらにつくのか。またウル・ディーメアも残りの奴らの戦闘力が如何程なのか。
一人一人の行動選択で結果が二転三転しかねないこの状況はまさに混沌だ。
そんな中でエンリルは神子としてもう一つ仕事をさせるつもりらしい。
ニンガルもそうだが、快もどうするべきか決めかねている。
ニンガルは双方に恩があるという理由であり、快も以前彼女にそう言った。しかし実際は違う。どちらも信用していないのだ。それは快の性格的問題であるのだが、快はここ数年誰も信用したことはない。親も友人も誰も。
長田快が信用するのは長田快ただ一人。それから、弱みを握られた大衆たち。むしろ後者は信用とは違う方向ではあるが。したがって信用するのは快一人なのだ。
それには快の過去が関係してくるわけだが、ここでそれを述べるのは些か大変なのでまたの機会にするとして、それによって快の人間不信と嗜虐趣味が表にで始めたことは確かだ。
果たしてどの陣営がプレートを全て揃えるのか。結果は神すら知らない。
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フラグビンビンですねぇ!




