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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第3章 民の軍、神の軍、そして神の子
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2.ウル神国正規軍

 



 快は二人の完治に一ヶ月を要すると伝えられてもさして驚かなかった。元の世界で一ヶ月入院というのがむしろ短い方だということと、何よりも完治が可能だということに安堵したからだろう。


 しかしイアンナとニンガルはそうもいかない様子だ。おそらく治癒魔法があれば大抵の怪我は数秒で治るのだろう。話すことの出来なさそうな二人がどうしようもないので、快がオーリ軍医に感謝を述べる。


「オーリ軍医ありがとうございます。よろしくお願いします」


「いやいや、私も一ヶ月もかけないといけないっていうのは不甲斐ないねぇ」


 波打つ銀髪はシルクのように快の心を撫でる。彼の前では何が起きても彼が包み込んでくれるような、そんなクローヴィスやニンガルには無い安心感を感じる。


「ほら、二人とも? そろそろ退出した方がいいんじゃないの?」


「……え? あ、はい。そうですね……」


 パッとしない返事のニンガルと返事すらしなかったイアンナを引き連れて快は第一医務室を後にした。この時快は、この世界の一ヶ月が元の世界のそれの二倍の長さがあることを失念していたが、まあ大差ないだろう。




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「大丈夫ですか?」


 部屋を出てしばらくしてもテンションが低いままの二人がさすがに気がかりになる快は、二人の顔を覗き込む。するとやはり一ヶ月という期間がこたえていたらしく、ポツリポツリと弱音を吐く二人。


「俺の元の世界だったら、脳みそやられてたら死ぬか生きながらに死人のような生活を送るしかないんだぞ? この状況はむしろ幸せに感じないと!」


 しかし快の励ましは虚しく消え、二人のテンションは上がらない。そんな空気を引きずりながら短くて長い道のりを経て地下牢に戻った三人はケースリットに帰還した。




 一瞬でテーブルの前に移動すると、目の前に並べられた朝食が快とイアンナを現実に戻す。ニンガルは二人が礼を言う前に影に消え去り、広いテーブルと並べられた椅子には二人しかつかなかった。


 かちゃかちゃと銀器が擦れ合う音が虚しく響き渡る空間。快は耐え難く感じ話題を探す。


「……イアンナは今日もまた学校?」


「……ええ。快君は? また魔法陣のお勉強ですか?」


 さて、どうしようか。全く考えてなかった。魔法陣をやるとしたら水の魔法陣なのだがどうにもやる気が出ない。だからといってここで生活サイクルを崩すのも癪なので何かしたいとは考えているのだが。


「……うーん、決めてないな」


「……そう」


 再び耳障りな音が響き始める。もはや二人はなすすべもなく、この空気に飲まれたまま咀嚼した何かを飲み込みつづけていた。


 快はいつも通り食事が終わると自室に向かった。


 したがって、この後イアンナがタイラーゲート家の次代当主として何をしたのか、そしてニンガルがクローヴィスの秘書としてどうその補佐をしたのか、知る由もなかった。




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「あぁー、暇だぁー」


 快はアドレナリンの残滓の影響で冴えている目をゆらゆらと揺らし、窓の下を歩く豆粒ほどの大きさの学生たちを眺める。


 すると、寝巻き姿で登校してきた女子学生が視界に入った。ピンクと白のチェック柄の寝巻きにぼさぼさの髪。なにが起きたらそんなことになるのか、周囲の目を引く彼女は自分の服装には気がついていない様子でぼんやりと歩いている。


 すると友人なのか、別の女子学生が彼女に話しかける。どうやら服装を指摘したらしく、寝巻き姿の女子学生は驚いた様子で自分の身体を見回す。


 するとポケットから小さな円盤の何かを取り出した。おそらくプリセッターだろう。快もルーツェが使用しているのを見たことがある。


 それをいじると一瞬で『普通』の服装になる。髪型が残念なのでそこまで改善されたようには見えないが。


 しかしここで快は自分もプリセッターを手に入れていたことを思い出した。ついでに服も着替えていなかったことも。


 快が今着ているのは、プレート回収のためにクローヴィスがニンガル以外の四人で揃えた、戦闘服とでも言うべきものなのか、だ。


 いわゆるユニセックスデザインのそれは、ニンガルやルーツェ同様に真っ黒だった。しかしそれは二人のゆったりとしたデザインとは違い、むしろ体に密着しているような現代風なものだった。


 第一医務室にいるクローヴィスとエレシュもあの服のままだったし、ニンガルはいつもの漆黒のドレスでプレート回収に出ていた。しかしイアンナは気が付いたら私服になっていた。おしえてくればよかったのにと思いつつも、彼女も彼女なりに大変だったのだろうと情状酌量する快。


 さておき、快は今回のプレート回収でその戦闘服とプリセッター、そして四次元チューブを手に入れた。


 どうやらプリセッターと四次元チューブは同期しているらしく、プリセッターにセットされた服が四次元チューブ内にあるときに限ってあのような早着替えができるそうだ。ちなみに下着は影響を受けないらしい。当然の配慮ではあるが。


 早速快は四次元チューブの中身を全て床に広げ、プリセッターもリセットして下着姿になる。


 広げられた物は、ナイフ二本、万年筆一本、各魔法陣、紙切れ、水筒、芋を固めた非常食、そして寝巻きと私服と戦闘服一式ずつだ。

 ついでに机の上には大量の羊皮紙とインク、そして魔法陣の本が一巻から八巻まで全てだ。


 快はプリセッターの針を一つ目の円に合わせて私服を着る。すっかり着慣れた茶色くカジュアルなベスト姿は、すっかりこの世界での快の『いつもの服』となっていた。


 次に針を二つ目に合わせると戦闘服に着替える。やはりこの服は動きやすく、つい部屋の中を軽く歩いてしまう。新しい靴を買った後のように。


 そしてプリセッターを最後の穴に合わせると、快は再び下着姿になる。床に残された寝巻きを見て快はそれを着ようとするが、途中で思いとどまる。というのも、寝巻きにプリセッターで着替えるのもどうかと思うのだ。入浴後に自分の手で着替えることに意味を感じる。


 ということで快は寝巻きは着ずに針を最初のものに合わせてベスト姿になり、寝巻きは棚の中にしまった。


 そのあとは他の荷物は全て適当に四次元チューブにしまい、プリセッターと共に内ポケットにしまえば十分だ。快はその後、アドレナリンを押し除けて四時間ほど眠った。




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 目を覚ました快は、ちょうど針が二本とも真上を指しているのを確認すると昼食をとりに行った。


 いつもはクローヴィスと男二人の世界を堪能するのだが、今日は、というよりこれから一ヶ月はそうはいかない。


 快は一人は得意であり、むしろ一人で時間を過ごすことを好んでいたのだが十二時間前から作戦を開始していたとなると変わってくる。


 やはり人はストレスに曝されると人肌が恋しくなるものだ。


「ニンガルさん、お昼一緒にどうですか?」


 半分は試しの感覚で呟くようにそう言った快だが、想像以上に早くニンガルが現れた。影から湧くように。この様子にはウル・ディーメアのせいでなんだか嫌な思い出ができてしまった。


「寂しいならそう言ってくださればいいのに」


 悪戯っぽく笑うその顔には大人らしい美しさが感じられた。


「えへ、すみません」


 だらしなく笑う快。しかし快も気を紛らわすためだけに彼女を呼んだわけではない。それなりのことをしてもらうつもりで読んだわけである。


「突然ですがせっかくなので、ウル神国の正規軍についてお話聞けませんか?」




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 これからの話しは『ウル史』に基づくものであり、『ウル正史』は考慮されていない。


 遥か昔、この国は三人の神々と十人の半人半神によって確立された。彼らは代表としてこの国の政治を行い、外交を行い、そして防衛を行った。


 しかし人々は彼らに対して全てを任せている状況に申し訳なさを感じていた。そこで、人間でもできる『防衛』の請負いを申し出た。


 当然代表は反対したが、人々は実力を何度か示し、そして防衛組織を立ち上げた。それがウル神国正規軍だ。


 徴兵制と志願兵制をどちらもとっており、大規模かつ実力も高い正規軍は帝国や今は無い国々にも恐れられていた。師団制も取り入れつつ柔軟な対応を可能としたもので、まさに画期的だった。


 しかしある時、代表のうちエンキ以外が私欲を満たすためにその各能力を濫用したのだ。


 正規軍はそれに対して全く何もせず、国内は混乱に陥った。そこでエンキが立ち上がったのだ。エンキの持つ並外れた知性が他の代表を封印するという形でこれ以上の国政の悪化を防いだ。


 そしてそれと同時にエンキが作り上げたのが聖光騎士団なのだ。彼らは国内各地で暴徒化した国民の鎮圧にあたりつつ国外からの攻撃を防いだ。当然その間正規軍も国外からの攻撃に対して何もしなかった訳ではないが、聖光騎士団の方が適切な対処をした。また国内の対処は全て聖光騎士団が行った。


 それだけのことではあるのだが、そこから正規軍の信頼は大きく落ちた。そこから何百年もの年月をかけて評判を取り戻し、ようやく正規軍と聖光騎士団が並立して国内外の危険を排除しているという形だ。


 現在ではその規模は正規軍が聖光騎士団の五倍程度であり、その実力差は歴然としているが世間の評判は同等なのだ。


 正規軍曰く、聖光騎士団など宗教を利用したもので騎士団ではない。その名をすぐさま変えて武の道を我らに譲るべきだ、とのことだ。



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