1.治療
快は校長室の窓から差し込む朝日の眩しさに耐えきれず、目を瞑り顔を背ける。耐えがたい眩しさ、しかしそれは快にとって勝利を実感させるものでもあった。
「いやぁ、でも本当にやり切ったんですね、僕たち」
思わずこぼれる笑みを浮かべながら快は振り返る。
「ええ、今回は今までとは比べ物にならないほど苦戦しましたがね!」
快はニンガル、快と同じく神子であり、そしてクローヴィス=タイラーゲートに養われている身である女性と顔を見合わせて笑い合う。
二人きりで勝利の喜びを噛みしめ合う。そう、二人きりで。
クローヴィスとエレシュは頭部をウル・ディーメアによって貫かれ、現在正規軍の軍医のもとに送られている。イアンナは付き添いだ。やはりその人員の欠如による寂しさはどうしても埋めることができない。快は緩んでいた顔を常のように引き締める。
「あの……やっぱり二人のことが気になるので僕も行きたいんですけど……」
快はやはり、二人の現状を確認したいという気持ちを抑えることができない。二人の意識が戻っているかどうかはさておき、それでも会いに行くことは必要ではないかと考える。ここまで来たらお願いするしかない。そう思い頼んだ。
「ええ、そうですよね。なら、行きましょうか」
ニンガルは噛み砕くように、しかし予想していたかのようにあっさりと返事をする。そして快の肩を掴むと、二人は一瞬で影に溶けた。
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快は無理矢理な場面変更に目眩を感じながら、周りを見渡す。そこに広がるのは、地下牢のような無機質な空間だった。
快とニンガルは牢屋の中に飛び込んでいった形となる。不安を感じながらも、軍の本部への転移となればこれが普通でもおかしくないはずと信じる快。
ニンガルはそんな快を脇目に黒針を取り出し鉄格子と擦り合わせる。すると想像できないような甲高く響き渡る質の音が発せられる。それを不規則に出していると、番人らしき男が一人、鍵を持って現れた。
「お戻りですか。ご案内いたします」
その男は銀色の甲冑に身を包んでいた。閣塔の番人の装備と比べるとかなり安っぽく、そもそもの中に入っている兵士の体格自体が違かった。閣塔の番人と戦わせたらすぐに決着がついてしまいそうな、そんな弱々しさが漂っていた。
しかしそうは言っても軍人は軍人だ。快と比べるならば彼はそれなりの兵士だった。そしてニンガルの対応にも慣れていると見え、慣れた手つきで動かしにくそうな指を動かして鍵を開ける。
鉄格子の扉がキイキイと音を立てて開き、快はニンガルに続いて外に出る。やはりここは地下牢だったようで、同じような鉄格子が永遠に続いている。
静かな空間を歩くと、三人の足音と鎧が鳴る音だけが響く。快は収容者たちの罵声の一つくらいは浴びせられると思ったのだが、彼らはすでにニンガルがこうして転移してきては地下牢から上がっていくことを当然に感じるようになっているのだろうか、見向きもしない。
いくつか角を曲がり、上に上がることができる階段の前で形式的な手荷物検査を受けると、ついに正規軍本部地上階へと出た。
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そこは想像の何倍も豪華な場所だった。豪華といっても当然軍の本部レベルなので装飾などは施されていないが、快の中にある泥と血に塗れた軍のイメージからはかけ離れたものだった。
それは、国会議事堂のような内装だった。
階段を上がって広場を横切り、また階段を登る。さらに廊下を歩くと、立派な扉の前に着いた。それはNinQluraの入り口の扉よりも、ケースリットの校長室の扉よりも大きかった。
しかし無駄な装飾はなく、まさに質実剛健な印象を受けた。木の塊かと思われるほどのその扉を下から案内してくれた兵士がノックする。
「タイラーゲート家からの使いであります! 当主とご令嬢との面会を希望していると!」
快はいつニンガルが面会どうたらと伝えたの分からなかったが、その疑問もすぐに吹っ飛んだ。エレシュもタイラーゲート家の令嬢扱いなのかなんて疑問も同時に吹っ飛んだ。
なぜなら脇にいた扉番の二人の兵士が突如として一息で大きな扉を開いたからだ。中にいると思われる偉い誰かさんの応えを待たずに開けてしまっていいのだろうか。
しかし、その部屋の奥の机に座る男は二人を視界に収めても一切反応しなかった。ちらりとこちらの様子を窺っただけで、すぐに禿頭を光らせて手元の資料に次から次へと目を通し始めた。
ニンガルの様子を確認しても、彼女はその場から一切動いていない。
と思っていたら、目の前の厳格そうな禿頭が資料をまとめてこちらをしっかりと見てきた。シミやシワをみるにおそらく七十ほど。しかし彼の眼光は鋭く、いまだ頭脳は健在であることは容易に想像できた。
しかしその猛禽類のような顔面の老人は快は見て笑った。
「がはははっ! そう緊張するな若者よ! 何もせんわ!」
「あ、あははは、はは……」
しかしその笑った顔も、獲物を見つけた肉食獣の悦びの顔のようで恐ろしいことに変わりはない。快はここで彼が正規軍の中で最も地位が高く実力もあったのだと確信した。
そんな重い快を横にニンガルが礼をしながら口を開く。
「この度、主とエレシュ嬢の治療にオーリ軍医を充てていただき重ねて感謝申し上げます」
「気にするな、タイラーゲート家は我ら神国にとって欠かすことのできない最重要の一族だ。生きているならいくらでも治してやる」
「ありがとうございます」
快も頭を下げておく。禿頭はいつもはいない快のことを疑問に思っているはずだが口に出さない。それが逆に怖い気もするのだ。
「そこで私と彼との二人で、二人の様子を見に行きたいのですがよろしいでしょうか?」
「当然! 一番医務室に二人とも運び込まれているはずだ」
禿頭はそういうと、すぐに手元の資料に目を通し始めた。ニンガルもこれで終わりにするつもりらしく挨拶して部屋を出る。快もそれにならって退室すると、先ほどの番人はすでに消えており、扉番と二人だけがそこに残された。
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「なんか不自然だったように感じたんですけど」
快はニンガルと二人で本部の中を歩きながらそう尋ねる。たまにすれ違う兵士たちに毎回会釈していると、なんとも言えない満足感が快の心を埋めていく。
「そうですか?…………あぁ、もしかしたらアバント元帥がテレパシーを使えるから感じたのでは?」
アバント元帥。おそらくあの禿頭のことだ。となるとやはり彼が一番偉いのだろう。しかしそうか、確かにあの少し静かな感じは兵士たちに対する命令をテレパシーで行っていたからあったのか。そう納得すると一気に胸が軽くなる。
「というか、僕たち自由にされてしまってよかったんですか?」
「そうですね、私たちは特別なんでしょうね」
快としてはかなり重要な問題だったのだがニンガルは適当に流す。ニンガルはたまにこうズレる。しかし足取りははっきりしているので少なくとも第一医務室な場所は把握しているのだろう。それだけでも今の快からしたら十分だ。
しばらくうねうねと歩くと、第一医務室の文字の出た木の板が横に貼られた扉の前に着いた。
ニンガルは扉番を無視して二、三度ノックし勝手に扉を開けた。快は止めようとするが扉は開き、そして扉の中に吸い込まれた。
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「今のなんだったんですか⁉︎」
「静かにしなさい快君」
快は自分の手で口を塞ぐ。だが今のはなんだったのだろう。転移とは違う、吸い込まれるような感覚。
「二人とも! オーリ先生が治療してくださってます!」
快は聴き慣れ始めたその声の方を見る。
そこにはイアンナ=タイラーゲートが心配げに眉を潜めて立っていた。しかしその口元には若干の安堵が見える。そしてその隣には、銀髪を生やした中年の男が白衣を着て、寝た状態のクローヴィスの額に手を当てていた。
オーリ軍医だ。先ほどのアバント元帥とは違い、優しげな雰囲気を醸し出している。治癒魔法を扱える人間は皆こうなのだろうか。快はニンガルが動かないので動くことができない。
目線だけ動かして、クローヴィスの奥で眠るエレシュを見る。明るい場所で見ると彼女の額に作られた穴が思ったよりも大きいことに気づく。
しかし出血は収まっており、魔法もあれば即日退院できるはずだ。快がそう思っていると驚くべき宣告が出された。
「……うーん、脳みそも完全に修復させるんだったら一ヶ月くらいかかっちゃうんじゃないかなぁ? タイラーゲートでしょ? なら脳みそが命みたいなもんだしねぇ。…………うん、そうだねぇ」
全く予期していなかった三人は驚くにも驚き切れず、イアンナは聞き返す。
「一ヶ月……?」
「うーん、一ヶ月かなぁ」
のんびりと返すオーリ。
静寂の中、オーリがクローヴィスの額を優しく撫でる音が聞こえた気がした。
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