33.It’s so...
薄暗い空間で対峙する長田快とウル・ディーメア。ウル・ディーメアは、そのプレートを守るというエンキに託された使命とともに預けられた能力である変化を使い、ニンガルの容姿と能力をコピーする。
『ニンガル』はニンガルと同じように八本の長い黒針を取り出すと、早速三本を快に向けて投げる。そのうち二本はここ一週間の練習の成果か、快のナイフが撃ち落とした。
しかし残った一本は撃ち落とすことができず、快は身を曲げて避けるしかない。だが黒針が快を通り過ぎた瞬間、『ニンガル』が快の背後に現れた。
「グハァッ!」
快はこの展開は予想していたものの身体がうまく反応しなかった。『ニンガル』の回し蹴りを背中に受け、快は吹っ飛ばされる。
肺を一瞬の物凄い圧が襲ったことの影響で、快は目眩を感じる。身体中が痛むが、その痛みすら神子の能力が和らげ早く闘えと煽ってくる。
その煽りに乗っかり快は立ち上がる。しかし立ち上がった瞬間の快を大量の砂塵が襲う。咄嗟に腕で顔を覆うが、その圧倒的な量に目元や口元が不快だと訴える。
砂塵が落ち着いてきたかと思うと、目の前に立っていた『イアンナ』が火球を放ってきた。快は水の魔法陣でそれを打ち消そうとする。しかし火球の威力は思った以上に強く、この魔法陣では歯が立ちそうもなかった。
近づいてくる火球。そこで快はとあることに思い当たった。
「おまっ!」
粉塵爆発だ。時たまニュースにも出てくる、ゲームではお馴染みの技だ。それを目の前の『イアンナ』が放ってくる。快は火球を火球にぶつけて相殺を狙い、水を自分の周りに撒き散らして砂塵の燃焼を防ぐ。
火球はギリギリ快の目の前で消え去った。発火する因子であった砂塵も無くなり快は無傷。だがしかし、一息ついた瞬間『ニンガル』が快の背後に転移する。
今度は蹴りではなく、長針で左胸に一突きされる。
「ぐぁああぁ!」
さらに神子の能力が発動し、その針が快の胸に突き刺さったまま傷が修復され針が抜けなくなる。そんな事態を懸念した快は、ぶるぶると震える手を自分の胸に運び、激痛を覚悟して針を抜く。
再び自らの鮮血が胸から噴き出すのを何故だか落ち着いて眺める。そういえばこの間ウル・ディーメアはどこへ。そう考えた瞬間、快の手元の黒針の元に『ニンガル』が転移した。『ニンガル』は力の抜けている快の手から黒針を奪い取り、再び快の左胸の全く同じところに突き刺す。
「ーーーーーーッッ!」
声にならない叫び声を上げる快。『ニンガル』は再びどこかへ消える。快は生にしがみ付くがごとく左胸に深々と刺さった針を抜く。手元は狂いまともに掴むことすらできない。
しかしなんとか掴んだそれを引き抜いた瞬間再び『ニンガル』が快の手元の黒針に転移しーーーーーー
鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。鮮血、震える手、鮮血、影。
快は現実が夢なのかもはや分からなくなった。永遠に続くそれは途中から夢と入れ替わったのではないかと思われた。
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ニンガル、クローヴィス、イアンナ、エレシュの四人は、転移した瞬間背筋が凍るのを感じた。
やや離れたところで快が嬲られていたからだ。
床に倒れる快はすすり泣き、胸のあたりで手をもぞもぞと動かしている。そして、ニンガルの姿をしたウル・ディーメアは快に膝枕をしている。
しかしその手は頭を撫でるでもどこかを労るように触るでもなく、黒針を握っている。
そして、ウル・ディーメアはその黒針を快の胸に突き刺し続けている。快が手を胸のあたりで動かしていたのはそれを抜くためだった。
しかし快はなぜかそれをウル・ディーメアに渡して、そして胸を貫かれている。突かれる度に蚊が鳴くような呻き声を上げ、力の入っていない手でそれを抜こうとする。
そして抜いたそれで、再び刺される。快が倒れているあたりには人一人から出るとは思えない量の血が池を作っている。ウル・ディーメアはその口元に薄ら笑いを浮かべている。
四人は思考が強制終了されたように動くことができない。しかし、最初にニンガルが動いた。そしてそれを合図に新たな戦闘が始まった。
ニンガルは地に倒れる快の近くに転移し、ウル・ディーメアの顔面を黒針で串刺しにしようとする。しかしウル・ディーメアは驚くべき反応速度でそれを避け、後方に投げた黒針のもとに転移する。
距離が開いたのでその隙にニンガルは快をクローヴィスの近くに転移させる。それは不思議なことに出血していなかった。しかしその一瞬の目を離した隙に、ニンガルは莫大なエネルギーを背後に感じる。
咄嗟に避けると、見えない何かが先ほどまでニンガルがいたところを薙いだのを感じた。おそらく風魔法。ということはつまりーーーー
「私もそろそろ本気で行きますよ」
闇の中から現れたのは、真紅の髪を携えた美少女だった。ニンガルはイアンナの、転移には敵わないという自己分析をすぐさま思い出し、転移と陽魔法の組み合わせによる翻弄を狙う。
緩急をつけつつ、不規則にウル・ディーメアの周りを飛び回る。するとウル・ディーメアはなんの躊躇いもなくクローヴィスに変化する。するといつかに見せたように炎の渦を自らの身に纏った。
ニンガルはこの状態の『クローヴィス』には近づくことができないので、元通り四人の隣に転移する。『クローヴィス』が様々な形で放ってくる火魔法はどれも死に足りる。今までの戦闘とは明らかに違う向こうの殺意と動きの変化にニンガルは驚く。
タイラーゲート親子は魔法でウル・ディーメアの魔法を相殺する。しかし一瞬その炎に違和感ができる。黒い斑点が数個現れ、そしてそれはそのままクローヴィスの肩のあたりに突っ込む。
「危ないッ!」
次の瞬間クローヴィスの近くにニンガルが二人現れた。ニンガルは互いに超速の戦闘を繰り広げる。一切視界に捉えられないその戦闘は、他に関与の隙を与えなかった。
だが、当然ウル・ディーメアからするとニンガルの相手をし続ける理由はないわけで、転移を駆使してエレシュのもとに移動した。
エレシュは初めからずっと自分が入り込むタイミングは無いかと窺いつつ、そして初めからそんなものはないだろうと諦めていた。そんなところに転移され反応できるはずもなく。
「……あっ」
エレシュはその眉間から後頭部にかけて黒針で貫かれ、その場で倒れた。
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「貴様ァァッ!」
咆哮するクローヴィス。見境なく火球を放ち続ける彼を、ウル・ディーメアはニンガルの転移で難なくかわして挑発する。
「可哀想な姪っ子さんですね、あんなに尊敬していたのに……」
ニンガルとイアンナは呆然と立ち尽くし、快はまだ倒れている。烈しく戦う向こうと、時が止まったようなこちら側。
「まあ、もう十分楽しめましたしね。もう、殺しますね」
音の消えた世界で、今度はクローヴィスの頭がエレシュと同じように貫かれた。
「……………………」
スローモーションで倒れていくクローヴィス。ウル・ディーメアが黒針を抜くと、再びそこから鮮血が噴き出す。
ドサッとクローヴィスが崩れ落ちる音が、遅くなった世界をもとに戻す。しかしイアンナとニンガルはいまだに動くことができない。それもそうだ、チームの長が目の前で殺されたのだから。
戦意喪失。その一言で十分にこの状況を言い表すことができる。
「ふふふ、ようやくこれでクローヴィス=タイラーゲートを殺すことができましたね! あとはタイラーゲートの小娘と神子二人……」
しかしウル・ディーメアはそんな二人の様子など気にも留めず、先程までと全く変わらない殺意を向けている。否、むしろ既に二人を殺し一人を瀕死に追い込んだという事実に興奮している様子もある。
ニンガルは針を構え、イアンナは両手をウル・ディーメアに向ける。しかしその手は震え、眼には生気が無く、そして明らかに戦意がない。
「あらあら、そのような様子で戦い続けるつもりですか? 降伏した方が良いのでは? まあ、どちらにしろ殺しますがね」
ウル・ディーメアはそう言うとイアンナのもとに転移し、そしてイアンナとともに倒れた快の近くに転移する。
そして今度はエレシュの姿に変化してイアンナと肩を組む。イアンナはその顔に悲哀以外の何の感情も顕していない。俯くその顔からは涙がほろほろと落ちる。
「…………」
それを目の前にしても、ニンガルは戦おうとする様子を見せない。するとエレシュの姿をしたウル・ディーメアは、ニンガルに意地悪く笑いかける。
「君がいま自害してくれたら、ボクはこの二人を苦しませずに殺してあげるよ」
明らかな嘘。であるがもはやこの場にいる全員の死は確定事項だ。ならば少しでも可能性があることはやりたい。
溺れる者は藁をも掴む。
ニンガルは黒針を三本ずつ、自分の胸と頭部に向ける。今まで夢と現実で繰り返してきた、細い針だけで確実に人を殺すことのできる場所に向けて刺すために。
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「アアァァァァッ!!」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめてくれぇ!
「五月蝿いッ!」
なんだ? なんだよここ! 死んだ? 俺は死んだのか? 死んであの永遠に続きそうな苦痛から抜け出せたのか⁉︎ そうっぽいな、なんか真っ白い世界だし、さっきまでとは結構様子が違うしなーーーー
「黙れ! お前はまだ死んでなどいない、これからあの憎きエンキが駒の生命を蹂躙するのだ」
「誰だよお前ぇ!」
ーーーーーーーーまさか、お前は、
「エンリル……?」
「その通り! 貴様を神子に選び異能を分け与える、貴様の主だ」
…………ふざけるなよ。
「なんだよ! お前があんなろくでもない能力与えたばっかに、俺は何回も死ぬような思いをしたんだぞ! 死にたいのに死ねない! 何度も何度も命を摘まれる苦しみを! お前のせいで!」
「だからだ、俺は貴様にアイツを殺すだけの能力を与えてやると言っているのだ」
「なっ、本当か⁉︎ 本当の本当にあれを殺せるのか⁉︎ あんなバケモノじみた奴を殺せるだけの能力なのか?」
「当然だ、貴様が先ほどまで死ねなかったのと同じように、貴様はアイツを殺せないということにはならない」
というか、そもそも俺は死んでなかったってことか。あんま話聞いてなかったわ。
「ならっ! 早く殺させてくれ!」
早く早く、一刻も早く、俺の命を踏みにじったあれをぶち殺したい。それにイアンナたちもいることだし、早く復帰して戦力にならないと!
「駄目だ」
「…………は?」
「駄目だと言っているんだ」
「何でだよ」
何でだよ、何で何で何で何で何で! 何でだよ!
「…………」
「…………何故だ」
「……………………」
「何故だァ! 早く、俺に、殺させろよォッ!」
クソがァ! 本当に馬鹿な神だなぁ、ここでぶっ殺してやろうかッ!
「…………フハハハッ! 行ってこいッ! 俺の神子ォ!!」
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ニンガルがその腕を振りかぶり、そしてニンガル自身の身体に向けてそれを刺そうとした瞬間。
ウル・ディーメアの上半身が、何の前触れもなく爆ぜた。
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