32.ウル・ディーメアの怒り
ニンガルがエレシュとともにクローヴィスのところへ転移すると、目の前に広がったのは火の海だった。周囲三百六十度全てが炎に包まれており、圧倒的な熱量が二人の全身を焦がす。
そして隣では今にも倒れそうな様子のクローヴィスが、自分の魔力を搾り取るようなようすでもなお、炎の渦を発生させている。
「先生⁉︎」
そんな様子のクローヴィスは、隣にニンガルとエレシュの二人が転移して来たことに全く気付かない。ただ周囲を焼き尽くす、そのためだけに生きているかのごとく莫大な熱を創り出すことにのみエネルギーを費やしている。
「ニンガル! あれを見ろ!」
ニンガルはエレシュに促されるのに従って、自分たちを囲む炎の外側に注意を向ける。そこには、先ほど一行を縛り上げていた『重い空気』が蠢いていた。
空気に色はないが、周りの空気との密度の違いからかそこだけ歪んだように見えるのだ。ちょうど陽炎のように。しかしクローヴィスが作り出す炎の影響で現れる歪みとは明らかに違う歪みなのだ。
それは意思を持っているかのように蠢いており、クローヴィスはそれを炎で霧散させている。しかしその不吉な空気は無尽蔵に沸いているようで、勢いが弱まる様子を見せない。
よく見ると、クローヴィスの皮膚の様々なところがあざになっている。今はクローヴィスが押さえているようだが最初はそうではなかったのではないだろうか。そう思うと、エレシュとニンガルの二人はいてもたってもいられない。
しかし相手は重くても空気。熱エネルギーで霧散させるという、クローヴィスが現在進めている方法以外では全く歯が立たないだろう。つまり、陰魔法も陽魔法も転移の異能も、ここでは役立たずだ。
そう二人が考えた瞬間。クローヴィスがよろめき、そのまま隣のエレシュに倒れかかった。
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クローヴィスの魔法が途切れた瞬間、現れた炎の隙間からゆらゆらとした明らかな殺意が流れ込んできた。
それは三人をまとめて包み込むように、否、圧縮するように襲いかかる。一瞬の隙に全く身動きが取れない状態にまでされた三人は、空回りする頭でなんとか脱出方法を考える。
『ニンガル! 早く転移を!』
しかしニンガルの転移は、自分か、触れている対象にしか効力を発揮できない。今ニンガルは空気に圧迫され身動きを取れないため、すぐ隣にあるはずのエレシュとクローヴィスの身体に触れることができない。
『ダメです! 触れられません!』
ニンガルはエレシュの隣に転移を試みるもそこに存在する空気があまりに重すぎるため、転移の異能で存在をかき消すことができない。焦るニンガル。
「どうだ、ニンガル。それではさすがの君も動けまい」
そうこうしていると、もはや想像通り、『クローヴィス』が暗闇から現れた。満足げに歪められた口元は、目の前でもがくことすら許されない三人を見ると大きく開いた。
「アハハハハッ! やはりエンキ様は流石だなぁ! 厄介な神子ですらこの『影の巣』の中ではゴミ同然だ!」
コツコツと足音を立てながら三人に近づくウル・ディーメア。今彼の全身は炎を纏っている。三人の前までやってきたウル・ディーメアは右手を掲げる。掌に集まるエネルギー量は莫大だ。肌はチリチリと焼け、目は眩む。耳の中ではガンガンと音が鳴り響き、気管まで焼けつきそうだ。
もはやそれの前で、三人は動かない。
そして、その過剰なエネルギーが三人にぶつけられようと放たれた直後。イアンナ=タイラーゲートは目の前に現れたエレシュ、クローヴィス、そしてニンガルの三人に驚いた。
その頃、『闇の巣』はその所有者自身の手によって、莫大な熱エネルギーを用いて破壊された。
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イアンナが目を覚ますと、目の前には鏡があった。否、ウル・ディーメアがいた。全身の筋肉が緊張し体が動かなくなるイアンナ。しかし『イアンナ』はそんな様子のイアンナを嘲笑するかのごとく顔を歪ませる。
イアンナは『イアンナ』が立ち上がり離れていくのに合わせて立ち上がり、早速魔法を行使する。土魔法で細かい砂を作り出して、目潰しのためにと攻撃を兼ねて風魔法の刃に乗せて『イアンナ』の方へと送る。
『イアンナ』も負けじと風魔法を防ぐ。しかし砂埃までは防がれなかったとみると、イアンナは火球を放つ。クローヴィスには程遠いものの、特大火力のそれは『イアンナ』を焼き尽くさんとする。しかし、当然『イアンナ』は水魔法を前方に発生させ、水の壁を作り出す。
火球の方が若干勢いが強いが、ウル・ディーメアの身体にはダメージを与えられない。かと思いきや、ウル・ディーメアの背後を中心にした、大規模な爆発が起こる。
それはずばり、粉塵爆発だ。魔法のセンスを、その組み合わせにおいても最高のものを持っているイアンナがしばらく前に考案した大技だ。本人も仕組みはよく分かっていない。ウル・ディーメアは、全く予想していなかった大爆発を全身でくらう。
イアンナは勝利を確信しつつ爆発の痕を見る。するとそこには、肉が一部吹き飛ばされ、全身を火傷で痛々しいすがたに変えられた長田快がいた。
「……そんなの、聞いてねぇよ」
『長田快』はそう言いながらも全身の負傷をみるみるうちに直していく。イアンナはその常識外れの光景に目を丸くしながらも、目の前の肉塊に向けて風魔法を容赦なく浴びせる。
『快』は一発一発が命を刈り取る威力である斬撃による苦痛に叫び声を上げ、のたうちまわる。傷ができては消えできては消えを繰り返す様子は不気味だ。
「これでっ!!」
イアンナがとどめとして最大威力の風魔法でウル・ディーメアの身体を真っ二つに切断しようとした瞬間、『長田快』は『ニンガル』になりそのまま闇に消えた。
残ったのは深い裂け目が出来た床と耳をもぎそうな叫び声の名残、そして怒りに髪を逆立てたイアンナだけだった。
イアンナの目の前に三人が現れたのは、それからしばらく経ってからのことであった。
『イアンナ、大丈夫だったのかい?』
三人は今の今まで一人で、岩壁には戦闘の跡がありありと残っていることから戦闘があったのだろうと考え、イアンナを心配する。
『私は大丈夫です。むしろとどめを刺せなかったことを悔しく思います……』
しかしイアンナの返答はあまりにも三人の予想を外れているものだった。しかし彼女の見た目が乱れていないことからもその発言は裏付けられている。
『とどめって、あの化け物を追い込んだんですか?』
ここにいるメンバーの中で最も今回のウル・ディーメアに対して怒りを抱いているニンガルは、自分でも追い込むことが不可能だったあれを追い込んだと思われるイアンナに驚く。
『ええ、あれは魔法の扱いにそこまで慣れていないようでしたから、慣れていた私が押せたのも当然ですかね』
今のイアンナの発言を真実だと仮定しよう。それならば、先ほどの戦闘において魔法センスに優れるイアンナが圧倒できたのは説明できる。センスは能力とは似て非なるものであるから。
しかし、それだとニンガルに化けたウル・ディーメアがニンガルと同じだけ転移を扱えるということが説明できない。実際転移は状況判断能力があればある程度扱える。しかし、やはり胸に引っかかる。
『そんなことより、ニンガルはさっきどうやってボク達を転移できたんだ?』
ニンガルの若干悔しげな表情を察知したエレシュは、チームメンバーの敵が最後までウル・ディーメアであるように話題を変更する。
『ああ、あの気味の悪い空気は私の転移において、『どかされる側』ではなくて『どかす側』だったんです。エレシュさんの隣に転移することができなかったので、反対にあれを別のところに転移させて少しずつ手を近づけていったんです』
ニンガルの答えに一同は感嘆の声を上げる。発想の転換とはまさにこのことだ。戦闘において最も頭が切れるとクローヴィスに評価されているだけはある。
『よし、残るは快君か。ニンガルが新たに扱えるようになった上位転移魔法なるものを用いて合流するぞ! そして五人であの忌々しいウル・ディーメアを倒し、プレートを手に入れようじゃないか!』
クローヴィスの鼓舞を受けた三人は改めてウル・ディーメア討伐とプレート回収の覚悟を決め、快のいる部屋へと転移した。
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「アアァァァァッッ!」
「ど、どうしたどうした」
快は、目の前で絶叫し大きく身体を上下させる黒い謎の存在を目の前に、心底不気味がっている。そんな快には目もくれず、ウル・ディーメアはその本来の姿を晒しながら唸る。
「あの小娘どもがぁ!」
狂気的な口を大きく開き、細い腕で地面を叩く。ウル・ディーメアとしてはそれぞれを隔離した時点で勝利は決まったようなものだった。
しかし神子の快とニンガル、そしてタイラーゲート家きっての天才であるイアンナによってその計画は崩され、イアンナには瀕死状態にまでされた。快の能力を借りることができたからよかったものの、そもそもあそこは自分が殺さなければならない状況だった思うと胸がむかつく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
四足歩行で快に向き直ったウル・ディーメアは、快に唾液を飛ばしながら嗤う。
「お前らはもう、殺すために殺してやるよ!」
ウル・ディーメアはそう言うと、快の目の前でニンガルに変化した。
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次回は決戦です!
お楽しみにしてくださいね!
(次次回は少し遊びますが、お付き合いください)




