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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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28.海蝕洞

 



 午後十一時五十分。ケースリット大学校長室に、五人の人間が集まっている。それぞれはこれから起こるであろうことについて様々な想像を巡らせている。


 クローヴィス=タイラーゲートは、このケースリット陣営、エンリルとルーツェの言うところの『エンキ派奪取陣営』のリーダーである。


 ウル神国に『学問においてこの国の発展に大きく寄与し、また今後もそれを期待するべく各所において優遇する一族』として、国内唯一の特別貴族として扱われているタイラーゲート家の現当主だ。その能力は大半を頭脳に割いているものの、火魔法に関しては人外級の扱いをすることができる。


 今回で三枚目のプレートを回収すると言うことで、三人の助っ人の追加に心から喜んでいる。三人の実力は彼が認めたのだから。


 イアンナ=タイラーゲートは、クローヴィスの娘だ。各代と同様に父が校長を務めるケースリット大学に在籍しており、その成績は学内トップだ。


 魔法においても扱いに長けており、転移魔法、治癒魔法の人属が扱うことのできる『生まれた瞬間に扱えるか否か決定する』魔法と陰魔法と陽魔法を除いた火、水、土、風の魔法を最高レベルで扱うことができる。また魔法の組み合わせのセンスもあり、圧倒的戦力だ。


 エレシュ=セルバントスはイアンナと従姉妹の関係にある。幼い頃にタイラーゲート家に預けられ、イアンナとは姉妹のような関係を築いている。イアンナと同様にケースリット大学に通い、その成績はイアンナに次いで二位。魔法は陰魔法と治癒魔法の扱いに長け、こと陰魔法においてはテレパシーという最高レベルの魔法まで扱える。


 イアンナとエレシュの二人は初めてのプレート回収に程よい緊張と期待を抱いている。


 ニンガルは幼い頃、クローヴィスに引き取られた元浮浪児だ。謎の多い彼女は、しかしその高い陽魔法と転移魔法を扱う能力によって特にクローヴィスと快からの信頼が厚い。逆にイアンナとエレシュは最近になってその存在を知ったため、若干警戒している。


 プレート回収に対して彼女が抱く思いは特別である。なぜなら彼女はそのために生かされているのだから。格別の思いを胸にしまっている。


 そして、長田快。彼は異世界から転移してきた少年だ。神子でありその能力として自動治癒能力をエンリルに与えられた。神子として回収したプレートをエンリルの復活に使うべきではあるのだが、こうしてエンキ派奪取陣営側にいる。


 しかし彼としては最終選択はまだしたくないというどこに身を置けばいいのか分からない状態だ。


 彼はプレート回収をこの世界での『目的』と捉えた。異世界に来てやるべきことはその『目的』を達成すること。そうすればなんらかの解決策が、快が今もなお帰りたいと思い続けているあの世界に帰る方法が見つかる。その思いのみ。


「準備は整いましたか?」


 声をかけるのはマリナの街まで全員を転移させるニンガル。全員はクローヴィスに言われた持ち物を四次元チューブに詰め込み済みだ。クローヴィスに用意された服にも着替えた。まさに遠征だ。


 全員の様子を見て整ったことを確認すると、クローヴィスに目配せをする。


「よし、それでは出発前に最終確認だ。まず別行動は決してしないこと。私とニンガルを頼ること。無理をしないこと。常に周囲を気にすること。エレシュに繋いでもらうテレパシーで情報を交換すること。

 特に最後のこれは重要だ。相手に悟られず情報を交換するということは実に有益だ。絶対に守るように」


 皆を見回すクローヴィスは強い信念をその顔に刻み込んでいる。


「それでは出発しましょう!」


 ニンガルがそういうと、五人はギュッと近づき肩を組む。となりのイアンナからいい匂いが漂ってくるのを快が感じるのと同時に、視界が丸ごと入れ替わった。まるで映画のシーンが変わるときのように、パッと全てが入れ替わった。


 そして目の前に広がったのは、闇の中不気味に蠢く波だった。




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 夜の海は恐ろしい。それは数多くの文学作品で描写される映像と感慨だ。それは溺れそうだから恐ろしいだとか、冷たそうだから恐ろしいだとか、そういった具体的な恐怖ではない。


 ただ夜の闇に同化した、大きな何かが絶えず波を立て蠢く。その様子に本能的に抱く恐怖だ。彼はそれを実感しながら周囲を見渡す。


 今彼らが立っているのはマリナの街の海岸にある岩場だ。ニンガルがエレシュに声をかけると、テレパシーが繋がった。


『どうだい、聞こえるかい?』


『ああ、エレシュありがとう』


 エレシュとクローヴィスのやり取りを聞いた他三人は頷き、口元を締める。いよいよだ。テレパシーが繋がったことでそれを強く自覚する。


 首元を生暖かい空気に撫でられながら、五人は岩壁の少し先の方に存在する、ポッカリと開いた大穴に向けてでこぼこした地面を歩く。


 わずかな月明かりだけが頼りではあるが、ニンガルが通って行く道を辿れば不思議と歩きやすい。彼女が選んでいるのだろう。そうしてしばらく岩壁と並行に歩くと、いよいよ海蝕洞の目の前にまでやって来た。


 海蝕洞の中はまさに真っ暗闇。入り口に立つ快は、自分の一メートル先に何があるのか、そもそも何かあるのかどうかすら分からない。


『よし、では行くぞ。ここからは絶対に声を出すな。それから、私が最低限の明かりをつける。先頭を歩くニンガルの後を忠実に辿りながら周囲に気を配れ。命はいつ落とすかわからないものだからな』


 クローヴィスはそう言うと、手元から小さな火の玉を、ちょうど怪談に出てきそうなもの、を作り出しニンガルの右上あたりに浮かべた。その後も同様のものが四つ生み出され、全員の周囲をぼんやりと照らす。


 はっきりと見えるようになった各々の顔は真面目一色。快も大会の時のような緊張感と責任感を胸に眼光を鋭くしている。


 だがしかしそんな緊張をよそに大口を開いている目の前の穴は、その中の特異性を誇っているようでもあった。


『では』


 ニンガルは短くそう呼びかけると、その海蝕洞に足を踏み入れた。




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 中は思いの外広かった。快の中ではこういった洞窟は入り口だけが大きく、その中は早い段階で狭くなり壁や天井がすぐそこにあるもののイメージだ。


 しかし一列になって歩く一行それぞれから発せられているように見える明かりは、その周囲の壁面を照らし出すほどの強さは持ち得ておらず、陽魔法を扱うことのできるニンガルだけがその感覚を強化して何とか前に進んでいるような感じだ。


 それだけ広い洞窟だ。


 快は発散のしようがない締め付けるような緊張感に眉をひそめる。


 洞窟に入ってから十分。ようやく魔獣が登場した。人系の生き物以外の動物は、らせん構造が一重二重三重の順番で、野獣魔獣神獣と呼ばれている。魔獣になると知能を得、神獣になると魔法を扱うことも言葉を扱うこともできるようになる。


 潮が満ちるとここには波が入ってくるのか、ボコボコとへこんだ部分に溜まった水が、五人の足を冷やしていた。そんな中ニンガルが立ち止まった。


 軽く金属が擦れる音がしたかと思うと、彼女の手には指の間に一本ずつ、合計八本の漆黒の長針が握られていた。その彼女の動作はあまりにも美しいものだった。


『魔獣ッ!』


「ギャァァッーーーー!!」


 ニンガルの影が消えたかと思うと、前方から老婆の叫び声のようなものが何重にも聞こえてきた。暗闇からの襲撃と自分が確認することができないところで行われている戦闘。それに形容し難い不安を抱く快。


 その後も三、四度それが繰り返されると、今度はクローヴィスが突如として横に手を突き出した。その手から放たれる炎は一瞬にして広がり周囲を照らす。





『ッ!!』


 そこに浮かび上がったのは、血に塗られた岩壁、胸元を槍で貫かれ息絶えた冒険家だったと思しき人々の死体の数々。


 そしてその死体に突き刺さっているものと同じ槍を携えた生物。それも大量のそれらが一行を取り囲んでいる。


 それは、人魚と呼ぶべきなのだろう。しかしその姿はお伽話に出てくるようなプリンセスとは違い、実に醜い。全体的に灰色の肌、下半身は鯉のような粗雑な鱗に覆われ、常軌を逸した筋力で立ち上がっているような体勢だ。


 上半身は先程聞こえた声にふさわしい老婆のようなものだ。シワシワで顔面はこの世の全てを憎んでいるような醜悪さ。ただしその腕だけはかなりの太さで、リーチのある獲物を存分に扱うことができることを窺わせる。


 前方で人魚を数体仕留めていたニンガルはこちらの様子に気づくと、一瞬でこちらに戻ってくる。クローヴィスが作り出した炎は人魚と快たちの間に境界を作り出し彼らの侵入を許さない。


 ニンガルに殺された人魚達は胸と後頭部を貫かれており、明らかに息絶えている。しかし快たちを囲む人魚の数は数え切れないほど多い。


 呻き声を上げる人の顔をした獣は快たちのことを追い詰めたと見たのかニタニタと嫌な笑みを浮かべながら槍を投げるフォームに入る。


『ボクはやっぱりここに来ない方が良かったかもしれないね』


 しかし突如として彼らはその槍を投げ捨てた。そしてそのまま全身の筋肉を緊張させ、焼かれたスルメイカのように折れてしまうのではないかと思われるほどに身体を歪める。


 快はすぐにこれがエレシュによるものだと気付いた。そしてチャンスを逃すことなどできない。風魔法の魔法陣で倒せるだけの敵を倒す。それと同時にイアンナとクローヴィスも魔法を放ち、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が洞窟を満たした。


『く、崩れないか!?』


 快は今の二人の魔法の火力と衝撃のあまりの激しさに動揺を隠しきれない。明らかなオーバーキルは元の世界で快が一つ好んで行っていたことだったが、現実では、果たしてこの世界が現実なのかどうかは些か議論の余地がありそうだが、地形破壊のデメリットがある。


 しかしそんな快の心配をよそに世界は修復していく。大火力の肌を焼く熱は水たまりを揺らしながら空虚に消え、視界を染め上げた光は先ほどまで灯っていたあの明かりにまで小さくなっている。


 そしてギャーギャーと騒いでいた人魚は、すでに明かりの届く範囲から外れているのでどうなったかわからない。しかし五人の鼻は汚物を焼却したような異臭におかされていた。





 しかし、やはり無闇にその存在を確定させるような行動は取るべきではない。


 それはもちろん、いくつかの意味で。



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活動報告を少しだけ書かせていただきました。

お読みいただければ幸いです。

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