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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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27.最終準備

 



 快はニンガルとの特訓が終わってからケースリットに帰ると、早速すでに準備されていた夕飯にありつくことができた。


「おかえり、なんだかすっきりした顔になったね」


 席につき、食事が始まってからにしては遅すぎる言葉と、素直な感想を口にしたエレシュは快の顔を覗き込みながらもぐもぐと咀嚼する。サラダだろうか。彼女の小動物的なイメージによく合っている。


 たとえ若干の恐ろしさやズルさがあっても、彼女の心根にある優しさは、溢れることを恐れているその様子から溢れている。そもそも快がそういった人の心の奥にあるものを察する能力に長けているというのもあるが。


「うん、まあね。自分の中で割り切れたっていうか」


 実際こうして快のことを気にかけてくれているわけである。


「そもそも何に悩んでいたのかさえ教えてもらっていないボクたちからしたらなんの話かさっぱりだけど、まぁよかったよ」


「さっぱりって、あなたが気になったことをテレパシーで詮索しなかっただなんて疑わしいですね」


 二人で話していると、イアンナが楽しげに笑いながらそう口を挟む。彼女も恐いくらいに優しい。初対面の時はツンデレだと思っていたが、どうやらただの優秀な美人特有の近づき難さを感じていただけだったように思える。


「いくらボクだって、そのくらいの分別はつくさ」


「そんなに悪人ぶる必要はないんですよ? 知ってますか快君、彼女はーーーー」


 直後、快の頭の中を大音量のノイズが埋め尽くした。さすがに耐えきれず、グッと声が漏れるがすぐにそのノイズも消えた。


 目の前に座るのは楽しげに、しかし少しばかり今のエレシュの抵抗に対してつまらなさそうにも見える顔で微笑む深い紅と純粋な白の美少女と、頭髪も肌の色も明度の高い色で塗られた美少女だ。隣に中年男性もいるが。


 まあ彼は置いておいて。


 快は今、ただただ純粋に幸せを感じている。


 明日出発するわけではないのだが、どうしてもセンチメンタルな雰囲気を感じてしまう。思い返せば快がこの世界に転移したのは一二ヶ月も前のことだ。


 まだ慣れないこともあるが、しかし慣れたこともたくさんある。エレシュが彼女のレアな能力であるテレパシーを駆使して言葉を教えてくれたり、イアンナが魔法を見せてくれたり。


 それからここにはいないがニンガルは共に鼠に対して警戒をしてくれ、最終的には協力することで問題を解決することができた。それからルーツェはーーーー


 いや、別に彼とは仲良くはない。ただ同じ神子だというだけだ。


 ともかく、この期間だけでも快はこの世界に、そしてこの場所に適応し始めることができた。そうして今は先日まで自分の胸に突っ掛かっていたものも取れ、イアンナ、エレシュと三人でこうして笑い合っている。


 これを幸せと呼ばずなんと呼ぼう。そんな似合わないことを考えているとーーーー


「食事中は行儀良くしなさい! 団欒と騒ぐことは全くの別物だ!」


「はーい」

「分かりましたわ」

「す、すみません!」


 三者三様の返事をすると、それぞれは食事に集中した。




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 快は今、バーNinQluraにいる。その理由はあえて述べない。


 目の前に置かれているカーディナルは残り三分の二ほどか。今日はあまりルーツェに会いたい気分ではないのでマスターの近くに陣取り、彼が近づいてきたら教えてもらうことにしている。


「マスター、やっぱり店名の由来は教えてくれないんですか?」


「ええ、申し訳ありませんが。私の一つのこだわりでして」


 マスターと呼ばれているその男はかなり歳を重ねている。腰が曲がるほどではないものの、顔に刻まれたしわやしみは彼の今まで重ねてきた経験の多さを物語っているようだ。


「へーぇ」


 しかし教えてもらえないと分かり明らかにつまらなさそうな声を出して、快は今日のニンガルとの特訓を思い出している。


 最後、枝の上から周りを見渡しているニンガルの隙を狙っていた快は、あの時明らかな殺意を彼女に対して抱いていた。


 今までは当然ながら特訓だからという理由で殺意など抱いてこなかった。しかし初めてあの針を刺され、火がついたのだ。最終的にはあの笑顔に全てを流してしまったが、しかしあの時の鼓動は忘れられない。


 彼女が嫌いなわけではない。むしろここまで良くしてくれているので感謝している。しかしそれでも殺意というものは突発的に湧くものだ。快からしてみればそれは常識なのだが一般的にどうなのかは実際わからない。


 あの明確な殺したいという意思を抱いたのは当然ながらあれが初めてではない。一番近い時だとコール戦のときだ。あの時はもちろん今日よりも殺したいと願った。


 しかし何故だろう。今日の殺意の方が快の胸に何かを残したのだ。それは彼女との明らかな実力差によるものなのか、はたまた別の要因なのか。今の快には分からない。


 だが、ただあれは心地良かった。


 そんなことを思いながら、快は今度はエンリルの嫌な言葉、血を舐めとけといった内容のものを思い出していた。


 これに関してはただ快の一種の嗜虐性を指摘しただけだろう。だが彼に言われるとなんだか胸がムズムズと不快な感覚になってくるのだ。


 全く、どうしたものだろうか。




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 帰ってきた快は、時計の針が二本真上で重なっているのを確かめると、ため息をついて寝巻きとタオルを手に持った。


 向かうは浴場。夜の入浴は当然ながら朝風呂と違いキチンと全ての浴槽に浸かる。朝風呂で浴槽に浸かるのもなかなかレアなものではあるが。


 ここの浴場は下手な温泉旅館どころか中程度の温泉旅館よりも充実した設備が整えられている。炭酸風呂弱酸風呂水風呂ぬるま湯など。


 この中で特に快が気に入っているのは、水風呂と炭酸風呂だ。この二つはなるべく朝にも浸かるようにはしているのだが、ゆっくり堪能することができない点、体が十分に温まっていない状態で入るしかないという点で夜の入浴には劣る。


 その分楽しむ、そのために熱湯風呂に長めに浸かり茹でタコになりかけた快は水風呂で一気に体を冷やす。明らかに循環器に悪影響をもたらすその行為は、何とも言えない快感を快に与える。


「あぁー……」


 ふやけた全身が急激に締まっていく感覚。脳が冴え興奮し、今ならどんなことでもできそうな万能感。それが快の体を優しく、しかし確実に包み込む。そんな状況に慣れて来ると、お風呂をあがる時間が来てしまう。


 後ろ髪引かれる様子なく浴場から出て体を拭き、寝巻きを着た快はそのままベッドで眠りについた。




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 快は久しぶりにそこに居た。


 否、居たという表現が適切なのか今の快には分からない。なぜなら今快はそこに確固たる存在として存在していないから。そして言うまでもなくいつももそうだ。


 快の周りを地平線まで続く彼岸花畑が囲っている。そこではふわふわとした浮遊感と視覚情報と聴覚情報以外なにも感じることはできない。しかしこれだけでも快にとっては自らの存在を『信じる』に足る。


 空気となって花の隙間を縫うときも、水となって地面の中を泳ぐときも、時間となって変化の無い変化を見守るときも。


 どんなときもその三つだけが長田快の存在を保障する。自我すらはっきりとしない、まさに動物にでもなったかのような感覚。こうして感じているこれすら曖昧だ。


 あまりにも何もなく不自由なそこは、どこまでも自由だった。


 しかし、その遠くに感じるような幸福感を吹き飛ばすかの如く、突如として異物が混入する。


 明らかな存在すら許されないそこに入り込んだそれは、周りを侵食するかのような自我を溢れさせながら漂う快に近づく。一体何が来たのかと不審がる快はそちらを意識する。


 しかしそこに立っているのはただの一般人だ。マリナの街ですれ違っても気付かないほどの凡庸さ。


 無表情の彼、否それとでも言うべきか、は快の目の前で立ち止まる。動揺する快。


 すると唐突に、本当に唐突にそれは爆散した。


 唖然とする快。およそ水月のあたりで発生したと思われる爆発は、それの下は腰骨の辺りまで、上は全てをぐしゃぐしゃにしていた。


 内臓は何処かへ吹き飛び、花弁のように広がった肉と皮は脊骨の儚い残骸をしべにでもしたかのように飾っている。頭はすっかり消え去り脳みそと思われる黄色やピンクのベトベトとしたものが飛び散っている。


 快は唖然としている。目の前で爆散したそれの体液を肉を脳を存在に浴びせられた快はその他者に対するなんらかの干渉という形で存在が一気にハッキリする。




 ーーこんな魅力的なシーン、動画でも見たことない


 それが彼が唯一抱いた感想だった。




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 翌朝、目を覚ました快は全くいつもと同じように風呂場へ行き朝食を取る。そこにはクローヴィスをはじめケースリットの面々が、ニンガルも含めて集まっていた。


「よし、全員揃ったな。我々は今夜、日付が変わると同時にニンガルの転移魔法を用いてマリナの街へ征く。そして海蝕洞にて五枚目とされるプレートの回収を行う」


 その場にいる全員が唾を飲み込む。


「それにあたり、本日は午前中に準備を済ませ午後には休息、日が沈んでからは作戦を伝える。決して無理しないように」


 四人は息を揃えて頷き、決意を明らかにしたような引き締まった顔を見せた。






 思った以上にこの日を忙しく感じた快は、いよいよ出発となったとき、なんとも言えない高揚感を感じた。それが本能的な『男の闘争心』たるものなのか、はたまた全く別のところから湧いたものなのか、快は考えることさえしなかった。




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