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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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26. ラストチャンス

出せました!


 



 快が精神世界で断片的なエンリルとの時間を味わった日からもうすでに何日も経っている。


 別れ際にエンリルが放った訳の分からない言葉が頭の中でグルグルと回り続けたこの数日間も、恐ろしいくらい全く成果が無かった。


 昨日のニンガルとの特訓では、ニンガルが二本目と三本目の針を取り出し『残り二日は全力勝負です』と言ってきた。結果は言うまでもない。


 そう、この日は実質出発前日。明日は準備やら休養やらを取れとクローヴィスからの命令が出ており、快もさすがに丸一日何もしないつもりはないがニンガルとの特訓は無いだろう。


 ということで快としては今日中に満足できる結果を得たいと考えている。


「……いただきます」


 朝食の席。いつものように、四人でなかなかお洒落な盛り付けをされた皿に向き合い、口元にフォークを運ぶ。いつもはザ・団欒の場であるここも一大イベント、と言えるほど楽しめる仕事ではないが少しばかり胸が膨らんでいることは否めない、であるプレート回収を直前に控えているためか若干静かなものだ。


 快はむかむかした胸を時折さすりながら咀嚼した有機物を食道から胃に流し込む。


「……どうしたんですか快君、ここに来て怖気付いてるんですか?」


 イアンナが快を挑発するかのような言葉を発する。のだが、その声音からは純粋な心配の意思がこれでもかと溢れており、快もそれには笑ってしまう。ここ数日でどんどん閉鎖的になっている快を案じているのだろう。下手なやり方だが。


「ほら、そんなこと言うから快も困っているじゃないか。ボクだってそんなこと言わない」


 エレシュが困ったように、しかし楽しげにそう言う。そんな二人の様子は快にとって相当な癒しとなる。こんな時、やはり人は一人では生きていけないのだなとつくづく思う。


「……いや、別に困ってないよ。むしろ、うん。嬉しい」


 さまざまな誤解を生みかねない発言をした快は、いつもならば軽くいじられるはずであるのだが。今日はそうではなかった。ただすぐに部屋に戻って行った快に取り残された二人の美少女は、ただただ困り果てていた。今までの快との様子の違いに。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 午前中。快はこの日になって一箇所、魔法陣の参考になりそうでかつまだ観察していなかった場所を思いついた。


 それは、ここケースリット大学だ。


 しばらく前の鼠騒動で誰かが一棟には敵意悪意を抱いた存在は立ち入ることができないと言っていたはずだ。それもおそらくは魔法陣によるものだろう。


 であるならばそこ、と言うよりここを観察しない手はない。


 そう思い毎日自分が寝起きをしている建物を閣塔と同じ要領で観察していく。しかしこうしてみると自分がいかに異世界貴族的な生活をしているのかよくよく思い知らされる。


 石造りの外壁は磨きがかかっており独特の光沢を放っている。滑らかな質感のそこには魔法陣らしきものは見当たらない。だが快もこの一週間を努力もしないで過ごしてきたわけではない。ただ目的は果たせていないだけである。


 外壁に魔法陣が見当たらない場合、どこにそれが隠されているか。それは大きく分けて三つのパターンがある。


 一つ目、閣塔と同じように魔法陣の上に大量の装飾をこしらえて目が向かないようにする。


 二つ目、外壁ではなく下の地面に立体的に魔法陣を張り巡らす。そう、これは快の中の魔法陣の概念を大きく前に進めたものだ。木の根は地面の上に顔を出している部分と同じだけ広がっていると言う。それと同様に地下に特殊な石材を巡らし、それが魔力を帯び魔法を行使する。


 実はこれも閣塔で用いられている。そう、あの赤黒い謎の固体だ。仲良くなった門番が教えてくれたと言うことは内緒ということになっている。


 三つ目、これは正規軍の本部に用いられていたもので、いわゆるカモフラージュが施されている。国内でも扱える人は唯一だとも言われている魔法陣カモフラージュ用の魔法がかけられているらしい。


 ちなみにこの情報も人から聞いたものだ。誰だとは言わないが、この国には正規軍と聖光騎士団の二つの軍がありどうたらこうたら。


 そこらへんの話は複雑そうだったのでよく聞かなかったが、そういった技術があるということを知るのはかなり大きなことだと考えられる。


 若干話が逸れたが、まず一つ目はあり得ない。ツルツルで均一な質感のこの外壁を見るにありえない。そして二つ目もありえない。なぜなら地中から発生する魔力を上に引き上げるのに必要なものがないからだ。それはあの赤黒い石材、閣塔ではエンリル像が手に持っていたものだ。


 したがって考えられるのは、快がまだ知らない方法があるか例のカモフラージュだ。


 代々天才である一族のことなので何かしらの方法を編み出していても不思議ではない。また、ウル神国の学問を担う特別貴族としてのその立場は特別な保護のもとにいても不思議ではない。


 ということで快は早速校長室に向かった。目的を忘れてしまったようにも見えるが。




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「クローヴィスさん、ここを守ってる魔法陣は軍の本部のようなカモフラージュを受けているのですか? それとも独自の方法ですか?」


 快の何の前触れもない質問、それも国内でもごくごくわずかな人間しか知りえないような情報をさらっとまぜた質問を浴び、クローヴィスは頬を引きつらせる。


「え、えと、魔法陣?」


「はい。僕はここ一週間空間的に広がる魔法陣を観察してきたんですけど、そういえばここの魔法陣は見たことないなと思って」


 クローヴィスの緊張を嘲笑うかのような声音で快は続ける。その顔に張り付いた微笑は若干の嗜虐性を孕んでいた。


「そう、か。なかなか熱心だね。そういえばニンガルも快は実に優秀だと喜んでいたーーーー」


「そういえばここの魔法陣は見たことないなと思って」


「分かった。答える、答えるよ。しかしね君、そうやってたまにそっち側の面を出すのは感心しないぞ」


 クローヴィスがため息をつきながら手元の羽ペンの羽を整える。


「確かに、失礼でしたね」


「今後気を付けてくれれば十分だ。で、だ。

 君がどこで魔法陣の不可視化について聞いたのかは訊ねない。しかしあまり人前で言うことではない。

 そしてここ、ケースリット大学一棟を保護している魔法陣はそのカモフラージュによって隠されているらしい。私も祖父から聞いただけだがな」


 快の目が輝く。まあ正規軍本部と同等の保護を受けていると知ったと考えればそれも当然のことだろう。


「でも、そうしたら僕はここを守っている仕組みはわからないと」


「当然だ。そもそも悪意を持った存在の侵入を防ぐ魔法陣など私でも訳がわからない。現実のものとは思えないのだよ。その点ではここの魔法陣は軍本部よりも優れているかもね」


「へー! そうなんですか! ありがとうございましたね」


 その回答を聞いていた快の顔は今までと違い悲しさなど一切孕んでいなかった。


 結局この一週間では、クローヴィスの火魔法の再現をすることは叶わなかった。だがしかし最後のこの日、快の顔に浮かぶのは笑顔であり決してネガティヴなものではなかった。果たしてはそれは諦めによるものなのだろうか。




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 空気を切る音がしたかと思うと、目の前に立つ女性の手には漆黒の長針が五本あった。


「なっ!?」


 驚きを隠せない快目掛けてニンガルはその針を二本投擲した。快は驚きをを引きずっているにもかかわらず慣れた動きで身を捻り、自分をその針が通り抜けた瞬間に背後に向けて火球を放つ。


 そうしてニンガルの転移を潰しつつ反作用の力でニンガルに突っ込む。当然ニンガルは針で快の頭を貫こうとするわけだが快もこの一週間何も得なかったわけでもない。二本のナイフをちょうど重ねニンガルの針を防ぎ手首を切り落とそうとする。


 しかしそこには彼女は存在せず地面に受け身をとった快の視界の端に今にも見えるが飛びかかろうとしているニンガルの姿がうつる。


 そこで新たなシークレットアイテムを使う。


「なんと!」


 ニンガルを感嘆させたそれは、ジャパニーズニンジャアイテム、鎖分銅だ。真上の枝に引っかかったそれはそのまま快の上昇に余すことなく実力を発揮する。


 異世界補正が付いたそれはフックガンのように上昇を補助し、攻撃の際は伸びることもするという。実はこれは昨晩割と大金を叩いて購入した代物だ。だがすでにナイフと魔法陣で手がいっぱいなのにどうやってこれを扱うか。


 なんと快は魔法陣の陽はいつも通り腰回りに巻き付け、火球を右手、風を左手、土を右足そして水を左足に巻きつけている。


 火球と風は直接の攻撃に使え、土と水は妨害がメインとなりそうだったのでそう配置した。そして鎖分銅は右手首に一端を巻きつけている。魔法でいくらでも縮むそれは使わない時はいかついブレスレットにしか見えない。


 空中に上がった快を容赦なく追撃するニンガルは、しかし快の足から降ってくる砂に目をやられ、素直に地面で待つ、とはならない。


 手元にある三本の黒針の内二本を快に向かって投げる。そのうち一本はナイフで弾くことができたが、もう一本は快の右太腿に浅くではあるが刺さる。


「ぐぁっ!」


 快の体を駆け巡るその痛みは、今まで感じたことのないものだった。人生初の刺される感覚。


 そう、今までの練習ではニンガルは針が快に突き刺さる直前に針のもとに転移し勝ちの宣言をしていたのだ。しかし今日は違う。最終日だからだろう。もちろん刺さった深さを見るに相当な手加減がされているが。


 その痛みは苦しみとなり、そして間もなく殺意に変わった。誰に対してかというのは言わない方がよいだろう。困ったものだが快はこういう男なのだ。昔から。


「……なんだよ、最初からその気ならそう言ってくれりゃあいいのに」


 快はそう言うと口の端を歪ませ、鎖分銅を枝からほどき砂埃の中に沈み込む。そして先ほどの位置からニンガルの反対側となる方向に鎖分銅を投げながら横向きに高速で移動する。


 そうすると当然砂埃の動きに不自然な動きができるわけで、ニンガルはそこへ向けて飛びかかる。しかし快はすでに後方の草むらに隠れている。


 少しずつ砂埃が晴れていき、そこには腰を低くし肉食獣の如く快を探す黒い影が浮かんでくる。しかし快はまだ攻撃しない。


 やがて砂埃が全て消えると、ニンガルは上方の先ほどまで快がいた木の枝に飛び移る。しかしそこにもいないことを認めると、そこから下を見回すように観察する。


 快は見つからないように動きを止め息を止め、彼女の様子を見る。快の方を見てそのまま見回し、そして彼女の視線が真後ろに向かったところでナイフをーーーー


「ーーーーシッ!」


 突然目の前に現れた女性の顔は、恐ろしいくらいに無表情だった。


 しかし次の瞬間、


「す、素晴らしいです! よくそんな動きができましたね! これなら当日も安心ですね!」


 その溢れんばかりの造形美をプラスの方向に崩し、目の前の美女は快の手を取った。それだけで先ほどまで快の心臓を動かしていた感情は何処かへ消えてしまう。


「ありがとうございます、まあ結局負けですけどね」


 今の今まで快を不快にさせていた『結局負け』。それさえも今の快にとっては心地の良いものだった。


 そして彼の顔を覆うのは、ちょうど昼頃に見せたあの笑みだった。彼の右太腿が疼いた。







 結局。結局彼はこの一週間で前に進むことは出来なかった。なぜなら夕食後の彼は、すでに火の魔法陣を新しく作ることを諦めていたからだ。


 ラストチャンスの日は、快の表面上の感情を優しく慰めただけだった。




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快君あと少しですね。

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