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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
46/93

25.変化

 



 地獄の一週間も七日目。快は相も変わらず型にはまった日々を過ごしている。この日も入れてあと七日経てばマリナの街に向けて出発だ。その上、十三日目は深夜に出発するのだから、日中はきちんと休んでエネルギーを蓄える必要がある。


 つまり、そろそろこの時が止まってしまったかのような状況を打破しなければならない。


 そう、快はここ数日で大きく進展することができなかったのだ。午前中に取り組む、この世界での魔法陣のヒント集めは、主に閣塔近辺の重要な建造物を観察することで行っている。しかしどの日も解決策となりそうなものは発見できず、試しに描くということすらあまりできていない。


 午後のニンガルの特訓はなるほど確かに今まで触れてこなかった戦術的なことを学べるため、実に有効だと思う。しかしそれは逆に、快にとっては自らの力不足を再確認することでもあり、週始めのころの下向きのモチベーションは全く改善されていなかった。


 夜の元の世界の知識と魔法陣をリンクさせるという時間も、そもそもの魔法陣の原理も理解しきれていない快にとっては無駄でしかなかった。


 こんな何の変化もない日々にどんな形でもいいからと変化を望んだ快はーーーー


 2「5170$+8^*9☆17☆〜°|2445|




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 今日もなんだかんだ言って毎日訪れている閣塔に足を運ぼうと決めていた快は、朝食を済ませるといつもの通り魔法陣用ではない紙数枚と陽魔法が付与された万年筆をポケットに入れ、上層に向けて重い足を運んでいた。


 閣塔にたどり着いた快を迎えるのは、すでに見慣れつつある鎧に身を包んだ大男二人。快とこの二人は言葉を交わしたことがあるわけではないが、何度も見るようになると不思議と親近感が湧くのが人間というものだ。


 快は慰労の意を込めて彼らに会釈する。彼らもまた槍の柄尻で地を突きウル神国の威信を誇り示す。そんなやりとりも今日で二日目なのだが、今日の快は閣塔の地面近くを重点的に観察する予定だ。


 地面に敷かれている石畳と閣塔の大部分は同じ素材でできているのだが、その境は全く別の素材で構成されている。


 全く別の素材とはそれ以外の言葉で表現することはできず、つまり快はそれが何か説明することも理解することもできないのだが、それは赤黒い固体だった。


 その赤黒い何かは閣塔の周囲十センチほどの、石畳があるべき場所と、閣塔の下の部分五センチ程度という実に狭い部分だけを構成している。


 そしてよくよく見てみると、上のほうにあるエンリルの像たちはどれもそれと同じ素材に見える赤黒い球体を手に持っていた。


 と言ってもそれが魔法陣に直接関係しているとは塵も思えず、今度は閣塔の石壁とその赤黒い素材の境界あたりを観察することにした。


 しかしそこに見えたのは美しいくらい綺麗に二つを分けるように入った溝のみ。結局快にとって有益な情報は全く何も手に入らなかった。


 門番がその日の太陽が最も高く登る時間帯に見たものは、肩を落とす黒髪の少年の背中だった。



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 ケースリットに帰ってきた快を待つのはクローヴィスとの二人きりのランチである。快にとってこの世界に来てから毎日繰り返されるこの時間は、常に若干の緊張感を孕んでいる。


 いつも少し違う理由ではあるのだが、総じて快はクローヴィスに何かしらを『見抜かれる』ことに恐怖しているのだ。


 その『何かしら』は今日の場合、というよりここ数日の場合、ひとえに自分の無力さだ。


 クローヴィスにプレート回収の同行を願い出た時、快はコールといかつい大男を殺したことに天狗になっていた。自らの能力を過信し、尊大な態度に出たあの時の快を、今の快は許さない。


 そしてその自分への怒りは他人に対する恥の感情を招き、続けて他人との関係を希薄にしようとする大きな動機となる。


「…………」


「……快君? 何かあったのかい? 私にできることなら手伝うが」


 果たして目の前のパスタを口に運ぶ快には、今クローヴィスの言葉に反応する様子は一切見られない。


 クローヴィスに対して恥と同時に申し訳ないという感情も若干に持ち合わせている快はクローヴィスに顔も合わせられない。それが真実なのだが、クローヴィスの推測は珍しく外れる。


「プレートのことで心配なのかい? 大丈夫だ、あそこは最奥に厄介な敵がいるだけで私とニンガルだけでも十分なんだ。そう気負う必要はない」


「……………………」




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 快がこの状況にここまで落ち込んでいるのに大きな原因として存在する事実に、快の過去がある。


 彼はステータス的にはソシャゲで言うところの周年ガチャの二番目に強いキャラ的立ち位置でこの十七年間を過ごしてきた。


 彼が最も得意とする勉学においては中学では学年トップ、全国的にも有名な超進学校に進むと流石にトップは取れはしないが毎回テストや模試では学年上位十パーセントには入っていた。


 運動は屋外は基本的に平均だが、器械運動は得意な部類に入り、中高では剣道部で部長を務めていた。大会の実績も華々しいとまではいかないものの、『長田快』の名前はある程度知られていた。


 容姿に関しては上の下ほどだ。各パーツがはっきりとしており眼光は鋭い。好みの分かれると言えばそうであるがその顔に嫌悪感を抱くという人はいない。


 ただし一つ、そのステータスからは想像もつかない快の背後に、いわゆるガールフレンドがいたことがないというものがある。


 多分これからも女の人と一緒になるなんて無いな、いやそっち系じゃなくてね。だれかと二人で一緒にいる自分が想像つかないんだよね。というのは彼の言葉だ。


 長くなったが、つまり恋愛を除いて失敗経験が少ない快にとって、ここまで精神的なダメージの大きい『劣等感』は珍しいのだ。珍しいものに対して耐性がついているはずもなく、快は現在若さゆえの苦悩たるものに覆いかぶせられているのだ。


 そんな快が今現在向き合っている女性。その名はニンガルであるが、彼女の戦闘訓練はかなりの質の高さだ。昨日までの六日間だけで快の立ち回りは見違えるほどに上達し、ニンガルとしてはもはや十分というほどだった。


 しかしクローヴィスから最後まで伸ばし切るよう指示されている彼女は、心を鬼にして快の指導にあたる。


「本日の練習は、『攻撃は最大の防御そのイチ』です」


「その一?」


 快はニンガルの言葉尻にあった不穏なワードに首を傾げる。


「ええ、その一です。この考え方は戦闘において、一つの終着点ともなる考え方です。こちらが攻撃の手を緩めなければ、相手は守りに徹し警戒に徹し、そうして自分の身を守ることしか考えなくなった相手はこちら側にとっては危険でもなんでもなく、さらに隙が露呈してくるものです」


「今日はその一として、私を攻め続けてください。私は攻撃も逃走もしません。ただ捌き自分の身を守るだけですので、攻撃をし続けるでもあえて攻撃しない瞬間を作って動揺を誘うでもよろしいです」


「なるほど、分かりました。よろしくお願いします」


 そう言って快は早速ニンガルに飛びかかった。しかしニンガルにしてみればこんなものは屁でもなく、軽々と快の頭上をローリングして避ける。


 快も負けじと振り返り際に火球を発動。ニンガルはそれに対して漆黒の長針を快の足元に投げて刺し、転移しようとする。


 とっさに退こうとしたが思い留まり、長ナイフを構える。これで転移は阻止することができたが、今度はニンガルが陽魔法で突っ込んできた。とっさに長ナイフをニンガルに向けるが彼女は一瞬で姿を消し、


「もう一度ですね」


 もう幾度となく耳元で囁かれたその言葉が、再び快の脳を震わせた。





 結局快は今日の特訓を日が暮れるまで続ける羽目になった。大体の場合で快は途中からニンガルに攻められ、『攻撃は最大の防御』をやられていた。


 最後の方にはなんとか耐えられたのだが、まさにその様子は『耐えられた』という表現が最適な様子であり、なんとも情けない姿だった。




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 夕飯後、快は自室にこもっている。今も元の世界における知識をこちらの世界の魔法陣に応用することができないかという試みに取り組んでいる。


 だがこれに関してもこの数日間で全く進むことはなく、快にとってはストレスでしかない。ストレスならそんなことやめてしまえと思うのだが、始めたらやめられないタイプの快は机に向かってうんうんとうなっている。


 快が思いついた試す価値のありそうなものは、太陽系の星々の軌道、ドップラー効果の波形のようなもの、デザイン定規で描くことができる絵柄などだ。


 しかし前二つはそもそもそれがこの世界で特別な意味を持っている可能性が低く、ドップラー効果に関しては何を言っているんだと後で自分で思った。デザイン定規は自分の手で再現することが不可能に近かったので諦めた。


「はぁあ。あぁ、もういっかな」


 快はため息をついてそうこぼす。


 諦める。


 そう、快の過去の結果を支える大きな要素。それは、諦めること。


 身の丈に合わない行動はすべきではない。


 自分ができることをして確実に自らの利益につなげる。


 だが快はつい先ほど述べた通り始めたらやめられないタイプ。なら何を諦めるのかーーーー





「エンリルに何か聞こうかな、俺が望めば繋がるらしいし。この手は使いたくなかったんだけど……」


 そう、この自分の力だけの『身の丈』で頑張ること。それを諦め、他人から力を借りハイヒールを履いて『身の丈』を変える。


 そう考えた瞬間唐突に襲ってきた眠気は快の意識を強制的にオフにし、その場で崩れ落ちるように眠った快は次の瞬間目を開いた。


「私に力を求めたか、長田快」


 信じられない。先ほどまでの現実となんの境界もなく、ただ世界が入れ替わっているだなんて。本当に困った神だ。


「ええ。僕はそろそろエンキ派奪取陣営とともに五枚目のプレートの回収に向かいます。そしてそれにあたって僕の力不足が僕に懸念されています」


 なんだ? 最後なんて頭の悪そうなことを言ってしまったんだ。


「それに、ルーツェが二つ目の異能が与えられるはずだと言っていたので」


「ほう、ルーツェと話したか。どうだ貴様とルーツェは随分と似ているだろう。私は驚いたぞ、神子となる才能があるものがここまで似ているとは」


「答えてください」


 くそ、付き合ってる暇はないんだ。チンタラと話してないでさっさと答えろ。


「言葉には気を付けろ、私がこの世界で最大の価値を持っているのだ。その価値はこの世界よりも大きい。なぜならこの世界は私によってここまでのものになったからだ!」


「わ、分かりました。たしかに失礼でした。ん、ご教示下さい」


「ああ、いいだろう。貴様の第二の異能は必要な時に手に入る。楽しみに人間の死体から溢れる血でも舐めておけ!」




 目が覚めた快が床から起き上がり時計を見ると、長針短針も変化していなかった。




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次の投稿は十二月になるかもしれません!


頭の中ではもう三章なのに!

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