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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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24.恥

 



 朝日がカーテンの隙間から部屋の中に差し込み、陽気に活動の開始を促す。しかしそんな陽気すらも部屋の住人にとっては自らに対する煽りのようなものに感じてしまう。


「…………」


 昨日という日は本当に散々だった。


 午前中に自分の無力さを痛感し、昼食後にもまたそれを痛感した。夕飯の後もそれを痛感し、最後に赴いたバーでは同じ境遇、神子であるルーツェとあまり良い別れとは言えない別れ方をした。


 自分という人間のスケールがどの方面に対しても小さい気がしてならない。そしてなりより、こんな日々があと一週間、それも元の世界の一週間よりも五日長い十三日間、から一日引いた十二日間も続くと思うと目眩がしてくる。


 そんなことを考えながらも惰性で着替えを持ち風呂場へ向かう。慣れた手つきで脱いだ服をカゴへぶち込み、浴室に足を踏み入れる。


 いつもと変わらず完璧に掃除が行き届いているそこでは、溢れんばかりの大量のお湯が、湯気とともに快を迎え入れた。


「……はぁ、気持ち悪りぃ。慣れない酒を飲んだからかな?」


 そう口にした彼は全身をお湯と泡で清める。朝の風呂は睡眠で取りきれなかった疲れと、睡眠による疲れ、そして眠気を同時に毛穴という毛穴から抜き出すように解消する。


 また顔にかかるお湯は本能的に危険を察知させ、快の脳を最高の状態に働かせ始める。そうして炭酸風呂と水風呂にいつもより少し長めに浸かり、今日一日のことを考える。


 というのも元の世界では快はスケジューリングオタクだったのだ。こちらに来てからは言葉を習ったり魔法陣と向き合ったりと、大体同じことをぶっ通しでしていたので必要性を感じなかったが、この一週間はそうはいかない様子なので脳内だけででもスケジューリングする。


「午前はフリーか、科学者とかは日常の中にヒントが転がってるって言ってたから机以外の何かに向かおうか。午後はニンガルとの特訓……予定もクソもねえな。言われたことをすぐやって帰ったら時間に関係なく入浴。夜も何かしらの魔法陣のヒント、なんだけど。元の世界の知識とかも有効じゃないかな?」


 考えながら風呂場特有の大きな独り言をしていると、快は一つ気がついた。


「うん? これスケジューリングって言わないね。不確定要素多すぎだからな。スケジューリングできる状況じゃなかったわ」


 一人で薄く笑いながら、快は浴槽から上がり浴室もすぐに出ると、拭いた体で脱いだ時と同様に慣れた手つきで服を着た。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 朝食後、快は一人シン都上層へ向けて歩みを進めていた。そこを歩いている人影はただ一つ、快のものだけであり、ほかに立つ人影は全て立派な建物の門番たちのものである。


 それもそのはずだ。ここ上層に足を踏み入れることができるのは貴族とその関係者のみ。クローヴィスがしばらく前に養子として申請した快以外のここに立ち入ることができる人々は、この時間帯には数多くの書類に目を通さねばならない。


 時々追い越して行ったりすれ違って行く馬車をチラチラと見ながら向かったさきには、閣塔があった。


 エンリルは彼を含めた昔の『代表』のエンキを除いた全員の像がここにあると言っていた。それから最上階ではエンキが隠居しているとかなんとか。


「はぁ、元はと言えばエンキが変なことしなきゃ、俺も神子なんかにならなくて済んだんだけどなぁ」


 閣塔を見上げる快はそう呟きながら、閣塔の外壁に施されているさまざまな芸術的紋様を眺める。天を貫く閣塔には、過剰なほどに彫刻が取り付けられていたり外壁自体が彫られている。


 そこには例のエンリルの像が大量に一定間隔をおいて存在するあたり、エンキの歴史改竄の杜撰さとエンリルの存在がこの国の人々にとってどれだけ重要だったのかということがうかがわれる。


 人々はエンリルのことは知っているようなので、おそらくエンキは代表たちに悲しいストーリーを背負わせて封印したのだろう。


 そんなことはさておき、快がなぜわざわざ閣塔までやってきたのか。それにはもっともな理由がある。ずばりそれはここに魔法陣のヒントがあると考えたからだ。


 マジックジムにおいて、いかなる魔法もそこの壁に吸収され無効化される。


 そして、以前は国を守り発展させた十三人の神と半神からなる代表が話し合いを進めたとされる閣塔。そこにマジックジムにあるような技術、つまり魔法を無効化する魔法陣が施されていないはずがないのだ。


 マジックジムの壁は平面であるので、おそらくそこの魔法陣を見てもあまり参考にはならない。それに対して閣塔は立体である。したがって快の予想ではあるのだが、魔法を空間的に周囲に発動させていると考えられる。


 そしてそれは、昨日クローヴィスが見せたあの魔法に通ずるところがある。


「……うーん、見つかんないな」


 しかし快が閣塔の周りを見回しても魔法陣は見当たらない。入り口を守っている厳重装備を身に纏った大男二人は槍を交差させ快の様子を見ているが、外壁しか見ていない快の行動は閣塔の守護をする者としてどこか嬉しいものだったので特に咎めなかった。


 しかし快はちらとその目に見覚えのある線の交わりを見た。


 その脳が違和感を感じたあたりを舐めるように見ると、そこには彫刻の多い外壁の後ろに隠された二層目の壁に魔法陣の一部と思われるものが覗いていた。


 なるほど魔法陣を外壁より外側に対して発動するには完全に覆ってはいけない。さらになるべく目立たせたくないが故こうして過剰な彫刻をアピールしている。


 この方法は今後何かに役立つだろう。魔法陣の大半は彫刻付き外壁に隠されているため、結局知りたいことは知ることができなかった。だがしかし、今日はこれだけでも十分有益だ。


 ーーーーニンガルとの特訓もあるし、帰るか。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「それでは始めましょう。今日は、地形を利用することに集中してください。

 前回は陽魔法で相手を翻弄することについて説明し、実践してみました。これに必須な能力でもありますが、地形を利用することで、戦闘において大幅な時間短縮と勝率の上昇が期待できます。

 例えば、前回私は最初森の特徴を生かして枝を利用しようとしました。快君に潰されてしまいましたけどね。他にも相手の逃げ場を潰したりそのまま相手への攻撃に使用したりと、フィールドには数え切れないほどの補助道具があります。それをうまく利用できるかが重要です」


 ニンガルはそういうと三十秒からカウントダウンし始めた。


「今回は初めてですので、特別に準備時間です」


 ーーーー攻撃と逃げ場潰しか。前回彼女は枝に飛び移った。おそらくあの後は上空からの攻撃を狙っていたんだろう。アニメとかでよくあるのは敵の後ろの木を攻撃して相手に倒すやつか。でも不確実だからそれを狙いに行くのはやめておこう。それなら……


「ゼロ!」


 ニンガルはまず長針を一直線に投げてきた。おそらくそれは攻撃より転移を目的にしているはずだ。ならばと思い快はそれを無視して以前のニンガルのように真上に飛び上がる。


 枝を掴んだ快は状況を確認するため下を向く。するとそこには寸前まで迫っている漆黒の長針があり、そしてそれは一瞬で膨らみニンガルが現れ、


「ダメです。もう一度やりましょう。地形を活用するんですよ?」


 耳元で囁かれたその言葉は、何のフィルターも防御も介さず快の頭に響いた。瞬殺だった。


 瞬殺だった。


 また瞬殺だった。


 今度はちょっとだけ粘ることができた。


 よし、パターンをつかめてきた。


 ーーーーーーーーいい感じだ。


 ダメだ。初めから練り直さないと。


 まだまだ。


 クソが!


 今度こそ!!





「もう一度考えてください。私は快君ができないことはやらせません。少しずつ強くなる必要があるんですから、私との特訓の難易度も少しずつしか上がりませんよ」


 快は考えに考えた。三十秒をとっくに超えてもニンガルは快を待ち、そして一二分経ってから全てのピースをはめ終え準備ができた快に正対した。


「では、始めます」


 ニンガルは先程までと全く同じ軌道で長針を投げようとする。そう、最初は快が立ち止まっていた時間、そこを快は活用することにした。


 針が放たれると同時に快は全力で左手に移動し、針の進行方向の頭上にある枝に向かって火球を放つ。大量の燃えている枝はすぐに落下し始め、ニンガルの転移はとりあえず封じられた。


 その様子を見ていたニンガルは転移を諦め、快の方に向かって飛びかかる。快はそれに合わせてバックステップを踏みながら水の魔法陣で自分が先ほどまでいた場所をビチャビチャにする。


 落ち葉が敷かれた森の地面は、濡れると途端に滑りやすくなる。さすがにニンガルがこけるということはなかったが、着地の瞬間に一瞬動きが止まった。そこへ向けて


「どうだぁ!」


 ここぞとばかりに火球を放つ。しかしニンガルは難なく転移魔法を使い初期位置に戻る。追い討ちをかけるようにニンガルの足元に向けて風の魔法陣を発動し、彼女の跳躍と砂埃を誘う。


 しかし跳躍した彼女は、そこを攻撃しようとした快をあざわらうかのように先ほどの落ち葉の上に立っている。火球で水がすっかり蒸発したそこにいるニンガルは快に笑いかけた。


「合格です、頑張りましたね」


 全く嬉しくない合格発表だった。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 その日の夕飯はチキンだった。なかなか美しい盛り付けに程よく効いた香辛料。元の世界でもここまでおいしく仕上げるのは難しいのではないかと考えている快を見て、イアンナ、エレシュの二人は心配そうにしていた。


「快、どうしたんだ? ボクたちと一緒にプレートを回収しに行けると言うのにそんなにぼーっとして」


 マナー云々はさておき、タイラーゲートの食事では一家団欒、お互いの近況を報告し合うという食事形態をとっている。そんな風習の中でこうした『どうしたんだ?』という質問には当然のごとく素直に答えるという暗黙の了解がある。


 しかし快はそのプライドにより、それを素直に答える気分ではない。おそらくこれは誰が相手でもそうだ。適当にはぐらかそうとする快を見て、しかし今度はイアンナがそれを咎めた。


「これから大事業ですのに、そうして自分の殻に閉じこもるのはどうかと思いますよ?」


「……いいんだ、生まれた時から俺はこんなもんだからね」


 その日、快はすぐにベッドに潜り込んだ。




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