23.再びのNinQlura
今回は字数少なめです。
「キール・ロワイヤルをお願いします」
ここはシン都中層のはずれにあるバー、NinQluraである。すっかり日も沈み無数の星が人々を非現実に連れ込む時間帯、そのバーの席はまずまずの埋まり具合であり、程よい緊張と弛緩のバランスを保っている。
そんな中、ルビーのような美しい赤色のロングドリンクを注文したのは、この世界では珍しい黒髪黒瞳の少年である。元の世界とは年齢制限の基準が異なるため、十七歳である彼でも飲酒は可能である。
キール・ロワイヤルを注文し、それをビルドする店主の老人を見つめるその少年は異世界からやってきた。名を長田快という。
「ありがとうございます……」
完成したキール・ロワイヤルを受け取った彼は、この一日を振り返ってため息をつく。
午前中にはイアンナ、エレシュの二人のプレート回収の同行をかけてクローヴィスとニンガルと模擬戦を行った。彼は何一つ役立つことができずにいた。全く、何もだ。
午後大学に戻り、魔法陣を進めようとクローヴィスにアドバイスをもらおうとしたが冷たくあしらわれた。そしてそのかわりとでも言うかのようにニンガルとの戦闘訓練に連れて行ってもらった。
そこで彼女はひとつだけではあるが重要なことを教えてくれた。その後実戦を一度だけしてもらった。自分で言うのもおかしいものだが、快はそのひとつだけの大切なことをよく実践できたと思っている。『陽魔法は相手を翻弄するために使う』
ニンガルのその訓練方法は効果的だと個人的に思う。しかし、だからこそあの時勝ちを確信した直後に背後を取られてしまったということは、実に屈辱的だった。
その後暗い自室に帰って魔法陣についてさまざまな例を解析して、魔法陣応用編のミソとなる部分を見つけ出すことに全力を傾けた。
だが成果は全くゼロ。
一言で表すと、今日はクソみたいな日だった。
そんなことを考えながら、快は人生二回目のバーで赤く染まったロングをちびちびと飲む。今この時間は何も考えたくない。ただこのなんとも魅力的な雰囲気とアルコールに身を任せ意識と無意識の狭間を漂いたい。
でなければ自分を傷つけることになると自覚しているから。もちろんそれは精神的な傷ではなく。
辛うじてまだはたらく脳みその一部分でそこまで考えると、あとはその野生的で本能的で効率的な残った部分の余韻で息をし、カクテルを少しずつ流し込む。
「ああ、マスターさん。ここの店名の由来って何です? 聞いたことがあるような感じがするもので」
前回来た時に抱いた疑問を尋ねる。
「……申し訳ありませんが、それをお教えすることはできません」
マスターは白と黒が混じった頭髪と髭を揺らしそう答える。彼の意図は快には分からないが、確信が遠のいたというわけでもない。時期を変えてもう一度聞いてみるのも手だろう。ただ、マスターの温和な目がほんの少しだけ悲しみに歪んだような気もした。
「…………はぁ」
それにしてもこのバーは本当にいいところだ。前回来た時はルーツェがまあまあのお金を払っていたのだが、それなりのサービス、つまりカクテルや内装などなどを提供してくれる。
サービスは高ければ高いほど客の意識をそのサービスに集中させ、現実世界でのごちゃごちゃしたものを一時的にではあるがシャットアウトしてくれる。
「ところで、本日はランドール殿とお会いするのですか?」
マスターは快が飲み始めてからしばらく経った頃に唐突に快に話しかけた。
「うん? ああ、いいえ」
ボーッとしていた快は気のない返事をしつつもマスターの顔を見る。まさにカッコいいお爺さんだなぁと一人考える。
「それはなんと。彼がこちらに向かっているのでてっきり待ち合わせをしているのかと思いました」
「分かるんですか?」
「ええ、私はこれでも三重ですので」
マスターがそう言うと、ちょうど重い木製の扉が開いた。快が振り返ると、そこには果たして黒髪に黒仮面、そして真っ黒い衣に身を包んだ男が入ってきていた。
「何だ、長田。お前もいたのか」
彼、ルーツェ=ランドールは懐からプリセッターを取り出すとその針を回す。すると彼は一瞬で黒シャツ黒スーツ姿になり、覗くようになった口元は引き締まりながらも若干の笑みを浮かべていた。
「ふん、こんなにすぐに会うなんてな」
快が前に向き直りながらそう言うと、ルーツェは快の隣にやってきて座った。うまく聞き取れなかったがボソボソと何かを頼むと、口を開いた。
「俺はここの常連だ。俺の方が驚くのが筋だろう。でだ、スラム街の空き地に建ててもらっていた俺らの本部とでも言うべきものが完成した。あいつら俺のことを崇拝し始めやがったからこき使ってやったんだがな、思ったよりいい仕事をしてくれたんだよ。プレートも二枚隠すことができるようになった」
「……そうか、それは祝うべきだな」
「どうしたんだ? そんなにボケッとして」
ルーツェがイメージに反して快を心配するような声をかける。
「……いや、そう言えばお前、エンリルから力を授かったとか言ってただろ。それってどんな力だ」
力。快が今最も強く求めているそれは、前回ルーツェがもらったと言っていた。エンリルから。快はすでに自動治癒という冷静に考えればとてつもなく有用な力をもらっている。しかし、今快が欲している攻撃用の力ではない上に、いつかにエンリルがもう一つ用意していると言っていたのを思い出したのだ。
「俺がいただいたのは二つの力だ。
一つは索敵。そもそも俺は二重らせんなんだが、これのおかげで三重の奴ら、例えばちょうど目の前のマスターが使っている魔法よりも高精度で広範囲の敵を感じることができる。
二つ目は名前が分からない。が、効果としては長剣を扱う時アシストしてくれる。体が勝手に動くんだ。
俺はこの二つでもってプレートを二枚回収したんだがな、エンリル神は残りのウル・ディーメアをやるには対魔法能力が必要だとおっしゃった。俺にそれはないから俺の目の前に現れた神子であるお前は、おそらくその対魔法能力をもらうんだろうな」
対魔法。もう一つの能力、異能とはそれだろうか。仮にそれならばそれはいつ開花するのだろうか。エンリルとしては快がプレート回収に向かうときまでには開花させておいた方が得であるはずなのだが。
「そうなのか、分かった。どうも」
快がそう返事をしたのだが、そこでマスターが口を挟んできた。
「ところで長田殿。失礼ではありますが、随分と人によって態度口調を変えるものなのですね」
ーーーーなんだこいつ、何が言いたいんだ
「なんです、いいじゃないですか。僕がそれぞれの場面状況相手に応じて、自分にとって一番利益につながりやすいと考えた自分になっているだけです。世の中の人間全員そうじゃありませんか?」
「ふん、そんなの自分が弱いだけじゃないか。神子らしく生きろよ」
快なりの考え、というよりも現代日本の若者において共通である認識を述べると、隣に座るルーツェが口を挟んできた。
「神子らしくとは何だ。俺はタイラーゲートのこともお前のこともエンリルのことも、別に誰も特別視していない。全員俺にとっての他者であり、俺は全員にとっての他者だ。それぞれが俺を認識しているなら俺はそれぞれに対して別々に向き合う。それだけだ」
「難しい言葉ばかり並べて正しくなったつもりか? お前は誰に力をもらっているんだ。利益を考えるのならエンリル神のことだけ考えていればいい」
「ふん、そういった固いものの見方がーーーー」
「わかりました。申し訳ありません。私が不躾な質問をしてしまったばかりに。こんなことにするつもりはありませんでしたので、お詫びになるかわかりませんがバーバリーコーストをお代無しで提供致しますので」
「「……チッ」」
二人同時に舌打ちするのを聞きながら老人はシェイクした。
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そのころ、校長室にて。
「ニンガル、快はどうだった?」
「ええ、よく頑張っていました。一度言われたことをきちんと吸収していたので一週間もあれば十分に戦い方を学ぶでしょう」
「そうか。ならよかった。彼は恐ろしいくらい早くこの世界に適応している。二重らせんであることを魔法陣を使うことで克服しようとし、ナイフの扱いもなかなかだ」
「ええ、投擲もしていましたし」
クローヴィスとニンガルが快について話しているのだ。実際彼の落ち込む様子はあまりにもわかりやすく、タイラーゲート陣営の父親分と姉貴分は相当心配している。
「だが実際火の魔法陣で私の魔法を再現するのは無理な話であるからな」
「ええ、分かっています。ですので私が彼に力と自信をつけさせますので。では、失礼します」
礼をしたニンガルはそのまま空気に溶け、快の部屋の隣にある控え室のような部屋に転移する。
「はあ、皆さん頭の良い方々は何を考えているのか分かりませんね。だからこそ私はこうしてここにいるわけなんですけどね」
ニンガルは快に対してだけ時折見せる笑顔をほんの一瞬だけ見せ、一人椅子に座って仮眠を取るのであった。
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