22.もっと、
マジックジムでの模擬戦において、快とイアンナとエレシュの三人は、イアンナとエレシュの魔法による連携が功を奏し勝利することができた。
それによって今週末に決行する予定であるプレート回収は五人で行くこととなった。
クローヴィスはこの状況にいささかの不満を抱きながらも娘たちの想像をはるかに超える成長と連携ぶりに、どこか満足したようだった。
そしてイアンナとエレシュは言うまでもなく、スキップしそうになりながら午後の講義に向かったほどだった。
しかし、この五人の中で唯一、ケースリットに帰ってきてから自室で一人、不満そうに顔を歪めている男がいる。
「……なんにも、なんにもできなかったじゃねえか!」
黒髪の少年、長田快はそう言いながら自らの太ももを全力で拳で殴る。
「……何が最高の魔法陣が描けただよ! クソの役にも立ってねぇじゃねえか! ニンガルに突進して魔法陣奪われて、ギリギリかわせたから良かったけどあれもどうせ手を抜かれてる。弱すぎだ、俺は。ダメだ、ダメだダメ。ダメダメだ……」
エンリルが与えてくれたと思われる自動治癒能力が発動し、太ももを刺激する痛みはすぐさま消えていく。しかしそれは快にとってもはや屈辱だ。
「クッソ、一週間で、何とかしないと……!」
快はすぐさま机に向かう、ということはしなかった。各属性の魔方陣において、応用編というものに正解はない。本で割かれているページ数も、逆に不安になるくらい少なく、例も片手の指で収まる程度しか示されていない。
なぜなら、魔方陣応用編とは魔方陣を用いて三重らせんの人々と同程度の魔法を扱う分野だから。そして現在進められている分野だから。
今、快の頭の中にある火の魔法とは、つい先ほどクローヴィスが一度だけ見せたあの魔法だ。彼は結局あれ以外の魔法を一切放たなかった。しかし、だからこそ、あの攻防一体の魔法は非常に魅力的に見えた。
だが、快はあの魔法を魔法陣を用いて放つのに、あの魔法を表現するのに、一体どのような紋様とパーツが必要なのか、全く分からなかった。
「……聞くのが早い、か」
ということで、快は校長室へクローヴィスに会いに行った。
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「やあ、快君。私は娘たちの成長に驚いたよ。たしかに以前君が二人の同行まで求めたのも分かる」
定位置に座っているクローヴィスは弾んだ声、とまではいかないものの、満足気な、子供達の成長を喜ぶ親の表情で快を迎えた。
しかしこの自分の状況に怒りを覚えるほど不満な快には、そんなクローヴィスと社交的なやりとりをすることができるほどの余裕が全くない。
「クローヴィスさん、僕は今少し急いでいるので早速本題に入りたいのですが、クローヴィスさんが一度だけ見せたあの火の魔法って、どういったイメージで発動したんですか?」
快はクローヴィスの返答も待たずにさっさと話す。
「ああ、私は快君も頑張っていたと思うよ。ニンガルが後ろに転移した時も素早く察して振り返っていたし」
その動きがエレシュのテレパシーによる二人のアシストあってということを知らないクローヴィスはそう褒める。しかし当然のことながらそれは快にとって何の救いにもならない。
拳を握りしめ若干顔の筋肉を強張らせる快。無言でクローヴィスを見つめるそんな快の圧に、クローヴィスはため息をつき、答える。
「どのような、と言われてもあのように炎が展開するようにイメージしているとしか答えようがない。あれを魔法陣で再現しようとでもしているんだろう? 満足出来ないかもしれないが、さっきのあの火球の魔法陣が魔法陣の限界なんじゃないだろうか?」
クローヴィスはそれっきりで手元にある資料を読み始めた。快はてっきりクローヴィスがもう少しアドバイスを与えてくれるものだと考えていた。
それだけにいまのクローヴィスの言葉、そしてこの冷たい態度はなかなかの衝撃を与えるものだった。
快は予想外の会話の終わりに一瞬の無理解に支配された。しかし直後に訪れた理解は、むしろ望ましくないものであり快は軽い目眩を感じる。
「そう、ですか」
ーーーー娘の成長に満足ですか……
そのまま後ろを向き扉に手をかけ退室しようとする快の背中を見て、クローヴィスは申し訳そうに眉の端を下げ一声かけた。
「魔法陣だけではなく、ニンガルに戦闘中の立ち回りについて教わるのもいいかもしれない」
「……なるほど、参考にさせていただきます」
振り返って見せた彼の笑みは、あまりにもかなしげだった。
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「ニンガルさん、お願いします。僕に戦闘について教えてください」
自室に戻った快は床に正座し、目の前に魔法陣とナイフ二本を供えるように置き、ひたすらに空虚な空気に向かってそう懇願する。すると案の定ニンガルはその姿を現わす。
客観的に見てこのニンガルの過剰な優しさはむしろ有害なものになりかねないのだが、それでも快は頼ってしまう。それだけ頼りになる姉のような存在であるニンガル。
彼女はいつもと同じように影から湧き出るように姿を現し、快の手に触れる。
「ええ、わかりました。快君とは戦い方が若干似ていますしね」
『ええ、わかりました』というその二語は、快にとって彼の思いをただただ迎え入れてくれるだけのものだった。彼の強くなりたいという意志を受け入れるだけのもの。
元の世界では大歓迎され、状況によっては強制されてきたもの。それがクローヴィスには打ち砕かれ、しかし目の前の女性がただそれを受け入れてくれる。
「……ありがとう、ございます」
それだけのことではあるのだが、自分でもこれから自己嫌悪のスパイラルに入っていくことが予想できる今この状況で、彼女の存在は控えめに言ってかけがえがないものだ。
そんなことを思いつつニンガルを見つめる快に対して、ニンガルは微笑みかけ、そして肩を掴んだ。
次の瞬間、快の目の前に広がったのは鬱蒼とした森林だった。
「……ここで練習を?」
快は驚きはしたものの、全く予想することができなかったというわけでもなく、確認を取るように質問をする。
「ええ。ここで実戦的に練習すれば、一週間もあれば十分に戦闘能力は上がるでしょう」
一週間。それは快がプレート回収に出発するまでの期間。その間で彼はさらに今よりも三段階四段階も強くならなければならない。だから、彼女の提案では間に合わない。
「僕は、魔法陣の方も己を高めなければならないんですけど……」
「いえ、心配はいりません。全てクローヴィス様から聞き及んでおります。時間が有限であることはよく分かっています。私なりに工夫しますのでご安心を」
ーーーークローヴィス。彼はいつもよく動く。信頼していいんだかね……
「なるほど、なにか考えていてくれているのなら信頼します。よろしくお願いします」
ということでニンガルが快に練習をつけることとなった。そして、このまま流れで初回が始まる。
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「まず体を動かす前に少しお話をしましょう。
私と快君の戦闘タイプは、先ほども言った通りよく似ています。私は陽魔法と転移魔法を、快君は陽魔法と魔法陣を用いての戦いとなります。
転移魔法も陽魔法の効力が非常に強くなったものだと考えれば、快君の方がバランスが取れています。
それはさておき、陽魔法のメリットは何ですか?」
ニンガルは先程快と降り立ったところから一歩も足を動かすところを見せることなく快の左側に移動する。
「早く動くことができる……?」
「違います。それは陽魔法自体の説明で陽魔法のメリットの説明ではありません。
陽魔法。それのメリットは相手を翻弄することができることです。
つい先ほどの戦いで、快君はそのスピードを全て私に真っ直ぐ向かうことに使っていました。
しかし私は転移魔法も併用しつつあの部屋の中を縦横無尽に駆け回り、快君が向かってきたときには意表を突いて背後をとり、そのまま魔法陣を奪い取りました。攻撃は避けられてしまいましたが。
つまり、陽魔法はメリハリが重要です。陽魔法を使わずに普通の速さで動いているかと思いきや突然目の前に現れたり、背後を取ったり、横へ行ったり上へ行ったり。それの中で相手の隙を作っていき、その隙で完璧に仕留める。それが陽魔法の極意です。
ちなみに先ほども言った通り快君は転移魔法こそ使えないものの、素晴らしい魔法陣があるのでなかなか良い戦いができると思います。
と、これが今日のキーポイントですかね」
快はこのニンガルの言葉を噛みしめる。ただただ噛みしめる。
ニンガルはそう言うと、懐から漆黒の針を取り出す。快もそれに合わせて魔法陣のセットやらナイフのセットやらをすませ、準備運動をする。
「では、始めましょうか!」
ニンガルはそれを合図に真上に跳躍する。鬱蒼とした森林で上に存在するものはもちろん枝葉であり、彼女はそれを掴んでぶら下がる。
それに対して快は、火球をその枝のニンガルより少し根元側に向かって撃つ。そして間髪入れずに地面に転がっていた短めの棍棒のような枝を投げつける。
ニンガルは初め、火球が自分に直行していないのを見て不審に思いつつもその場から動かなかった。なぜならその方が美しいから。そして快が投げた枝も避けようとしなかった。なぜなら狙いは外れてやや上だったから。
と錯覚したから。
快は火球で急激に熱された空気による視界の歪みに期待したのだ。そして期待通りになった。
枝が火球を追い越すと、ニンガルはその目で正しい世界を認識する。自分の胸に向かって飛んでくる棍棒のような枝を。
「とった!」
しかしニンガルは戦闘において相当な経験を積んでいる。目の前の枝を認めると彼女は転移魔法を惜しげもなく発動する。初めの位置に戻ってきたニンガルは目の前にいるはずの少年を探す。そう、快の姿が見当たらない。
ニンガルが周りを見渡していると、ナイフが草むらから飛んできた。と同時に、真上の枝が炎に巻かれながら降ってきた。ニンガルが動けるのは横、斜め上のどちらか。
今の快にこれ以上のアクションは時間的にキツイ。ニンガルの動きに合わせて次のアクションを起こす必要がある。そう思っていると、彼女は快のいる方に向かって飛びかかってきた。
彼女の軌道を見て、二本目のナイフを投げる。すると彼女は手元の針を前方に投げ、それがナイフとすれ違った瞬間にその針のところに転移する。快のナイフは見事避けられた。しかし丸腰の快はその先にはいなかった。
というのは、ニンガルの意識が転移の直前から転移の瞬間にかけて針に全力集中するタイミングで斜め前に飛び出したのだ。快は努めて先ほどのニンガルの言葉、翻弄するために陽魔法を扱うというのを実現しようとしているのだ。
「今度こそォ!」
快は再び火球の魔法陣を発動し、草むらごと焼くが如く進む火球を見つめる。その先にいるであろうニンガルはあとでエレシュに頼んで治癒してもらおう。
そう考えていた快の背筋を、形容しがたい刺激が走った。
「よくできましたね! 惜しかったです。しかし一度言われただけでここまで改善するとは、今日はもうこれで十分だと思いますよ」
快は唇を噛み締め、背後でやけに優雅な姿で立っているだろう存在を、わざわざ振り返って確認するということはしなかった。
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快君成長してますねぇ!




