21.タイラーゲートの約束
「彼は我がタイラーゲート陣営にとって、かけがえのない財産だ」
クローヴィスはその鋭いながらも優しさを持ち合わせている眼光から、理知的な部分だけを取り出した。そして快、イアンナそしてエレシュの三人を見る。
彼の言葉には、二人の娘と姪を愛しているということと、そして快への信頼が伺われた。だからこそ反論することが非常にためらわれた。
「私とともにプレートの回収をしたいと申し出て来た最初の人間が快君だったとき、私は一つの運命を感じた。当然彼にプレートの存在を教えたのは私だ。しかし彼の瞳には強い意思が見えた。自分の手でプレートの回収をしたいという思いがひしひしと伝わってきた。私に同行することができるだけの能力を持ち、さらに意思も強い。
それに比べてイアンナ、エレシュ。君たちはどうだ。確かに魔法の腕前は国内でも最高峰だ。それは私が保証しよう。しかし動機は単なる好奇心。私にとっても君たちの存在自体が精神的な弱点となる。つまり、君たちの同行は私にとって大きな損失をもたらしかねない」
クローヴィスの口から放たれるのは、いつもの彼の様子を見ているだけでは想像することもできない冷たい言葉の数々。しかし十五年以上ともに暮らしてきた二人にとって、それは何も特別なことではなかった。そしてまた、それは越えるべき一つの壁であるということも、よく理解していた。
「私は、お父様の足枷にはなりません。そう言い切ります。確かにお父様にとって私たちの存在は弱点になるかもしれません。経験もまだまだ積むことができていない私たちは何かしらの選択を間違えてしまうかもしれません。
しかし、私とエレシュ、そして快君も含めて互いに届かない部分を補い合うことで、絶対に戦力になるはずです」
イアンナは目の前に座るクローヴィスの、自分と同じ真紅の瞳から視線をそらすことなくそう言い切った。快から見ることができるのは彼女の口元と目尻だけなのだが、それはそれは聡明で美しかった。
「先生、ボクも彼女に全く同感です。先生からすると今のボクたちの主張は身勝手なものだろうと思います。しかし、ボクたちも日々成長しています。ボクたちのことを信頼していただけませんか?」
次にクローヴィスはイアンナ、エレシュの順に向けていた視線を、快に移した。だがすっかり油断していた快はその視線とクローヴィスの意図に気がつくのに少しばかり時間がかかった。
「……えぁっと、そうですね。元から僕は二人の同行を提案した身です。あのときクローヴィスさんのお二人への愛情を聞いて、同行を許可したくないあなたの意志はよくわかったつもりです。
しかし、その二人がここまで熱心に行きたいと言うのなら、考え直すのもまた、自立を促し経験を積ませる親の役目ではないかと」
クローヴィスはそうして三人の言葉を聞き、目を瞑る。静寂が部屋を支配し拍動が頭を支配する。
そしてその静寂がどれだけ流れたのか、しばらくたち、ようやくクローヴィスが口を開いた。
「なるほど、君たちの考えは分かった。妥協案も今考えた。しかしその発表は明日の朝にする。ひとまず今日は寝なさい」
予想外の答えに一瞬だけ目を見開く三人。しかしすぐに無表情に戻り、礼をして校長室を出て行く。
校長室から出て行く三人の背中を見て、クローヴィスはその口の端を下げていた。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
朝が来た。新しい日が来た。そして、新しい週が始まった。この週でひとまずウル・ディーメアの対策ともなる火の魔法陣、応用編を完成させる。
クローヴィスからもらった火の魔法陣は火球を発生させるものであり、そしてすでに快はそれの威力を超える魔法陣を書き上げた。ここから先は、自分の中のアイデアをどれだけ絞り出し実現させるかに尽きる。
しかしそんなことよりも、この日この朝は重要な時だ。理由は説明するまでもない。快は想像以上に緊張した自分を奮い立たせ、朝風呂を済ませて食事の席に向かう。
そこにはすでに快以外の三人が揃っており、快が音も立てずに着席すると、クローヴィスは口を開いた。
「イアンナ、エレシュ。今日の午前の講義は欠席しなさい。快、今日の魔法陣の作成は午後のみだ」
クローヴィスが右手で床を指差すと、そこにあった影がだんだんと立体的になり、そして人の形になった。快にとっては見慣れた光景ではあるが。
「そして、私とニンガルに傷をつけてみろ。そうすれば三人まとめて同行を許可する」
ニンガルがお辞儀をするが、誰一人としてほかに動くものはいない。それもそのはずだ。クローヴィスは今、隣に立つニンガルを引き立てるため動かない。そして快は、今までその存在を隠されていたらしいニンガルがこうもやすやすとイアンナとエレシュの目の前に現れたことに驚いている。
そしてイアンナとエレシュは、自分よりやや年上の女性が当然の顔をして地面から湧いて出てきたことに愕然としていた。
「……クローヴィスさん、その、ニンガルさんのことそんな簡単に明かしちゃっていいんですか?」
「いや、決して簡単ではない。昨晩二人で話し合ったのだ。では、イアンナ、エレシュ。二人に彼女を紹介してあげよう。
彼女はニンガル。私が若い頃保護した子だ。陽魔法と転移魔法の扱いにおいて優れている。私は今までの二枚のプレートは彼女と二人で回収してきた。普段は大学の警備を中心にお願いしている」
クローヴィスが淡々と説明するが、やはり二人にとって、いきなり新しい存在が今までいましたよと説明されることは大きな負担が脳にかかる。
「よろしくお願いしますね。正体不明のベッドメイカーです」
『正体不明のベッドメイカー』。ニンガルが放ったジョークは、彼女が現実離れした陽魔法で他人の認識を阻害することができるということを知っている快からすれば面白いものだった。しかしそれを知らない二人としては盗聴されたと思うほかなく、彼女への疑心は膨らむばかり。
「まあ、仲良くやってくれ。そしてだ、今から五人でマジックジムの実戦場へ行き模擬戦を行う。ちなみにそこでは痛みは発生せず肉体の損傷は無効化される。だから先ほど言った傷をつけるというのは比喩的なもので、判断は私たちが行う」
途中から流れを予想していた快を除き、イアンナとエレシュは困惑に顔を見合わせながらも、結局朝食後にそろって外へ出た。
マジックジムまで数分歩くと、クローヴィスが実戦場を一時間とった。そこまで長く取る必要性はないのではないかと快は感じたが。
実戦場は他の部屋とは大した差はなかった。壁中に魔法陣が施されている。しかし、クローヴィス曰くここならば痛みは感じず、怪我はしないらしい。
「よし、君たちは先に作戦会議をしてもいいぞ」
クローヴィスがそう言うと、三人は集まった。
「お父様は火の魔法にだけ気をつけていれば十分だと思いますが、ニンガルさんとやらは一体どのような戦い方をするのです?」
「ニンガルはとりあえず速い。空気のようで掴めない。転移魔法も使えるから、多分トリッキーな戦い方をしてくるんじゃないかな?」
「そうか、ならボクが彼女と相性がいいね。ならイアンナは先生を、ボクがニンガルを、そして快は遊撃を頼む。それからテレパシーは常時繋いでおく。攻め時だと思ったら全員で攻めよう」
イアンナとエレシュは胸に密かにニンガルへの対抗心を燃やしていた。
快は忘れずに持ってきた、自作の火球魔法陣とその他のクローヴィスからもらった魔法陣、それからナイフ二本をきちんと所定の位置にしまったことを確認し立ち上がった。
「よし、行くぞっ!」
快のその言葉を合図に、模擬戦は始まった。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
敵方はニンガルが、味方はイアンナとエレシュが前に歩み出る。
ニンガルはその身を包む漆黒のドレスの腰あたりから四十センチメートルほどの長さの、これまた漆黒の針を取り出した。快はその姿に、しばらく前に話したルーツェのことを思い出す。服、髪、瞳が黒で武器も黒。彼の場合仮面までつけていたが。
ニンガルはその針を指揮棒のごとく優雅に持つと、部屋の中を駆け回った。それは床だけでなく壁や天井、そして空中までも。エレシュはそんな彼女に手のひらを向け、平衡感覚を奪おうとする。
しかしニンガルはそんなエレシュを全く相手にせず、まるでこの空間を塗りつぶすがごとくに動く。そう、塗りつぶすように。
『ヤバイぞ! ニンガルを潰せ!』
快は、このままではこの空間がニンガルにとって、どこでも好きなところに移動することができる空間にされてしまうと思い、火球魔法陣を展開。空を飛んでいるニンガルの軌道を予測してそこへ向かって火球を飛ばす。すると彼女は案の定転移魔法を発動した。
今までニンガルが存在していた場所には影も残らず、彼女は数秒前にいた壁に移動していた。快はナイフを二本とも抜き、ニンガルに向かって超高速で飛ぶ。
ニンガルは手に持っている針を快に投げつけた。快は難なくそれをナイフで払いのけるが、それと同時に視界からニンガルが消えた。
『快! 後ろ!』
快は首だけで後ろを振り返った。そこには針を持ったニンガルがいた。おそらく転移魔法だろう。全くいやらしい魔法だ。
快は勢いを殺すことは諦め、そのまま壁に進む。壁に衝突する直前に真上に飛び壁に張り付き、なんとか勢いを殺すことに成功。快がそのまま先ほどの場所に佇むニンガルに向けて魔法陣を構え、発動しようとした時。
『はい、貰います』
目の前にニンガルが現れた。それもそのはずだ。先ほどまで彼女はここに立っていたのだから。彼女は人差し指を伸ばして魔法陣に触れ、転移魔法でそれをクローヴィスの元に飛ばした。
間髪入れずに針で喉元を突き刺そうとしてくるニンガルを、風魔法の反動と陽魔法を利用してなんとか抜ける。その間、クローヴィスはずっと静観している。
快はイアンナとエレシュの元に、ニンガルはクローヴィスの元に戻り状況は振り出しに戻る。否、快の魔法陣はうばわれてしまった。
「ほう、なかなか素晴らしい出来の魔法陣だな!」
次の瞬間イアンナが石柱を何本も作り出し、天井と壁から二人を突き刺そうとする。すると今度はクローヴィスが火の魔法を発動する。彼の身体の周りに火が渦巻き、それはものすごい勢いで広がり石柱を融かし、歪め、そして退けた。
それはそのまま快たち三人の方にも広がってきて、彼らはなすすべもなく、とはならなかった。ここからが彼らのというより、イアンナとエレシュの本気だった。
イアンナが大規模な水の壁を作り、火を防ぐ。そしてそれはそのまま湧くように増え、部屋の半分向こう側を水で埋めようとしている。おそらく彼らはニンガルの転移魔法によって背後を取るとみた快は、すぐさま振り返りナイフを構える。しかし、
『しゃがめ!』
快とイアンナはエレシュの突然のテレパシーに驚きながらもその場にしゃがむ。エレシュはそこで上空に手を上げる。彼女の手からほんの少しだけ紫がかった、毒々しいガスが噴出する。
それと同時に向こう側は完全に水に埋め尽くされ、そしてニンガルとクローヴィスが上空に現れた。
部屋の中の水が一瞬にして消失したのと、二人の身体が力なく床に落ちたのは同時だった。
<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<
「では、改めて四人に説明する。プレート回収は次の週の変わり目、ニンガルの転移魔法によってマリナの街に向かい、そこにある海蝕洞から回収する。それぞれ入念な準備を忘れないように」
もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと、力が必要だ。
俺は何もやってない。
なんの力にもなってない。
ああ、エンリル神は己が神子である俺に力を与えたのではなかったのか!
>
一週間ほど投稿することができませんのでご了承ください。




