20.泥棒猫びっくり
明かりのついた豪奢な部屋。そこにある机の上には、数えたくもない程大量の円が幾何学的な模様を描いている、頑丈そうな羊皮紙が広げられている。
その羊皮紙の持ち主であり、その模様の描き手であり、そしてその部屋の借り主である黒髪の少年、長田快は現在入浴している。
しかしその部屋は明かりがつき、中では人が動いている。では何者か。
『イアンナ、あまり物音を立てないに越したことはないんだ。それに快は長風呂だ。そう焦るな』
『でも忘れ物に気が付いて戻ってきたら? それに正体不明のベッドメイカーが来るかもしれませんよ⁉︎』
そう、イアンナとエレシュだ。快がこの世界に来たばかりの時こそ、勉学に勤しむイアンナと快に言語レッスンを施したエレシュとは別々に行動することが多かった。しかし、物心ついた時から共に過ごしている二人は従姉妹以上の繋がりと信頼を築いていた。
最近見るいつも二人で行動するというのが、彼女たちにとっては普通であった。
ところでイアンナが口にした『ベッドメイカー』については置いておいて、なぜ二人が快の部屋でこそこそしているのか。それは、
『この間ボクが廊下を歩いていたら、快がプレートがどうやら魔法陣がどうやら、恐ろしい速さで興味深い思念を漏らしていたんだ。そして快が大好きな風呂は、今の彼にとって重要な位置付けにあるはずだ』
『だからこのチャンスに彼の計画を暴こう!』
『プ、プレートですって⁉︎』
イアンナが今まで見せたことがないほどの驚愕の表情を顔に刻んだ。
『…………』
エレシュが思念を完全に遮断して、イアンナの顔を覗き込む。イアンナはオロオロとしてエレシュから顔をそらしながらひたすらプレートとは関係ない、別のことを考える。
『……もういいよ、途中でイアンナが開発している新しい混合魔法のことが流れ込んできたけど、大体のことはわかったから』
エレシュはしかし、彼女もそのプレートとやらに関して、何か知っていることに気が付き、悲しい顔をして続ける。
『でもボクにも教えてほしかったな、プレート』
イアンナはそんなエレシュの顔を見て、決断したような顔をして口を開いた。否、思念を送った。
『……私も父から直接聞いたわけではないから。その、なんとなく気が付いて色々調べてみたら分かっちゃったって感じなの。でもこれに快が関わっているなんてこと、知らないわよ』
申し訳なさそうな顔のイアンナ。そしてそれを受け入れるエレシュ。
『そうか、わかったよ。教えてくれてありがとう。……と、こんなことをしている暇はなかったな。何かないか探そう』
エレシュがやや無理矢理に今の空気を変え、話題を元に戻す。そうして二人でこそこそして、彼の机から大量の魔法陣の束と空の魔法陣用のインクの瓶の山、そして丁寧に補強が施された三枚の魔法陣を見つけ出した。一枚は机の上にあったものだが。
イアンナとエレシュは、基礎的な部分だけではあるが魔法陣は大学でとっている。
だからこそ、快の机から出てきた魔法陣の数々が、相当な努力の上に描かれたものだということがよく分かる。
「なんだ、この数と質……」
エレシュが口からそう漏らした。イアンナも補強された三枚を手に取り、そのうち一番シンプルなものを発動した。
それは、快が火花の魔方陣に取り組んでいた際最も出来が良かったものである。火花のような低出力のものは使い所がないようにも思われるが、何かあった時に使えるかもしれないと思い、持ち運べるように補強しておいたのだ。
イアンナが発動したそれからは、重工業の工場の溶接作業さながらな様子で、火花が枝垂れた。
イアンナとエレシュは果たして驚きに口を開いていた。次に、好奇心に身を任せて火を吹く魔法陣を発動した。
「きゃあっ!」
その魔法陣からは、魔法陣とは思えないほどの勢いで火が吹き、危うく机を燃やすところだった。
『本当にこれは魔法陣なのだろうか?』
『魔法陣じゃなくて人が使う魔法と同じ威力じゃないの』
二人はその場で呆然としており、もう一枚の一番複雑な魔法陣を発動させる気力と勇気が残っていなかった。しかし、プレートを回収するというのはこれほどの魔法陣を必要とする仕事なのだろうか。
二人の頭の中をその思いが巡る。エレシュはともかく、イアンナもプレート回収に父親が携わっているということは知っているのだが、それがウル正史に関係していることしか知らない。というより、知らされていない。
これからどうしようかということすら考える余裕がなかった二人は、思いのほか早めに近づいて来ている足音に気付く余裕がなかった。
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快は風呂の中でも、先程マジックジムで目に焼き付けたあの火球のことを考えていた。
今までのものとは明らかに違ったのだ。壁に当たった時のあの振る舞いが全てを物語っているように感じている。そして実際そうだ。
あの威力は、あの防魔法壁の許容威力ではあるが適正威力は通り越している。快はその表現に掃除機のコードの黄色いシールと赤いシールの間のことを思い出しながら頭を洗う。
一日中頭を使うと、やはり何かがたまっているような気がするものだ。頭皮をマッサージしてその感覚を洗い落とし、体も洗う。
そして順番を無視して炭酸風呂に直行。
「くぁー! 気持ちぃー」
今の快は、長風呂をする気分にない。夕食後に革で補強した火球魔法陣を撫でたい気持ちでいっぱいなのだ。自分が時間をかけて見つけた最適な円の配置、結合。
その目に見える痕跡を、指で確かめるように撫でる。
ゾクゾクするに違いない。
そう思い、いつもの四分の一程度の超短時間で風呂を上がる。
ケースリットに来てから支給された、寝間着で肌触りのいい身軽な服に着替え、自室へ向かう。するとそこには、魔法陣を持ち立ち尽くす二人の美少女がいた。
「うん?」
快が一人、間の抜けた声を出すと二人は飛び跳ねるように振り返った。
「や、やあ。今晩はあいも変わらず春らしい過ごしやすい夜だね」
「そっそそ、そうですわね!」
二人は恐ろしい程下手くそな微笑をたたえ、快に向き直る。魔法陣を快の机にぽいと置き、そそくさとその場をあとにしようとする二人の様子は怪しい以外何の考えも起きず、快は二人を呼び止める。
「え、何やってたの?」
「いや、ボクらは別に、その、なんか、ちらっと快の部屋を覗いたら机の上に何かあったから、見てみたってだけだよ、うん」
エレシュがどもりながらそう答える。
「なんだなんだ! そんなことか! なら説明してあげるよ!」
しかし快は笑いながらそう言い、二人を部屋の中に招く。二人分の幅が存在するソファに二人を座らせ、その前で快は魔法陣の束を持つ。
「実はですね、二人の学校が再開してから魔法陣の勉強を始めたんだよ。それでね、結構頑張ってるんだけど、あんまり大きい声で言えないからテレパシー繋いでくれないかな?」
快のあまりにも突然の要求に、エレシュは先ほどからの軽い動揺のせいもあり秒で承諾する。
『ありがとう。それでねーーーー』
快はこの一ヶ月間、どのような流れで魔法陣を学んだのかということや、難しかったこと。それからそれを打破したアイデアや、最後には関数の概念まで二人に説明した。
二人は終始感嘆や疑問の思念を漏らしていた。
かれこれ一時間弱の説明と自慢を終え、今後の展望について語った。
『この後も水だとか風だとか、色々な魔法にも取り組もうと思ってるんだ。まあでも、とりあえず今週中に火の魔法陣の応用編までマスターしないといけないんだけどね』
『プレート回収って、そこまで入念な準備が必要なのね……』
「あははは! やっぱり! 何かあると思ったんだよねー」
快の笑い声に、二人は目を見開いた。
そして思念を漏らしてしまったイアンナは、慣れないテレパシーは諸刃の剣だなと思った。自分もーーーー
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「すまない、快。元はと言えばボクだ。ボクが君のプレートがどうだとか魔法陣がどうだとか考えているのを盗み聞きしてしまったから……」
快の前で小さくなっている美少女二人のうち、クリーム色の頭が下がる。
「いやいや、別にそんな責めてないよ。俺困らないし。多分困るのはクローヴィスさんだよ」
「快君は、プレートについて何を知っているんですか?」
クローヴィスの名前が出てきて突然前に出てきたイアンナが、自分が長年知っているようで知らないプレートについて快に尋ねる。先ほど聞けなかったことだ。
「俺もそんなには知らないんだけど、その質問は多分俺から答えちゃいけない。クローヴィスさんが許さない限り多分二人はこれ以上何も知り得ないよ」
快がそういうと二人はわかりやすく肩を落とす。快としても、最初にクローヴィスにイアンナとエレシュの同行も願い出ただけあり二人にはやや同情している。
「じゃあ三人でクローヴィスさんのところにでも行くか?」
快がそう提案すると二人は素晴らしいシンクロで頷いた。
ということで向かうことになった校長室。重い扉をノックしてから入ると、目の前の机に彼は座っていた。
三人で行ったが、要件があるのはイアンナとエレシュのみ。二人だけ快よりもほんの少し前に出て口を開く。
「お父様。今日はお願いがあってきました。私たちにプレート回収について教えてください。そして、同行の許可を下さい」
クローヴィスが口元で組んでいた手を退けて、短く答える。
「続けろ」
「まず、きっかけは先週です。ボクはその頃多忙な様子だった快のことが気になり、その思念を盗み聞きしました。するとそこで、魔法陣とプレートという単語がひたすら繰り返されていました。そして今日、彼の部屋に入ったボクたちは彼が描いた魔法陣の数々を見て、彼がどのような地に行くことになるのか、気になったのです」
エレシュは快の部屋でつい先ほど口にしたことを繰り返す。それに対してクローヴィスは、眉間にしわを寄せている。
「つまり、単なる好奇心だと? その様子だと知っているかもしれないが、私はイアンナにプレートについて興味を持たれて以来何一つ情報を与えていない。それは危険だからだ。愛する二人を危険な地に同行させることはできない。しかし快は違う。彼は異世界から来た。それに実績もある。彼は我がタイラーゲート陣営にとって、かけがえのない財産だ」
ーーーータイラーゲート陣営ねぇ。
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