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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
38/93

17.スラム街での邂逅

 



 快がクローヴィスとニンガルと三人で、ウル・ディーメアが護っているという十三枚中五枚目となるプレートの回収に参加することが決定してから数日後。一週間も後半に入ったという日。


 快はふとマリナの街からの帰りに救い、そして自分を殺そうとした商人が、自分と今シン都で最も熱い話題の一つである、黒髪の男を比較したことを思い出した。


 前々から悪に過激な裁き、つまり死を与える人物として話題になっていたその男だが、ここ最近はシン都下層のスラム街を実質的に略奪統治していたというチンピラ集団を皆殺しにし、そこの住民に並々ならぬ尊敬と崇拝を受けていると話題だ。


 普通こういった話題はそこまで広まらないはずなのだが。まあ、世界が違えば常識も違うということか。


 同じ黒髪だということから、街に出ると興味やら何やらから、さまざまな視線に晒される快にとって、その男の存在は不快とまではいかないがむず痒いものだった。


 朝食を手早く済ませた快は自室に戻ることもせず、早速その男と会うべくシン都下層、スラム街へと足を向けた。




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 下層といってもそこはシン都の一部。


 多くの店が軒を並べるその通りは、むしろ上層や中層を上回る活気に満ち溢れている。雰囲気に色を感じるという共感覚を持たない快でも、そこはいるだけで視界が赤と金に染まりそうだった。


 そんな大通りを一本外れる。するとそこはメインストリートとは打って変わり、何か硬いものがぶつかり合う音や木製の機械がガタンゴトンと動く音、そして男たち女たちの真剣な声が聞こえてくる。


 どうやらここは、いわゆる第二次産業エリアだ。現代地理の用語をアレンジして使うとすれば。


 シン都上層は日本で言うところの霞ヶ関周辺。

 シン都中層は台東区文京区。

 シン都下層メインストリートは渋谷の科学力不足補正がかかったところ。

 シン都下層サイドストリートは京浜工業地帯の科学力不足補正がかかったところ。


 といった感じだろうか。


 メインストリートとは別の意味で活気にあふれたそこでは、何故だか快が懐かしさを感じた。


 そしてそのサイドストリートをさらに奥へ入ると、そこには路地裏があった。そこは住居が所狭しと建てられており、衛生状態などに問題は無いように見えるものの実際のところはわからない。


 小さな小さな公園のような、しかしあまりにも殺風景な灰色っぽい場所があり、そこの砂場には子育てで使うあのやけに柔らかい布と木製の小さなスコップが置き忘れられていた。


 幼く小さな命が関わっているそれは、見ていて本能的に幸せや満足感を得られるはずなのだが、どうしてかそれを見ている快はとてつもない寂寥感に押しつぶされそうになる。


 バックグラウンドミュージックに凝った長編アニメ映画を作る制作会社の作品を見ているような、なんとも言えないあの胸をかき乱される感覚、それが今快の全神経を刺激している。


 気がついた時には公園に入り、そのスコップを取り目の前に持ち上げていた快。彼の目にはその持ち手に刻まれた、文字のような傷が映っていた。


 幼い子が自分の名前を彫ったのだろうか。この布を使っているだけかなり幼いはずなのだが。それはさておき、しかしその字はあまりにも拙く、残念ながら完全にはその新しい文字に慣れきっていない快には読むことができなかった。


 スコップを持ち主に返すことができないと分かった快は、残念には思いながらも意外とすんなりとその公園を離れ、再び路地を歩き始めた。そのまましばらく歩くと、なんとも言えない悪臭が鼻を刺激し始めた。


 そしてその匂いがひどくなる方へと歩いて行くと、目的の地であるスラム街に到着した。


 快が住んでいた現代日本に、快が知る限りスラム街というものは存在しなかった。したがって快にとってスラム街とは、歴史の教科書の中の話だった。産業革命あたりに資本主義の闇として。


 しかし今、快は実際にその身体をスラム街においている。生ゴミ、腐った水、排泄物、その他諸々想像もしたくないような悪臭が快の鼻を刺す。


 しかしそこで臭いだとか、息を詰まらせるような声を出せば住民に悪く思われボコボコにされるかもしれない。どうやらそこまで脳が回るくらいには機能は残されていたらしく、何とか無礼ボコボコエンドは回避した。


 だがそれでもその足取りは途端に重くなり、時々出入りしている人々は快のなかなかにフォーマルな服装もあってか、よそ者が来たと目を細めていった。


 目を細めて行くだけで実害を与えるわけでもない彼らは、しかしコミュニケーション能力に相当の問題を抱える快にとって恐怖でしかなかった。


 そのまま周りの目を気にしていない風を装いながら周りを観察しつつ、快はスラム街を練り歩く。


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 ある場所では、家の中で赤子が声にならない声を上げて泣いていた。しかしそれが聞こえるとすぐに女性の低く怒鳴る声が聞こえてきた。


 酒でも入っているのか、その女の声はあまりにも辛辣に、悪意のこもった内容を、悪意のこもった声音で赤子に聞かせていて、しまいにはパンと高い音が、肉が叩かれる音がした。


 どこが叩かれたのかは分からない。しかし、叩かれたのは十中八九あの赤子だろう。快は中に入ってでも止めようかと迷った。


 しかしすると今度は、先ほどまで赤子を怒鳴っていたあの女の泣き声が聞こえた。こらえようと必死で、しかし逆にそのせいで聞き難い悲痛な声だった。


 女は、ただただ世の中への不満と、怒りと、そして自らの赤子に対する謝罪を繰り返していた。


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 また別のあるところでは、道の端っこを不清潔な男が寝床に使っていた。髪と髭は伸び放題でべっとりと肌に張り付いている。服はところどころ破れ全体的にグレーと茶色に染まっている。


 その男はどう見ても空の財布と、空の酒瓶をぎゅっと抱きしめて眠っていた。その呼吸はあまりにも弱々しかった。


 それ以上は述べるのも憚れる。


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 また別のあるところでは、闇風俗店だろうか、過度な露出をした女が日中で人が少ないこともあり、客引きを諦めタバコを吸っていた。


 張り詰めた弓のような鋭い眼光のその女は、自分の様子を観察しながらゆっくりと歩いてくる快を睨んでいた。


 すると彼女の背後の扉が開き、先程道端にいた男と同じくらいの身なりのおじさんが出てきた。彼は股間のあたりを弄りながら客引きの女の目の前に寄り、下卑た笑いを浮かべながら手を伸ばした。


 しかしその瞬間、男の少なく長い頭髪に火がついた。女の魔法だろうか、男は驚いて走り去っていった。女はその視線をそのまま快に向け、なに見てんだとでも言いたげな様子で先ほどよりきつく睨んできた。


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 さらにまた別の場所。そこでは大量の男たちが建設作業をしていた。掛け声や怒鳴り声が飛び交う中、今にも倒れそうでフラフラしている男たちがひたすら建てている。


 彼らも別に仕事があるだろうに。


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 別の場所。そこには大量の死体が置いてあった。


 どれも髪型や服装に特徴があった。ツンツンと尖った髪やオールバック、そしてスキンヘッド。それから革ジャンやチェーンの装飾が施されたいかつい服。そう、明らかに噂の皆殺しにされたチンピラ集団だ。


 大量の虫が飛び交う中、若干腐敗し始めているその肉のかたまりは今まで嗅いだことのないような臭いを放っていた。


 快の目が輝いた。


 それを、フリクションインクを買った時にちゃっかり買った四次元チューブから取り出した短ナイフで弄り始める。


 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃねちょぐちゃぐちょ、と心地よい音を響かせてその身体は崩れていく。


 わずかに残った彼らの血は地を染め、その死に今更抵抗するかのように、その痕跡を残した。


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 そして別の場所。赤子を抱えた女性が男二人に挟まれている。ニヤニヤと笑いながらその女性を追い込んでいく男たち。快はその様子を角から首を出し覗いている。


 快は今度も魔法がなんとかしてくれるだろうと、そう考えている。


 しかし何も起きない。泣き叫ぶ赤子を守るように背中を丸める女性。男たちはついにその女性の髪の毛を掴み前を向かせる。涙でぐしょぐしょになった女の顔。これは危ないんじゃ無いか、助けに行くべきだと快が思ったその時。


 彼は現れた。


 スラム街の狭い路地を一陣の風が吹く。それは比喩でも何でもなく、実際に。


 殺意の純粋な結晶なのではないかと疑うほどに溢れ出す殺意。それの存在を視界に入れずとも認識することができるほどの異様な空気。


 冷たく、ねっとりべっとりとしていて、そして首元を撫でられているような感覚。


 それが反対側の角からゆらりと曲がってくる様子を直に見た快は全身に鳥肌が立つのを感じた。


「……何を、している」


 快はその男の仮面の下にある口から発せられる声を、一瞬声だと認識することができない。彼の口が隠されていることも影響しているだろうが、おそらく最大の原因はその声が、なんというか、深いとも違う何か他の声とは違う感じがしたからだ。


 男たちは彼を見ると腰を抜かしその場に倒れこんだ。黒い男はその殺意を撒き散らしながらゆらりゆらりと二人の男に歩み寄る。


「お前らのその醜悪な姿をよそ者に見せて、恥ではないのか。俺は恥ずかしい。俺が救った場所の住人が醜悪な劣等品だと思われるのは面白くない」


 彼はそういうと腰の漆黒のつや消しが施された長剣を引き抜く。男たちはその顔を恐怖に歪め、場違いなことに人生最後の質問をする。


「……よ、よそ者?」


 その声、弱々しく聞こえないはずの声が不思議なことに快の耳に届いた時、男二人の首は己の首の切断面を眺めていた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「……そして、お前は誰だ。なぜここへ来た」


 彼は快の存在に初めから気づいていたらしいので、快もサッと角から身を出す。丸まっていた女性は息も整い始め、男に礼を言って立ち去っていく。


「あー、僕は異世界から転移したって言っても信じてもらえないかもしれませんけど、まあ史上最大の迷子になった男です。で、僕が昔いたところでは黒髪は普通だったんですけどここでは普通じゃなくて。だから今シン都で話題の、同じ黒髪の人に会いたいなーって」


 本能的に目の前の男に恐怖している快は、敵意を抱かれないように、先ほどの恐ろしい殺意を向けられないようにと余計な口を叩く。


「そうか、お前も黒髪か。なら話がある、来い」


 そう言われ、快は意外さに目を丸めながらも何が起こるのか不安に思いつつ、しかし抵抗することなどできずに彼について行った。


 スラム街を歩き、歩き、歩く。相当な距離を歩いてついたそこは、スラム街から出ていた。


 そこはシン都中層の外れにあるバー、NinQluraだった。




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