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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
37/93

16.無題

今回のような文章を嫌う方もいるかと思いますが、非常に重要で面白いのでむしろ複数回読んでいただきたいくらいです。

したがって、飛ばさず読んで頂ければ幸いです。

 



 快は彼岸花畑の中、寝転んでいた。否、彼は幽霊のように実体を持たずもはや花々の間隙を埋め尽くす無と同化していた。


 空間に存在するすべてのものは、突き詰めれば何物かである。そして無でもある。否、それは誤謬かもしれない。なぜなら無ほど崇高で美しく、刺激的なものはないからだ。


 存在とは絶対的なものであり、そして相対的なものでもある。絶対的な『存在』という概念は他者との相対的な要素によって確定される。


 他者どころか自分自身にも認識されていない快の意識は一切の存在を支える要素を持たず、ただただ間隙を揺らめき花々を撫で、そして霧散しかけるのみ。


 今の快にとって、その彼岸花畑は無である彼をひたすらの無に放り出さない唯一の存在だ。その儚く攻撃的な花弁は快の存在を引っ掛けて引き止め、上空まで霧散することを防いでいる。


 快はその存在しない体で一輪の彼岸花を囲む。


 誰だったろうか。この美しい華と同じ色をした少女は。快にとって大切な、とてもとても大切な守りたいと思える存在だった気がする。


 しかしそんなものはただの妄想なような気もする。


 なぜなら自分が無だから。快が認識する世界に自分と同じ無は存在しない。無で生きる孤独なじぶんを理解してくれる存在などいるはずがない。同じ境遇の存在など、少なくとも快が認識する世界には存在しない。これはまぎれもない事実であり、また定義でもある。


 それに対してこの花は、なんと美しいことだろうか。無である自分の前でも凛として輝き、『無である存在』という矛盾した何かをこの場に引き止める。


 あまりにも愛おしい。あまりにもあまりにもあまりにも愛おしい。


 そして妬ましい。


 無である快を引き止めるほどの存在であるその花。一体どれほどの存在なのだろうか。どうしたらそこまで有るのか。


 快はそれを自らの『無』の中に引きずり込んだ。無に吸収されたその花は、雪が溶けるように無くなった。


 快はその意識の中に大量の存在が流れ込んでくるのを感じた。


 彼岸花の球根を齧り息絶えた鼠。球根を齧り息絶えた土竜。花弁を口に含み息絶えた少女。そしてその花を眺め感動した数えきれないほどの何か。その他さらに数え切れないほどのその花を支え、存在を示す存在。


 もはや無である快には受け入れられないほどの存在が流れこむ。快はその多くの存在に圧倒され、その無である存在を脅かされる。


 何でもない快は何にでもなる。無はすべての根元にしてすべての終わり。吸収して吸収されたそれぞれに影響されて形を作る。


 無ではなくなる。快が長い間苦しんだ無というそれから解放される。そう考えれば考えるほど、快は新しい何かに変化していく。


 しかしそれは快ではない。無よりもさらに恐ろしいものだ。何物でも何者でもない無は何物にも何者にもなる。そして何物でも何者でもある今の快は何物でも何者でもない。


 むしろ自由が損なわれたその何者はその存在も損なう。


 彼岸花を包んでいたその存在は明らかな手の形を成し、しかしそれは人の手とは程遠いもので、さらにその美しく儚い花から手を離していた。快に吸収されたそれぞれは、花という秩序に満ちた存在から無に移された故に秩序をなくす。


 互いに拒絶し合うそれぞれは形を歪め、相手と絡み合い吸収を試みる。しかし確立した存在を持つそれぞれは吸収されにくく、それ以上の力で働く拒絶反応にあえなく離れ離れになる。


 快から少しずつ離れていく存在は一直線に無の彼方へと泳いでいく。あてもなく。


 そして快はその存在を再び無に戻す。


 忌むべきものであった無はいつのまにか安らぎを与える母となっていた。すべての終わりだった無はすべての始まりになった。


 自由を取り返したその無は再び花々を撫でる。


 しかしその手には明らかな畏怖と嫌悪と、そして憧れが強く現れていた。


 無から有になり無に還元された快にとって、いつまでも有であり続けるそれは住む世界の違う命だった。


 死は果たして無ではない。無とは、何でもなくて何でもあって、そして長田快であの名前の分からない紅の美少女で、そして音楽で絵画だ。


 嘘だ。無とは長田快だ。


 その存在は真に他者と関わることは永遠にしない。そうして周りと隔絶され、常に他者との隔たりに甘んじて存在しているつもりをいつまでも続けているその姿こそ無の具現だ。


 死は甘えない。死することのできる存在する存在にのみ与えられたその一度きりの機会は、本人の存在を永久のものに昇華しお互いに認識していた存在に傷をつけるという形で一種の芸術性を帯びる。


 彼岸花の美しさは、その死の美しさに非常によく似ている。


 その紅く儚く美しく攻撃的で、そして禍々しいその花を支える茎はその責任の大きさに反して細く、アンバランスなバランスを取っている。


 美しい。


 ただただ美しい。


 しかし、そんな美しい静謐に一つ、騒音が混じってきた。


 それは生けるもののすべてが作り出す音。


 ぐちゃぐちゃとしていて柔らかい肉と脂肪と、白く硬い骨を膜のような皮膚で包んだ塊。それを単なる物ではなく生者たらしめる奇跡の液体をその全身に行き渡らせるための音。


 汚らわしいその音は無である快とその汚らわしさのかけらもない花々だけの世界を着実に汚していった。快はその存在を広げその嫌悪感の根源を見つけ出した。


 そこにあったのは心臓ひとつだけだった。いや違う。そこにあったのは数々の臓器だった。いや違う。そこにあったのはバラバラにされた人体だった。いや違う。そこにあったのは安らかに眠るコール=キーンだった。いや違う。そこにいるのは、生きるコール=キーンだった。


「お久しぶりじゃないですか? どうしたんですか、そんな姿になって。僕の体をあそこまでオモチャにしたあなたが、どうして靄のような力のない存在になっているんですか?」


 快の今までずっと漠然としていた思考に光が差す。


「無くなっちゃってるじゃないですか、ガッカリですよ。こうしてわざわざ僕から赴いてあげたっていうのにそのもてなしはありえなくないですか? そもそもこれをもてなしと呼んでもいいのですか?」


 無であった快の体に変化が訪れる。その靄のような姿は人の形に凝縮していく。胸のあたりで何かが動く感覚がする。体が薄い何かに包まれたような気がする。体を何か温かいものが駆け巡る気がする。


 自分が、存在する存在となった気がする。


 目の前のコールは快にその命を奪われた。快は他者の存在に干渉することでその存在を許される身となり、そしてそれを自覚することで明らかな存在となった。


「そうそう、そうですよ。全く気がつくのが遅すぎやしませんか? 僕ならもっと早くに気がつきますよ。本当に頭悪くないですか?」


 そうだった。快は無なんかではなかった。


 ちゃんと、存在する存在だったのだ。


 ふと後ろを振り返ると、そこには愛おしい存在がいた。


「私のことも忘れないでくださいね?」


「もちろんボクのこともだよ」


 イアンナとエレシュだ。そう、イアンナとエレシュだ。彼女たちも快の存在を確定させるのに欠かすことのできないピースだ。


 あの商人たちも、猪の魔獣も、それからコールがニンガルを捕らえていた場所の門番的な奴だった大男も。


 そうだ、誰も彼も快の存在を確実なものにするのにーーーーーー







 すべてが弾けた。爆散した。周囲の人たちも、イアンナとエレシュも、コールも、そして彼岸花も。


 それをすべて見届けていた快は、爆散していた。


 そこに残るのはただただ自らの存在を主張し続ける、無になりきれなかった存在の残滓。


 実に美しいその様子は、私の胸を高鳴らせる。




 >

 


ブックマークしてくださった方、非常に光栄です。


この作品を読みきった時にもう一度読み直したいと思われるような作品作りに今後より一層励みますので何卒よろしくお願いします。


ちなみに作品が完結するのは何年先かさっぱりわかりません。

(なろうがオワコン化する前に完結させねば)

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