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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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13.エレシュ挽回劇

 



 快は猪に散々踏みつけられていた商人と話し、エレシュに三人に治癒魔法をかけてもらおうと考えた。ダッシュでタイラーゲート家の馬車に向かう。


「ふえぇっ」


 しかし、馬車に近づくとどういうわけか、と言うかエレシュの陰魔法の影響で、真っ直ぐ立つことができなくなり、快はその場にパタンと倒れてしまった。高熱を出した時のように視界がぐるぐると回り、吐き気ももよおしてきた。


「快君⁉︎ 大丈夫ですか!」


 馬車の方からイアンナの声が聞こえてくる。するとすぐさま馬車の扉を開ける音が聞こえ、足音が二人分近づいたきた。


「……ごめん、ボクのせいだ」


 エレシュが快に謝罪する。その声はまさに申し訳ないという思いに支配されており、不思議なことに聞いている快の方が申し訳ない思いがこみ上げてくる。


「……魔法? いいから早く治してくれ。俺よりも治療が必要な奴らがいる」


 しかし、快が馬車に帰ってきた理由は商人の治療を頼むためだ。自分だけなら少しくらいのんびりでもいいが、他人も絡んでいる。早くしてもらわなければ。


 そう思い頼むと、エレシュの手が額に伸びてくる。彼女の手が快の皮膚に触れると、そこから冷たく心地よい何かが流れこんでくるような感覚に陥る。

 そして気が付いた時にはもうおかしな感覚はなくなっていた。


「ありがとう、早速だけど少しついてきてほしい。怪我人がいるんだ、治癒してあげてくれ」


 快が真剣な表情で頼むと、エレシュは神妙な面持ちで頷いた。ついでにイアンナも三人の代表者としてついてくることになった。



「おう、この嬢ちゃんたちか?」


「ええと、彼女だけです。一人だけなので時間がかかるかもしれませんが」


 踏まれ商人は見た目以上に元気で、快に腕を斬られうんうん唸っている二人とは耐性がかなり違うらしい。


 しかし明らかに負傷としては彼のものが最も酷い可能性があるので(内臓が損傷しているかもしれないという点で)、まず彼の治療をすることになった。


「頼んでもいいか?」


「もちろんだとも!」


 エレシュはここを先ほどの魔法を解除し忘れたという失態の埋め合わせに利用しなければと思い、全力で治療に当たった。といっても幸運なことに内臓には大したダメージが入っておらず、折れた肋骨と内出血などを治すだけで済みそうだ。


 腕の無い人達を治療する方が良かったかもしれない。そう思いつつ魔法の行使を続けていると、男が唐突に跳ね起きた。


 そんなにすぐ動くとまた体が痛むと言おうとしたエレシュには目もくれず、男は倒れていた時にも握っていた斧を振りかぶり、エレシュの隣、快に向かって振り下ろした。




「何をしているんだ!」


 しかし斧が快の頭をかち割る直前、男はその場で真下に崩れ落ちた。男をそんな無様な姿にしたのは、被害者になりかけた快でも、手の空いていたイアンナでもなく、エレシュだった。


 先程イアンナ猪の魔獣と戦った時に見せたものに通じるものがある、と言うよりまさにあれと同じ顔をしたエレシュが、男に手のひらを向けていた。


 手のひらはブルブルと震え、唇を噛みしめるその顔には激しい怒りが顕れていた。地面に崩れた男は自らの首を押さえながらのたうちまわっている。


 しばらくするとエレシュがその手を男から外した。男は首にあてていた手をどかし、苦しそうにゼェゼェと全身を使って呼吸している。


「……な、何をしたんだ?」


 男が斧を振りかぶってからというものの、驚きで指一本動かすことができなかった快が、もつれそうになる舌を懸命に動かして言った。


「別に、ボクは当然の報いをしたまでだ。むしろ最後までやり切れなかった自分が腹立たしいよ」


「最後までって、まさか、殺そうとなんてしてないよな!」


「この卑劣漢が快に何をしようとしたのか分かっているのか?」


「……仲間の腕を斬られた復讐……とかかな?」


 ゲホゲホとむせ始めた男に対してなのか、不穏なことを口にした快に対してなのかは分からないが、エレシュの顔は一層不機嫌そうになった。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




「で、君は自己防衛のために彼に斧を振るったと、そう主張するのか」


「ゴホッゴホッ……ああ、その通りだ」


 状況は先ほどからかなり変化している。


 快が明らかに何かしら重要であると思われることを口走った後、エレシュは次に快に説明を求めた。快の口からは、猪を殺す途中に邪魔が入ったから無意識に斬ったらそれが商人の腕だったのだと説明があった。


 そもそも猪と戦っていたのに腕がなくなった人が出てくるのは全く不自然だったのだが、今その原因がわかった。


 そして、そこから快の先ほどの発言を思い返してみると状況が思ったより複雑だという結論に簡単に至った。


 喘ぐ男を置いたまま、エレシュは片腕の無い二人の男に歩み寄った。二人は痛いのか恐いのか落ち着いたのか、エレシュに暴力を振るうようなことはしなかった。


 この世界の治癒魔法も、流石に無くなった腕を再生させるほどの力はなく、止血と失った血の補給が限界だった。しかしそれだけでも二人の顔色は良くなり、痛みも引いたらしくエレシュに深く頭を下げた。


 その間快とエレシュは例の斧振り踏まれ男を監視していた。少しずつ回復していった男の様子を見る限り、おそらくエレシュが使った魔法は呼吸機能を阻害するものだろう。


 彼女は陰魔法と治癒魔法しか使えないと聞いていた上、実際そうなので戦闘は後衛だろうと勝手に考えていた快は、エレシュの、と言うよりも陰魔法の殺人能力に心底驚いていた。


 咳もおさまった男は快とイアンナを憎々しげに見上げ、横をちらりと見た。その方向にはちょうど治療されてエレシュに礼をする仲間がおり、胸糞が悪くなった彼は場違いなほどに星々が輝く夜空を見上げていた。


 そこに登場したエレシュの言葉が先ほどのあれだ。二人の治療をするにあたり、快のナイフ捌きが想像以上の域にあったことにより、彼女の心境にも少しばかり変化が起きたのだろう。


「確かに快は君の仲間を傷つけたかもしれない。しかし彼が来なかったら君たちは猪の魔獣に殺されていたかもしれないんだよ。現に君はーーーー」


「あいつら弱かったから野獣だろ」


「隊列組んだんだから魔獣なんだよ、そんなことも知らねえのか!」


「二人とも五月蝿い! 今ボクが話しているんだ。発言を妨げられるのはボクが嫌うことの中でも上位に入る」


 快と斧振り踏まれ男は口をつぐむ。


「で、現に君は肋骨が折れていたじゃないか。彼が来なかったら内臓にまで傷がついて助からなかったかもしれないんだ。もう少し恩というものを感じたらどうだ」


 エレシュの口調にはもう殺気は含まれていない。もちろん怒りは含まれているが。


「でもこいつ、戦いながら笑ってたんだぞ! そりゃ怖くなるだろが!」


 視線が一斉に快に集まる。


「え? なんで笑うんだよ?」


 再び二人の幼稚な言い争いが始まりそうになった時、エレシュが最終手段に出た。それは、


「じゃあ分かった。君たちの心の中を少しばかり覗かせてもらうよ」


 いわゆる嘘発見人間だ。二人はそれぞれ自分の言い分に絶対的な確信を持っているので、喜んでとでも言いたげな顔で頷いている。


 そして、なんの予告もなくエレシュは覗く。




 しかし、結果はどちらも真実。


「どちらも本当らしい。あくまで君たちの中での話だけど。だから快が無意識に笑ったか、君が見間違えたかのどちらかだ。もういい、この話はおしまいだ。

 だから次に、今回の件をどう処理するかについて話し合おう」


 そういうとエレシュはイアンナの方を見やる。すると彼女はどうぞとだけ言って下がった。男は疑い深げな瞳を向けている。


「ボクとしては快が二人の腕を奪ってしまったことはこちら側の責任だと考えている。しかし彼が君たちを魔獣から救ったということ、ボクが治療費を取らずに治療しきったこと、君が快に対して殺人を未遂したということを考慮して、チャラにできるのではないかと考える。どうだ?」


 エレシュが早口でまくしたてる。その勢いからは、最後に付けられた、相手の意見を問う言葉がおまけではないのかとつい疑ってしまう何かを感じられた。


「ケッ…… もういいわそれで。 だからさっさと馬車を出して俺らより先に行ってくれ」


「怪しすぎだろ!」


 文脈を無視するかのようなあまりの素直さに快が思わずそう漏らすと、男は斧を振りかぶった時以上の凄みのある睨みを快に向けた。


 しかし快は、小学校の頃から悩まされている『怒られていると笑ってしまう』という特殊スキルが、別に怒られているわけではないのにも関わらず自動発動し、相手を小馬鹿にするような不敵な笑みを浮かべた。


 それを見た男は何を思ったのか冷や汗が吹き出し始め、小声で何かブツブツと呟きながらそそくさと馬車の方へ歩いていった。


 恐らく何もしてこない。仮にしてきたとしてもこの商人とは比べ物にならない戦力が三つもあるのだ。敵ではない。


「いやぁ、結果オーライって感じだな!」


 快の切り替えの合図で、三人の空気もきちんと入れ替わり、笑顔になったエレシュとイアンナが快の顔を覗き込んだ。


「快、あとでゆっくり話を聞こうじゃないか」


「私、久々に問題に巻き込まれたんですよ?」


「……」


 帰りの馬車は地獄だ。ただそれだけが快の頭の中でうずまいた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<



「そもそもどうして君がこれほどの魔法陣とナイフを所持しているんだ?」


 馬車の中、快の正面に座る二人の少女の一方がそう問いかける。


「クローヴィスさんに、何かあったらって言われて貰ったんだ」


 快は強い意思を込めてエレシュの目を見つめる。


「確かに、これは嘘じゃなさそうだな」


 実際嘘ではない、気がする。快もそこの記憶は曖昧なのだが、確か行方不明になったニンガルの居場所を探すときに万が一の時のためと言われた気がする。


「ならば、商人の腕を切り落としたのは無意識だという発言は、真実か?」


 やばい。これは無意識ではない。邪魔だったから斬った。きちんと人の腕だと認識していた。


「もちろんだとも! そもそもテレパシーで他人の頭の中を覗けるエレシュに対して嘘をつくだなんて馬鹿な真似をするような僕じゃないし、仮にその能力が君にないとしても本当のことを言うのが信頼だと思うんだよね、だから僕はこんな質問をされて逆に傷ついてるよ。もし僕が君の立場だったらーーーー」


「喋りすぎだね」


 来る! 覗かれる! どうしよう、彼女が目を背けたくなるようなーーーーそうだ! あいつらの腕を切り落とした時の感覚を思い出せば!


「……うっ!」


 エレシュが突然気分が悪そうに下を向いた。成功!





「快、君、最低だね」


 快はこの日から丸二日かけて、誤魔化そうとしたことの謝罪と、何故人の腕だと認識したにも関わらず斬り捨てたのかの弁明を完遂したとさ。


 めでたしめでたし。




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個人的にこの回は好きです。

どうでしょう?

何かあれば些細なことでも一言下さるだけで、腕を斬ったときの快君くらい笑顔になれます!

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