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異世界と神とDNA  作者: 夏井 悠
第2章 神の慈悲
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11.帰り道

 



 馬車に着くと御者が背筋正しく待っており、お辞儀をしながら乗車を促した。快たちは言われるがままに乗り込むと、出発して程なくして御者席との間の小窓が開けられた。


「日もすっかり暮れてしまいました。しかし街道を二時間と少し走らせればケースリットには到着致します。

 我々が通るのは街道なので心配は不要かもしれませんが、万が一獣が出た場合はイアンナ様のお力を貸していただきます。何卒ご理解を」


「ええ、朝そう言いましたからね」


 やはり快の見立て通りだ。実際、いつかに見せてもらったイアンナの魔法は快の持っている最高級品の魔法陣とは質が違った。


 これがエンキに選ばれし一族の力とでも言うのか、とは考えすぎか。でもイアンナもなんかカッコよく承諾してたし。


 ともかく、季節を考慮すると日が暮れて少したった今は夜七時頃だろうか。そして今から二時間となると家、もとい大学に着くのは九時頃か。


 おもったより遅くならないな。


 そんなことを考えていたら気がついたら馬車は街道を走っていた。


 しかし、さすが異世界とでも言うべきか。


 窓を開けても夜景など言うまでもなく、星明かりと御者台のランプ以外の明かりは一切見えない。


 ある時は地平線が見える草原を、ある時はどこまでも広がる麦畑を、ある時は吸い込まれそうな森の中を、馬車は常識外の速度で走り抜ける。実際この世界でもこの速度は常識外なのだが。


 三人は日中信じられないほど話し込んだので、疲れた馬車の中では特に話すこともなかった。腰から全身へと伝わる心地よい振動に身を任せて、適度な疲労感から解放されていた。


 しかし快がその安心な静寂を破った。


「さっき獣って言ってたけど、『魔獣』とか呼ばれてたりしないの?」


 しかもそれは大切でも何でもない、快の異世界に対するイメージとの差異についての質問だ。快が転移してからこの日までクローヴィスも含めた三人は度々これに苦しめられていた。


 今回も何故今なのかと言うようなタイミングだ。しかし二人にはそれを快く受け入れることができる理由が十二分にある。


 結果、快は甘やかされた準教育ママの息子のように、あれは何、これは何、どれはどうかと質問や疑問を絶やさない少年となっていた。


「快、人間はDNAのらせん構造が何重のそれかによってその性質が違うということはボクが教えたでしょ、それは人間以外にも適応されるんだよ。存在割合は少し違うけどね」


 イアンナとエレシュはほんの少し顔を見合わせた後、エレシュが解説を始めた。最近は彼女の講義を受けていなかったので懐かしい実家の匂いのようなものを感じる。


「じゃあ三重の獣は魔獣って言うのか?」


 あの授業のノリを思い出し努めて自分の考えをすぐ口にする快。しかしそれは残念ながら不正解だった。


「惜しいな、まあそう考えるのは仕方がないことだけどね。まず獣の九割は一重らせんを持つ。『野獣』と呼ばれていて、凶暴な種もそうでない種もある。そこまで脅威ではないかな。

 そして残りの一割の内の九割以上は二重らせんを持つ。彼らが『魔獣』と呼ばれる奴らさ。人間程ではないけどかなり賢く狡猾で、草食の魔獣に目をつけられた畑は数年は諦めた方がいい。

 そして肉食の魔獣は本当にタチが悪くてね。女性や子供を中心に夜な夜な村を襲ったり、駆けつけた軍人に対して最初は単調な動きをして野獣だと勘違いさせて油断したところで、賢い動きや戦略を組み込んであっという間に殺したり。まあ魔獣にも勝てる人はある程度いるけどね」


「畜生のフェイントに引っかかるとか脳みそ残念すぎだろ……」


 エレシュはそんな快の辛辣な言葉を言葉では咎めながらも口と目では、つまり顔では笑っていた。


「そして最後、残りのほんの少しの獣は三重らせんだ。そんな彼らは、『神獣』と呼ばれている。そもそも古来から彼らは一つの森や川などでいわゆる主のような扱いを受けている。獣からも人間からも。

 獣は人間と違って、らせんが増えれば増えるほど寿命が延びる。十、百、千といった調子で。

 そして長生きのできる神獣は多くの経験を重ね、溢れ出しそうなほどの莫大な魔力による変異の影響を受けつづけた結果、非常識な姿を持っていることが多い。もちろん魔法を使うよ」


 想像以上の獣事情だ。赤と白のボールに入れる獣たちは鯉の王様は一重で他はみな三重な気がするが、この世界では神獣が少ないらしいので一安心だ。


 しかし、かなり熱いな、この世界。


 騒ぎは《エレシュの獣講座》の後一時間ほど、街道残り三分の一地点で起きた。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 ヒューヒュー、カラカラ、ギシギシ、ドッドッ。


 馬車はいろいろな音を出しながら、その道五十年のベテラン御者と、才色兼備、タイラーゲート家期待の星と、その星の従姉妹であり彼女の次席に位置する天才、そしてよく分からない異世界人を乗せて疾走していた。


 ヒューヒュー、カラカラ、ギシギシ、ドッドッ。


 しかしそんな疾走感溢れる音の中に、胸の中を乱す音が混じった。


 それは男たちが叫ぶ声だ。


 相手を威圧し自らを鼓舞するかのような叫び声が聞こえたかと思うと、傷つけられたのか耳を塞ぎたくなるような叫び声が聞こえる。どこかで喧嘩でもしているのか。


 すると声が聞こえ始めた頃から馬車を減速させていた御者が馬車を止めて小窓を開き、イアンナに声をかけた。


「前方で馬車が獣の襲撃を受けております。商人だと思われますがいかがしますか?」


 事務的な口調ではあるがどこかに焦りが感じられる。それを聞いて確かに自分が魔獣なら襲っている奴らの後ろに別の馬車がつかえたら、襲わないなんて馬鹿なことはしないだろうと思う。


 快としては早めにパパッと済ませた方が良いかと思われる。


 しかしイアンナはそんな二人の期待を裏切った。


「様子を見ましょう。相手が商人なら貸しを作らないというのも優しさです」


「なっ! イアンナ! その言い方はないだろ! 貸し借り云々だって命あっての物種だろ! 目の前でとりかえしがつかないことになったらーー!」


 イアンナの言いように『彼女らしくない』冷徹さを感じ、拒絶かも分からないような反応をしている快を、イアンナは今まで見たことないような視線を送る。


「ついでに言っておきますけど、これは私たち、言い方を変えれば私を含めたあなたたちにとってもこれが最善です。あれが魔獣だったらどうするんですか。もしかしたらこうして先頭の馬車を足止めしてその後から来た馬車も襲うという計画があり、二台目である私たちを襲うためのグループが控えているかも知れないんですよ」


 早口でまくしたてるイアンナ。


 しかしそれはどこをとっても正論だ。


 正直戦闘力においても、こうした可能性の考慮の面でもこの状況の快はイアンナに劣っている。快がどれだけ綺麗事を並べて前の商人を守るべきだと言ってもイアンナは残酷な現実を突きつけてその行動の愚かさを丁寧に解説してくれるだろう。


 しかし、そういうことではない気がする。何か、何かが違う気がする。


 快は自分が正義ではないことくらい自覚している。ちょっかいを出してきた学歴こじらせ男を切り刻み内臓パズルをするヤツが正義だとはつゆほども思わない。


 しかし、それでも時には悪いこと、時には良いことをしたいと思うのが、そしてそれでもって自己満足したいのが人間なのではないか。


 人間に二元論を適応するべきではないはずだ。


 そして今の快は良いことをしたい快だ。


「……なら、俺一人で商人の助太刀してくる。この中で一番強いのは多分イアンナだ。仮にこの馬車が襲われたとしても大丈夫だろ。ちなみに俺の体は死ににくいからそっちは安心してくれて良い」


 やはり自己満足の欲求は押さえつけるべきではない。そう思い快は立ち上がり、扉に手をかける。


「待つんだ! 彼らに貸しを作るのはボクも得策じゃないと思う! もう少し待って彼らが危なくなってからならともかくーーーー」


「それじゃあ遅いだろ! 大丈夫だ、俺はただの異世界人だ。今から数分間、俺は二人とは無関係だ」


 そのむしろ突き放すような言葉にはイアンナとエレシュもさすがに驚きを隠せず、その一瞬の隙をついてすでに取り出してあったナイフと陽魔法の魔法陣を握りしめ、快は馬車を飛び出した。


 飛び出した快はベストの内側にあらかじめ作っておいたポケットに魔法陣を入れ、ナイフを早速構えた。


 例の馬車は大体三十メートルほどの距離にある。異世界に来て落ち着いてからは欠かさず行っている筋トレと体力トレーニング、そして何よりも陽魔法の効果でその程度の距離は一瞬で移動できるだろう。


 しかし快はそれをしなかった。


 早歩き程度の速さで前方の馬車へと進んでいくと、状況がよくわかった。馬車は御者の予想通り商人のものだった。


 荷台に大量においてある木箱からは鮮やかな赤やオレンジの果実が見え隠れしており、そしてそれを四匹の猪のような獣が漁っている。


 崩れた木箱の周りには果実が散らかっており、猪にしては大きめの茶色い胴体を揺らしながら奴らはそれを食っている。


 商人だと思われる三人の男たちは荷台の果物を食い漁られるがまま、馬車を取り囲む六匹の猪を追い払おうと斧を振り回している。


 馬車を引いていた馬二頭は、猪に対して本能的に上位種だとでも感じているのか、鼻を鳴らして尾を振り回している。


 合計十匹の猪を三人で対処しようとし、四匹も自由にさせている。劣勢であることは火を見るより明らかだ。


「よし、行きますか」


 快の《はじめてのけものごろし》が始まりそうだ。




<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<



 快は馬車に着くと、まず商人に声をかけた。


「すみませーん、お手伝いしましょうかー?」


 三人とも戦闘中なので声が届かないかと思い、体育祭の行進並みの大声で呼びかけた。


「クッソヤロォー! とっとと失せやがれ!」


 しかし、比較的多数の猪との相手をして斧を振り回している商人にその声は届かない。


 戦闘をよく見てみると、何とも気まずくなるような光景が広がっていた。


 猪は例のごとく高速で商人たちに突っ込んでいく。

 商人は斧を振り回している。


 猪はその勢いのせいで曲がることも止まることも十分にできず、その攻撃が商人に当たることはない。逆に馬車にどすどす当たって商人たちにはまた新たな金銭的なダメージが入っている。


 対して商人はその斧の重さゆえタイミングや細かい調節ができていない。何度も何度も地面を叩き割るその光景はギャグアニメでも見ている気分だった。


 つまりこの勝負、快が参戦しなければ馬車の破損により商人の敗北、の結末しか見えない。


「これは、えーと、お手伝いさせていただきますね?」


 今度こそ《はじめてのけものごろし》が始まる。




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